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2021年3月30日4 分

[特別賞] 中野貴史 /Michigan University

Takafumi Nakano, M.D., Ph.D.

シスプラチン抵抗性唾液腺癌癌幹細胞に対するmTOR阻害剤の有用性

mTOR Inhibition Ablates Cisplatin-Resistant Salivary Gland Cancer Stem Cells

https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/0022034520965141

J Dent Res.

2020年10月

唾液腺癌は有効な化学療法が存在せず、放射線療法にも抵抗性であることから、未だに手術が治療の中心である。しかしながら、進行唾液腺癌は顔面神経浸潤、顔面の骨浸潤、頭蓋底浸潤などに起因する手術困難場合や整容的な問題から完全切除困難な場合が多く、手術に加え放射線療法や化学療法を追加されることが度々ある。しかし、手術・放射線療法・化学療法など集学的治療を行ったとしても、高悪性度唾液腺癌は高率に局所再発・遠隔再発をきたす。これら放射線療法や頭頸部癌化学療法の中心であるcisplatinへの抵抗性の原因として癌幹細胞の存在が指摘されている。我々はこれまでに唾液腺癌の中で最も頻度の高い組織型の一つである粘表皮癌の細胞株を世界で初めて樹立させ、粘表皮癌細胞の中に高い自己複製能及び造腫瘍能をもつ細胞集団(癌幹細胞;高ALDH活性・CD44高発現)を同定してきた。更に、この癌幹細胞においてmTOR経路が活性化されていることも示してきた。これらの結果から、mTOR阻害薬を用いることで治療抵抗性の癌幹細胞を阻害し、cisplatinの治療効果が高まるのではないかと考えた。まず、細胞障害性アッセイにて複数のmTOR阻害剤の中でtemsirolimusが最も有効性が高いという結果を得た。In vitro及びin vivo (患者腫瘍組織移植モデル)において、cisplatinにより癌幹細胞数の増加、mTOR経路の活性化、Bmi-1(自己複製能マーカー)の発現亢進、スフィア形成能の亢進を認めた。一方で、temsirolimusは、in vitroとin vivoのいずれにおいても、cisplatinにより誘導される癌幹細胞数の増加・mTOR経路の活性化・Bmi-1発現亢進のいずれも抑制し、腫瘍増殖速度の抑制も認めた。併用療法群の中で、特にtemsirolimus先行治療群ではcisplatin先行治療群よりも優位に効果が高かった。本研究により唾液腺癌がcisplatinに抵抗性である原因の一つとして癌幹細胞の存在の可能性が示された。更に、temsirolimusはcisplatin抵抗性である癌幹細胞を阻害し、temsirolimusとcisplatinの併用療法が進行唾液腺癌に対して有効である可能性が示唆された。また、temsirolimusは既にFDAで他癌種において承認されている薬剤であるため、早期に臨床応用され得る有望な組み合わせと考えられる。

受賞者のコメント:

この度はこのような素晴らしい賞を頂き、大変光栄に思います。まず初めに、全世界に影響を及ぼしている新型コロナウイルス感染症の影響で大変な中、UJA論文賞の運営の先生方や審査員の先生方に感謝申し上げます。本論文では、比較的稀な疾患である唾液腺癌をテーマに研究を行いました。唾液腺癌は手術による完全摘出以外に有効な治療法がなく、日本で臨床を行っていた際に、唾液腺癌の再発・転移症例で現行治療の限界を感じたことが度々ありました。今回の論文で明らかにした癌幹細胞をターゲットとすることで治療の可能性を広げることが出来たと考えておりますが、まだまだ未解明な部分も多いため、本賞受賞を励みに、引き続き唾液腺癌の研究を継続していきたいと思っております。

審査員のコメント:

今回、mTORの阻害剤と化学療法剤シスプラチンを併用することで癌性幹細胞の増殖阻止、ならびに移植マウスモデルでの癌の退縮を示すことに成功した。mTORの阻害剤としてすでにFDAで他の癌の治療に承認されている化合物を使用したので、早期の臨床応用が期待される。(三品先生)

mTOR阻害剤を唾液線がんに対する化学療法と組み合わせるという治療法の実験的根拠を作ったことで、臨床応用にも貢献する可能性があります。(小野先生)


 
エピソード:
 
本論文において研究開始から1年半は比較的スムーズであったと思います。ところが、他の研究者同様に新型コロナ感染症拡大に伴う研究室閉鎖で、2020年3月からは研究が完全に止まってしまいました。閉鎖に伴い、当初行う予定であったマウスの実験は中止せざるを得ない状況になってしまいました。しかし、それまでに研究室のメンバーに協力してもらいながら計画的に研究を進めていたため、なんとか2年という留学期間中に論文をまとめることが出来ました。今回のことで、単独ではなく研究室全体として計画的に研究することの大切さと、不測の事態への対応を体験することができ、今後の自分自身にとって非常に良い経験であったと思います。
 

 

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