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[特別賞]谷川 洋介/マサチューセッツ工科大学

Yosuke Tanigawa, Ph.D.
[分野:Disruptive Innovation Award]
iPGS: 全祖先集団を包摂した疾患関連形質予測
The American Journal of Human Genetics, 26-October-2023

概要
近年、ポリジェニック・スコア(PGS)と呼ばれる統計解析技術と、その臨床応用への関心が高まっている。ポリジェニック・スコアは、各個人のゲノムに含まれる数千〜数百万もの遺伝子変異の効果を足し合わせ、個人レベルの疾患リスクや疾患関連形質を予測を行う。アメリカ心臓協会が科学的声明を発表するなどPGSの臨床応用への期待も高まる一方、現在のモデルはヨーロッパ系以外の祖先集団において性能が大幅に低下することが知られていた。
本論文では、複数の祖先集団にルーツをもつミックスの人々にも適用可能なインクルーシブ・ポリジェニック・スコア(iPGS)という手法を開発し、提案手法による全ての祖先集団での性能向上を実証した。これまでの手法は、解析に用いるサンプルをヨーロッパ系・アジア系・アフリカ系などあらかじめ決められた祖先集団に分類することが必須となっており、ミックスの人々は解析対象から除外されることが多かった。一方、私たちは、遺伝的な祖先集団は連続的な量で表されるものであり、ミックスの人々の遺伝情報こそがヨーロッパ集団と非ヨーロッパ集団での予測性能の差を埋める鍵となると考え、ミックスの人々を包摂してポリジェニック・スコアを学習する統計解析手法を確立した。
英国 UK Biobank の約406,000人・60形質のデータへ提案手法を適用したところ、従来手法と比較して大幅な性能向上が見られた。このコホートにはアフリカ系祖先集団は約1.5%しか含まれないが、この集団に対する好中球数の予測精度は、従来手法と比べて100倍に向上し、ヨーロッパ集団に対するものと同等以上の予測性能を達成した。60形質の平均では、アフリカ系集団に対して平均60.8%、南アジア系集団に対して11.6%、ヨーロッパ集団に対して4.8%、ミックスなどその他の祖先を持つ集団に対して17.8%の性能向上を報告した。
提案手法をより祖先的に多様な人類集団から集められた各種の複雑形質のデータセットに適用することで、心臓病・がん・生活習慣病など、多くの疾患の遺伝的リスクが実現できるであろう。予測される疾患リスクが高い集団に対する重点的な予防的介入など成果の社会実装に、我々のよりインクルーシブな提案手法が用いられることで、遺伝的多様性によらず全ての人々がゲノム解析の研究成果を享受できるようになると期待される。

受賞者のコメント
この度はUJA論文賞特別賞に選出いただいたとのこと、とても光栄に思います。審査委員の先生方や、オーガナイザーの皆様に、大変感謝しています。今後、さらに研究を発展させる際の励みになります。みなさま、どうもありがとうございます。

審査員のコメント
本郷 有克 先生:
これまで利用されてこなかったミックスの人々のデータ活用を可能とする端緒となる研究と評価。今後広く利用されることを期待する

菊池 魁人 先生:
本研究はゲノムワイドな変異情報を組み合わせてpersonalized medicineへ応用する手法を提案しており、大変興味深い。特筆すべき点としては、筆頭著者の大学院時代からの研究を発展させ、白人系英国人コホートに限定的だった手法をより広い遺伝的祖先集団に適用できるように改善した点である。データの出処や治療対象が白人に偏りがちだったゲノミクスやヘルスケアの歴史的課題に正面から向き合う姿勢に敬意を表したい。

森岡 和仁 先生:
谷川洋介さんの2報目、ポスドクとしての論文 人類のルーツに関する新しい着眼点を持ち、AI技術を駆使して多遺伝子スコアの機能を向上させた解析技術の報告である 大規模なGWASによる多遺伝子スコアは個人の特定疾患の発症リスクを予測できる技術として注目されているが、その多くはアルゴリズム開発に使用したDNAデータベースに偏りがあり、ヨーロッパ系の集団が多いため解析精度の人種間格差が課題となっている 著者らはその課題を克服すべく通常の解析では除外される混血者を多遺伝子スコアに含め、独自の技術により祖先が共有する多遺伝子効果をモデル化し、実証試験では既存よりも予測機能および検出力が著しく改善した 発想も技術力も素晴らしくDEIの課題を克服する革新的な取組であるが、臨床応用を考えると因果関係など高精度を実証するための根拠の蓄積が必要でありさらなる向上が望まれる 今後の解析結果に期待している 

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
みなさんは、新しい知識の獲得により、ワクワクする気持ちを感じることが多々ありますか?世の中にはまだ解明されていない謎がたくさん残っているように思います。研究者は、このなかで自分が重要だと信じ、解決の糸口が見いだせる「未解決問題」を選び、これまでの知識・経験・技術を駆使して取り組むことができる稀有な職業です。私の場合は、「”DNA は生命の設計図” というけれど、実際、どのように設計図が書かれているのだろうか?」あるいは「生命の設計図から生命活動が実現される過程はどれほどわかっているのだろうか?」などといったことに興味があり、これを突き詰めるかたちで研究者となりました。もちろん、研究活動はうまくいくことばかりではないということは、進路選択の際に考えました。ただ、どんな職業を選択しても、何らかの意味で大変なことに直面することは避けがたいものであるなら、自分がワクワクできる機会が多そうな職業を選んでみようと思い、研究者となることを志したように思います。子どものころよりも知識がついた大人となった今でも、知的好奇心が満たされるよろこびを感じられることは、おおむね思い描いた通りでしたが、それに加えて、同じようなモチベーションや興味で研究に取り組んでいる同僚が世界中に散らばっており、共同研究や学会などでディスカッションできるコミュニティに所属することができることも、職業研究者の魅力の一つだと思います。
2)現在の専門分野に進んだ理由
わたしの現在の専門は、「計算生物学」や「統計遺伝学」などと呼ばれる領域の交差点で、医学・生物学・統計学・情報学などとの関わりも深い、とても面白い分野です。活躍している研究者や同僚の例を見ると、この分野への参入に至るさまざまな道筋があるように思います。私の場合は、「”DNA は生命の設計図” とはいうものの、実際のところどうなっているのか」という大まかな興味があったところに、いくつかの幸運な偶然が重なって、今の専門分野・研究スタイルにたどり着きました。恩師からの教えや、タイミングや運など、いくつも要因はあるのですが、大きな影響を与えたものを3つだけ挙げると:(1) 「コンピュータを用いて生物学の研究をする」という比較的あたらしいアプローチの魅力に惹かれ、ゲノム DNA の情報解析を主軸としてバイオインフォマティクス(生物情報科学)を勉強することにしたこと、2) 大学院での留学先にて、個人間の遺伝的情報の違いが疾患や疾患関連形質にどのような影響を与えるかを調べる統計遺伝学の考え方を教わったこと、(3) 統計学者との共同研究を通じて最先端の統計学の手法を学ぶ機会を得たことなどが、現在の研究活動を支える基盤となっていると思います。
3)この研究の将来性
ヒトのゲノム情報全体に占める個人差の割合はとても小さいものです。実際、これを読んでくださっているあなたと、私の遺伝情報は99.9 % 以上同一です。しかし、30億文字にもなるDNA塩基配列の0.1%の違いは 300万文字にもなります。DNA上に書かれた遺伝情報の個人差のなかには、疾患や疾患関連形質に関連するものがあることがこれまでの研究にて明らかになっています。疾患の発症リスクは、遺伝要因だけで決定されるわけではなく、食生活・生活習慣などの環境要因も重要な役割をはたすことに注意は必要ですが、本研究で用いたような遺伝的な予測手法を用いることで、個人の遺伝情報から疾患や疾患関連形質を予測することができるようになることが期待されます。精度の良い予測が得られれば、心臓病、糖尿病、がんなど病気にかかる可能性が高いと予測される人々を対象に、生活習慣の変更や定期的な健康診断を行うなど、疾患の発症を遅らせる介入法を検討することが可能となるでしょう。
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