cheironinitiative4月8日読了時間: 4分[論文賞]磯崎 英子/ハーバード大学医科学院Hideko Isozaki, Ph.D.[分野:がん分野]Therapy-induced APOBEC3A drives evolution of persistent cancer cell(治療によって誘導されるAPOBEC3Aは薬剤抵抗性がん細胞の進化を促す)nature, 08-June-2023概要 分子標的治療薬の開発により、がん薬物療法は目覚しく改善されてきた。しかしながら、分子標的治療薬に対する獲得耐性は、依然として未解決の課題である。薬剤に耐性をきたす遺伝子変異は多数見つかっているが、その根底に存在する薬剤抵抗性がん細胞(drug-tolerant persister cells;DTPs)の進化を促す分子機構についての理解は不完全である。近年、治療前のがん患者から採取した腫瘍を用いた遺伝子解析により、シチジンデアミナーゼであるAPOBEC(apolipoprotein B messenger RNA editing catalytic polypeptide-like)が、発がんに関与することが示唆されてきたが、治療中や薬剤耐性におけるAPOBECの役割は、明らかとされていなかった。筆者らは、分子標的治療薬がAPOBEC3Aを誘導し、これによって治療中にDTPsのDNA損傷が促されることを発見した。また、マウス腫瘍の微小残存病変(minimal residual disease)に存在するDTPsの遺伝子解析によって、APOBEC3Aが体細胞突然変異や染色体構造異常を蓄積させることでゲノムの不安定性を増大させることを証明した。24名の肺癌患者から採取した62腫瘍検体における遺伝子解析を行なった結果、7割以上の患者において、分子標的治療後の腫瘍からAPOBECによる体細胞突然変異の蓄積(APOBEC mutation ≧ 20%)が検出された。さらに、ノックアウトによるがん細胞のAPOBEC3Aの欠失は、分子標的薬治療中のゲノムの不安定性の増大を抑制し、獲得耐性を遅延した。本研究成果は、APOBEC3Aの発現や活性の抑制が、がん分子標的療薬に対する獲得耐性の予防や遅延における有望な治療戦略となる可能性を示唆している。受賞者のコメント この度は、このような素晴らしい賞を与えていただき、誠にありがとうございます。この受賞を励みに、今後もがん治療の改善を目指して研究を続けてゆきたいと思います。審査員のコメント山田 かおり 先生: がんがしばしば薬剤耐性を獲得して再発することは重要な課題である。分子標的薬によりAPOBEC3Aの発現が亢進し、変異を引き起こすことによって薬剤耐性を獲得するというメカニズムの解明は新規性があり素晴らしい。実際の患者が化学療法を受けている間の変異の蓄積の解析、複数の患者での確認、全ゲノム解析やRNA-seqで、APOBEC3A (A3A)の発現が化学療法で亢進することを発見し、A3A KOをCRISPRで作成してA3Aの役割を確かめるという、膨大な量のデータとしっかりした仕事の進め方に感服した。実際の治療の進め方にも影響する重要な論文である。分子標的薬によるA3A高発現を阻害する標的として筆者らはNFkBを挙げており、将来的には選択的治療薬の開発が期待される、非常に注目された論文である。平田 英周 先生: 肺がんに対する分子標的治療薬が、シチジンデアミナーゼであるAPOBEC3Aの発現を誘導し、これがdrug-tolerant persister cellのゲノム不安定性を高め、最終的な薬剤耐性の獲得に寄与することを明らかにした論文です。APOBEC3Aの抑制が薬剤耐性の獲得を遅延させ得ることを示した本研究成果は、今後肺がん治療戦略の策定にも影響を与えると考えられます。大変意義深い研究成果です。園下 将大 先生: 磯崎氏は本論文で、がん研究における重要な課題の一つである薬物耐性の分子機序の解明に取り組みました。薬物耐性の成立にはDTPsが重要であると考えられていましたが、この細胞が生じる機序は不明で、解明が待たれていました。磯崎氏は本論文で、APOBEC3AがDTPsの成立に重要であることを示し、変異獲得の促進によるがん細胞の進化という新しい観点をもたらしました。惜しむらくは、この分子に着目した磯崎氏の独自性が論文から十分に読み取れなかったことです。corresponding authorとして重要な成果を発表したこと、多数のメディアで紹介されていることなどから、特別賞に推薦いたします。田守 洋一郎 先生: 分子標的治療薬によって誘導されるAPOBEC3Aが、DNA損傷誘導を介してゲノム不安定性を増加させることにより、がん細胞群の進化を促していることを実験により示している。がんの分子標的治療薬に対してがん細胞が薬剤耐性を進化させるメカニズムの一つを発見したことは、この分野に大きなインパクトを与えるものとなる。留学6年の成果として素晴らしい仕事。エピソード1)研究者を目指したきっかけ 病院で薬剤師として働く中で、がん治療を根本的に改善したいと思い研究を始めました。2)現在の専門分野に進んだ理由 臨床で多くのがん患者さんをみて、より良いがん治療を提供するための研究をしたいと思いました。3)この研究の将来性 がん分子標的薬の薬剤耐性については、多くの研究がなされてきました。しかしながら、臨床においては未だに解決されていない重要な問題の一つです。分子標的薬は一部の肺癌に対して、とても有効な治療薬です。耐性化を未然に防ぐ手段を発見することで、より長期に分子標的薬での治療が可能となり、肺癌による死亡率を下げることができます。
Hideko Isozaki, Ph.D.[分野:がん分野]Therapy-induced APOBEC3A drives evolution of persistent cancer cell(治療によって誘導されるAPOBEC3Aは薬剤抵抗性がん細胞の進化を促す)nature, 08-June-2023概要 分子標的治療薬の開発により、がん薬物療法は目覚しく改善されてきた。しかしながら、分子標的治療薬に対する獲得耐性は、依然として未解決の課題である。薬剤に耐性をきたす遺伝子変異は多数見つかっているが、その根底に存在する薬剤抵抗性がん細胞(drug-tolerant persister cells;DTPs)の進化を促す分子機構についての理解は不完全である。近年、治療前のがん患者から採取した腫瘍を用いた遺伝子解析により、シチジンデアミナーゼであるAPOBEC(apolipoprotein B messenger RNA editing catalytic polypeptide-like)が、発がんに関与することが示唆されてきたが、治療中や薬剤耐性におけるAPOBECの役割は、明らかとされていなかった。筆者らは、分子標的治療薬がAPOBEC3Aを誘導し、これによって治療中にDTPsのDNA損傷が促されることを発見した。また、マウス腫瘍の微小残存病変(minimal residual disease)に存在するDTPsの遺伝子解析によって、APOBEC3Aが体細胞突然変異や染色体構造異常を蓄積させることでゲノムの不安定性を増大させることを証明した。24名の肺癌患者から採取した62腫瘍検体における遺伝子解析を行なった結果、7割以上の患者において、分子標的治療後の腫瘍からAPOBECによる体細胞突然変異の蓄積(APOBEC mutation ≧ 20%)が検出された。さらに、ノックアウトによるがん細胞のAPOBEC3Aの欠失は、分子標的薬治療中のゲノムの不安定性の増大を抑制し、獲得耐性を遅延した。本研究成果は、APOBEC3Aの発現や活性の抑制が、がん分子標的療薬に対する獲得耐性の予防や遅延における有望な治療戦略となる可能性を示唆している。受賞者のコメント この度は、このような素晴らしい賞を与えていただき、誠にありがとうございます。この受賞を励みに、今後もがん治療の改善を目指して研究を続けてゆきたいと思います。審査員のコメント山田 かおり 先生: がんがしばしば薬剤耐性を獲得して再発することは重要な課題である。分子標的薬によりAPOBEC3Aの発現が亢進し、変異を引き起こすことによって薬剤耐性を獲得するというメカニズムの解明は新規性があり素晴らしい。実際の患者が化学療法を受けている間の変異の蓄積の解析、複数の患者での確認、全ゲノム解析やRNA-seqで、APOBEC3A (A3A)の発現が化学療法で亢進することを発見し、A3A KOをCRISPRで作成してA3Aの役割を確かめるという、膨大な量のデータとしっかりした仕事の進め方に感服した。実際の治療の進め方にも影響する重要な論文である。分子標的薬によるA3A高発現を阻害する標的として筆者らはNFkBを挙げており、将来的には選択的治療薬の開発が期待される、非常に注目された論文である。平田 英周 先生: 肺がんに対する分子標的治療薬が、シチジンデアミナーゼであるAPOBEC3Aの発現を誘導し、これがdrug-tolerant persister cellのゲノム不安定性を高め、最終的な薬剤耐性の獲得に寄与することを明らかにした論文です。APOBEC3Aの抑制が薬剤耐性の獲得を遅延させ得ることを示した本研究成果は、今後肺がん治療戦略の策定にも影響を与えると考えられます。大変意義深い研究成果です。園下 将大 先生: 磯崎氏は本論文で、がん研究における重要な課題の一つである薬物耐性の分子機序の解明に取り組みました。薬物耐性の成立にはDTPsが重要であると考えられていましたが、この細胞が生じる機序は不明で、解明が待たれていました。磯崎氏は本論文で、APOBEC3AがDTPsの成立に重要であることを示し、変異獲得の促進によるがん細胞の進化という新しい観点をもたらしました。惜しむらくは、この分子に着目した磯崎氏の独自性が論文から十分に読み取れなかったことです。corresponding authorとして重要な成果を発表したこと、多数のメディアで紹介されていることなどから、特別賞に推薦いたします。田守 洋一郎 先生: 分子標的治療薬によって誘導されるAPOBEC3Aが、DNA損傷誘導を介してゲノム不安定性を増加させることにより、がん細胞群の進化を促していることを実験により示している。がんの分子標的治療薬に対してがん細胞が薬剤耐性を進化させるメカニズムの一つを発見したことは、この分野に大きなインパクトを与えるものとなる。留学6年の成果として素晴らしい仕事。エピソード1)研究者を目指したきっかけ 病院で薬剤師として働く中で、がん治療を根本的に改善したいと思い研究を始めました。2)現在の専門分野に進んだ理由 臨床で多くのがん患者さんをみて、より良いがん治療を提供するための研究をしたいと思いました。3)この研究の将来性 がん分子標的薬の薬剤耐性については、多くの研究がなされてきました。しかしながら、臨床においては未だに解決されていない重要な問題の一つです。分子標的薬は一部の肺癌に対して、とても有効な治療薬です。耐性化を未然に防ぐ手段を発見することで、より長期に分子標的薬での治療が可能となり、肺癌による死亡率を下げることができます。
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