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執筆者の写真Aki IIO-OGAWA

[奨励賞]中島 麻由佳/新潟大学

Mayuka Nakajima, D.D.S., Ph.D.
[分野:Disruptive Innovation Award]
Metal-Phenolic Network技術応用によるNanofloss開発研究
Bioengineering & Translational Medicine, 14-July-1905

概要
‘Floss or Die’という言葉を聞いたことがあるだろうか?これは1998年にアメリカ歯周病学会が発表した歯周病予防のためのスローガンである。そのセンセーショナルな表現はメディアでも取り上げられ、歯周病が動脈硬化症や糖尿病等の様々な全身疾患に関与すること、またその予防のための口腔ケアの重要性が広く認知されるきっかけとなった。中でもフロスの使用は強く推奨されており、世界中で用いられる口腔ケア用品の代表である。しかし近年、驚くべきことにフロスには歯周組織清掃(細菌除去)及び歯周病予防にエビデンスがないことが報告された。その要因は、フロス清掃が機械的除去によるものであり、清掃テクニックの習得が難しいのみならず、深い歯周ポケット内などアクセスができない部位の清掃が不十分となることが挙げられる。
我々は、十分な細菌除去効果を得るためには、フロス糸に抗菌剤を添加し歯周組織へ輸送させるのが有効であると考えた。シンプルな発想ではあるが、これまでに同様な臨床プロダクトの報告はない。それは単純に糸に薬剤を浸潤させるのみでは、容易に薬剤が溶出し目的組織へ輸送できず、また輸送されても唾液等によるwash作用により有効濃度の維持が困難であるからである。
今回報告した’ Nanofloss’は、金属–ポリフェノール錯体(Metal-Phenolic Network,MPN)という新素材を応用し、フロス糸の表面改質を行なったものである。ポリフェノール(タンニン酸)と鉄イオンの反応により糸表面にナノ皮膜が形成された。更にタンニン酸と薬剤の結合によりナノ複合体が形成され、この複合体がフロッシングによる摩擦により糸表面から歯・歯肉表面に移行することで、歯周組織に高濃度の薬剤を徐放することに成功した。またナノ複合体が組織付着性を有することでwash作用に抵抗し、組織中の薬剤濃度を一定時間維持することができた。更に歯周病細菌感染モデルを用いた検証において、通常のフロスと比較してNanoflossにより有意に細菌が除去されたことから、歯周予防に有効なプロダクトとしての可能性を報告した。
本報告は上記のような臨床的意義のみならず、マテリアルサイエンスとしての新規性も有する。これまでMPNナノ皮膜はナノ粒子等のミクロ物質への応用に留まっていたが、マクロな物質においても応用可能であること、また薬剤とのナノ複合体が物質間において移行可能であることは、今回初めての報告であり、MPNのマテリアルとしての更なる応用の可能性を広げるものである。

受賞者のコメント
この度は奨励賞を受賞することができ、大変光栄に思います。指導して頂いたSamir Mitragotri先生、一緒に研究を進めたラボメンバー、公私共に支えてくれた夫と慣れない土地でがんばってくれた娘に、心から感謝致します!

審査員のコメント
本郷 有克 先生:
臨床的意義は高い研究テーマ。今後臨床での応用に期待したい

菊池 魁人 先生:
フロスという身近な商品の課題とnanoflossによる改善策をエレガントに示した論文で、材料科学の口腔衛生への応用という点でも興味深い研究である。薬効に関しては、論文中で示されたBSA蛍光面積減少率が実際のヒト口腔環境においてのdrug retention timeとどれほど相関するものなのか気になった。歯周病予防効果の検証など、今後の展開に期待しています。

森岡 和仁 先生:
臨床応用に近い研究報告であり、日常生活ないし生活習慣病予防にとても応用しやすく、まさに社会実装へ向けたDDS技術の開発と感じる フロス愛用者として個人的にも興味深く拝読した 歯周病の最多原因菌であるポルフィロモナスに対するin vitro および in vivo の抗菌効果を遺伝子発現で確認し短期での有効性を示している 遺伝子発現解析にはそれなりの細菌数が必要であるため、齧歯類を用いた実験系の開発は大変だったと察する また、抗生剤の副作用を考慮するならば徐放される抗生剤が常時MICをどれくらい上回っているのか、フロスの留置時間の違いや施行回数が5回未満だとどうなるかの情報も欲しかった 臨床上、歯垢が原因となる歯肉炎がメインとなるため、バイオフィルム塊を歯垢に見立てた動物実験モデルでの効果や、最も多い慢性歯周炎に対する長期的な予防効果、歯磨き粉併用による相乗的な予防効果があるのか、とても今後の発展に興味がある また、マテリアル素材についても歯肉周囲のpH環境を制御できるような鉄を含む合金などへの転用も期待され、このDDSが抗生剤付着による表面修飾技術より勝る点を見出してもらいたい この発見をきっかけに歯肉炎・歯周病を予防できる医療用フロスの今後の開発に期待する(ぜひメイドインジャパンで!)

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
大学の講義の余談で聴いた研究の話が面白く、その魅力に引き込まれたこと。
2)現在の専門分野に進んだ理由
元々は疾患メカニズム解析を専門としていましたが、より患者さんの治療に直結する研究がしたいと思いDDS研究を選択しました。また、医薬品開発におけるDDS市場が近年急速に拡大していることも理由の一つです。
3)この研究の将来性
世界で最も罹患率の高い感染症の一つである歯周病治療の根幹へのアプローチを可能とするプロダクトの開発研究であり、これまでの治療法では成し得なかった罹患率の減少に貢献できる可能性があります。歯周病は抜歯の主要な原因であることから、効果的に治療・予防できるようになることで口腔の健康の増進につながり、患者さんへの大きなベネフィットが期待できると考えます。
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