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執筆者の写真Aki IIO-OGAWA

[奨励賞]坂本 智弥/ペンシルバニア大学

Tomoya Sakamoto Ph.D.
[分野:Tomorrow 3]
核内受容体による心筋成熟促進メカニズムの解明
Nature Communications, Published: 13 April 2022

概要
生後の成長過程において、心臓ではミトコンドリアによるエネルギー産生機構や筋収縮機構が劇的に発達し、この成長変化は心筋細胞の「成熟」と呼ばれています。これらの成熟過程を制御するメカニズムは以前は不明でしたが、2020年に核内受容体であるエストロゲン関連受容体(Estrogen-related receptor, ERR)が多くの心筋成熟プロセスを制御することが報告されました(Sakamoto et al. Circ Res 2020)。この研究では、そのメカニズムをヒトiPS細胞由来の心筋細胞を用いて詳細に調べました。
最初に、ヒト心筋細胞を用いてERRを標的としたChIP-seq(Chromatin Immunoprecipitation Sequencing)を行いました。その結果、心筋繊維の構成要素、イオンチャネルやトランスポーター、そして酸化的エネルギー代謝に関連する遺伝子(脂肪酸酸化酵素や酸化的リン酸化複合体など)の発現をERRが直接活性化することを発見しました。これらの標的遺伝子周辺のゲノム領域では、ERRの結合により、特異的なヒストン修飾(H3K27ac)の増加が観察されました。これは、高い転写活性が存在する部位で見られるヒストン修飾です。この発見は、ERRがヒト心筋細胞の成熟に必須であることを示唆しています。
さらに、ERRが結合するゲノム領域を解析すると、その周辺にGATA-binding protein 4(GATA4)の結合領域が存在することが明らかになりました。ERRとGATA4、2つの転写調節因子が結合するゲノム領域は、筋繊維を構成する遺伝子の発現調節領域が主であり、エネルギー代謝関連遺伝子は含まれていませんでした。要するに、ERRとGATA4は筋繊維の発現を協調して調節する一方で、エネルギー代謝関連遺伝子の発現にはその協調が不要であることが示されました。これは、GATA4の有無によって、ERRの発現調節メカニズムが異なることを示唆しています。
さらに、心不全の原因となるGATA4の先天的遺伝子変異(G296SやG296C)によって、このERRとGATA4の協調作用が減少することを生化学的実験で明らかにしました。また、心不全患者の心臓では、ERRとその標的遺伝子の発現が減少することを発見しました。これらの結果から、この研究で示されたERRとGATA4の協調作用の減少が、心不全の一因となる可能性が示唆されます。
まとめると、この研究により、ERRによる心筋の成熟メカニズムの一部が明らかになり、ERRとGATA4の協調が正常な心臓機能の維持に不可欠であることが示されました。

受賞者のコメント
このたびは奨励賞を受賞する機会をいただき、大変光栄に存じます。このプロジェクトを支えてくださったDan Kellyをはじめ、多くの研究者、家族に感謝いたします。また、UJA論文賞を運営、または多くの論文を審査していただいた先生方にも熱く御礼申し上げます。

審査員のコメント
武部 貴則 先生:
申請者御本人が2020年に発表している高インパクト論文の仕事をさらに発展させた研究であり、エストロゲン関連受容体のもたらす心筋細胞成熟化における意義とその分子メカニズムを見出した。単独筆頭著者として発表してる唯一の論文であり、申請者がその中心を果たしてきたことがうかがえる。再生医療や薬物治療などの実現に向けて基盤的な知見となることが期待される。

中村 能久 先生:
心臓は、胎児期から新生児期への移行期間中に顕著な発達変化を経るが、これには心筋細胞のエネルギー代謝と収縮機能の成熟が含まれる。申請者らは2020年に、エストロゲン関連受容体(ERR)α及びγが心臓成熟の調節因子として機能することを示している。本論文では、ヒト誘導多能性幹細胞由来の心筋細胞(hiPSC-CM)を用いて、ERRの機能をChIP解析を含む、分子生物学手法により詳細に解析し、ERRが心筋細胞分化中のミトコンドリアや心臓特異的収縮プロセスに関わる遺伝子の誘導に関与し、心筋細胞の成熟を制御する機構を明らかにした。また、本論文ではERRが心臓発生因子であるGATA4との遺伝子発現調節における新たな機構を明らかにしている点も注目に値する。この研究は、ERRが心筋細胞のエネルギー代謝と収縮機能の成熟を制御する機構を解明した重要な論文である。

小藤 智史 先生:
本論文は、心筋分化における応募者の過去の研究を発展させ、iPS細胞由来の心筋細胞を用いて解析を行ったものである。応募者らは、以前にエストロゲン関連受容体が心筋分化に重要であることを見出した。しかしながら、そのシグナルがどのようにして心筋分化を制御するかは不明であった。本論文において、応募者は、ChIP-seqやATAC-seqなどを用いてエストロゲン関連受容体が制御する遺伝子発現を調べた。その結果、エストロゲン関連受容体とGATA4との結合の有無で異なる遺伝子発現が制御されていることを見出した。本結果は、心筋分化過程の機構の一端を紐解くものであり、今後、心疾患治療や再生医療などにつながる可能性を秘めている。

湯川 将之 先生:
本研究は、iPS細胞を用いて心筋細胞の成熟プロセスを明らかにし、特にERRrのエピゲノム変化における機能に着目しています。ERRrの転写因子パートナーの違いによる異なる遺伝子セットのクロマチン制御機構の解明など、エピゲノム調節を詳細に解析しています。エピゲノム解析のお手本のような論文で、ERRrやGATA4など心筋細胞以外の他の細胞種においても重要な因子の解析が含まれているため、エピゲノム解析を行うすべての研究者は一読する価値があります。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
小学生の頃は太っていましたが、中学校に入学してバスケットボールを始めると、体重が減りました。その時、「なぜ体重が減ったのか」という疑問が私の興味を引きました。これが人体の変化について最初に興味を持った出来事だったと思います。後にそれは「エネルギー代謝」というキーワードに結びつき、そういう分野で仕事をして、ご飯を食べていけたら楽しいなと思ったのがきっかけです。
2)現在の専門分野に進んだ理由
1)にも書いた通り、肥満に興味があったので、大学院では、まず脂肪細胞を研究しました。その過程で、脂肪細胞のエネルギー代謝を進める転写調節因子に興味を持ち、その後、その因子の研究を盛んに行っている、Dan Kelly labで、運良くポジションを得ることができました。Danのラボでは心臓を研究する気は当初全く無かったのですが、研究を進めるうちに今の分野に行き着きました。
3)この研究の将来性
哺乳類の心筋細胞は、生後、「成熟」と呼ばれる過程を経て、十分な収縮機能を持った心臓を構成します。今回の論文では、「この成熟過程がどのようにして起こるのか?」という問いに焦点を当て、ヒトiPS心筋細胞を用いて、そのメカニズムの一端を明らかにしました。この成熟過程における変化は、心不全時に部分的に逆戻りすることが知られています。つまり、この心筋成熟がどのように制御されているかを解明することは、新たな心不全治療法の開発につながる可能性があります。また、今回の論文では、異なるタイプの遺伝子が、一つの転写調節因子によってどのように制御されているかを明らかにしました。特定の転写調節因子を活性化すると、その下流の遺伝子の発現が全て活性化してしまうという問題があります。心筋細胞で標的遺伝子群を特異的に活性化する方法についてはまだ明確な答えはありませんが、そのような可能性を示唆できたと考えています。
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