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執筆者の写真cheironinitiative

[奨励賞]大原 悠紀/アメリカ国立衛生研究所

Yuuki Ohara, M.D., Ph.D.
[分野:がん分野]
膵がんの分子サブタイプ誘導メカニズムの解明
Cell Reports, Published: November 18, 2023 (Volume 42, Issue 12, 26 December 2023, 113434)

概要
膵がんの90%以上を占める膵管腺癌(PDAC)は5年生存率が約10%の予後の悪いがんである。PDACはトランスクリプトーム解析により、予後の異なるclassical/progenitorとbasal-like/squamousの2つの分子サブタイプに分類されることが明らかにされている。しかしながら、分子サブタイプとそれに伴う悪性度や細胞代謝を誘導するメカニズムは十分には理解されていない。本研究では、患者PDACサンプルとin vitro/in vivoの実験によるトランスクリプトーム・メタボローム解析を用いて、より予後が悪いことで知られるbasal-like/squamousサブタイプのドライバー遺伝子を同定し、細胞代謝との関係を明らかにすることを目的とした。
患者コホートから得られたトランスクリプトーム解析では、basal-like/squamousサブタイプにおいてセリン/システインプロテアーゼインヒビターであるSERPINB3の発現が上昇しており、ドライバー候補遺伝子として同定した。SERPINB3の発現上昇は、患者の生存率の低下と、basal-like/squamousサブタイプ特有の遺伝子プロファイル活性化と関連していた(先行研究にて同サブタイプの遺伝子群が定義されている)。また、classical/progenitorサブタイプのPDAC細胞へのSERPINB3遺伝子導入による過剰発現実験では、同遺伝子プロファイルやMYCシグナルの活性化、細胞浸潤能の亢進、同所性異種移植モデルにおける肺転移の促進が観察された。更に、患者コホートと細胞株におけるメタボローム解析では、SERPINB3高発現PDACとbasal-like/squamousサブタイプにおいて、アミノ酸代謝やcarnitine/acylcarnitine代謝の亢進が共通して認められ、予後や細胞浸潤能と相関した。これらに合致して、basal-like/squamousサブタイプのPDAC細胞でのSERPINB3ノックアウト実験ではこれらと逆の結果を得た。加えて、SERPINB3は転写因子MYCの分解を促進するシステインプロテアーゼcalpainを阻害することでMYCを安定化し、basal-like/squamousサブタイプの誘導及びサブタイプ特有の代謝様式の形成に寄与していることが明らかになった。
これらの知見から、SERPINB3はMYCを介してbasal-like/squamousサブタイプ及びその特有の代謝様式を誘導することが示唆され、SERPINB3はこのサブタイプの診断及び治療標的として有望であると考えられた。PDACのサブタイプ分類は主にRNAシークエンスを用いたトランスクリプトーム解析に基づいて行われてきたが、ドライバー遺伝子の同定により、qPCRや免疫組織化学染色など、より簡便で費用対効果の高い方法によるサブタイプの診断が可能になると考えられる。

受賞者のコメント
この度は栄誉ある賞を頂き、誠にありがとうございます。留学中はボスの健康問題や逝去、COVID-19のパンデミックなどの大きな出来事に直面し、なかなか研究が進まずに苦しい時期を経験しました。それらの困難を乗り越えて辿り着いた研究成果をご評価いただき、大変嬉しく思います。

審査員のコメント
片野田 耕太 先生:
予後不良のがんである膵がんの遺伝子発現の特徴を多面的に調べた研究のようだが、結果の意義や発展性が読み取りにくい。

山田 かおり 先生:
TranscriptomeやMetabolomeを用いて、SERPINB3の高発現とMYCの活性化が、人のPDACでより悪性度の高いbasal-like/squamousタイプへ変化させることを見出した、興味深い論文。Classical/progenitorタイプにSERPINB3を発現させたりBasal-like/squamousタイプでSERPINB3をKOしたり丁寧に仮説を検証し、示している点、また人患者の予後不良とも結びつけている。今後バイオマーカーとしても有用かもしれない意義のある素晴らしいお仕事である。

平田 英周 先生:
膵管腺癌(PDAC)basal-like/squamous subtypeの進展と予後不良に、SERPINB3が関与していることを示した論文です。その分子機構としてCalpainの阻害によるMycの安定化を明らかにしています。SERPINB3の発現がPDACの分子サブタイプ診断や予後評価に有用である可能性が示唆されており、大変意義深い研究成果です。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
生物や自然現象を観察するのがもともと好きでしたが、高校時代に分子生物学に興味を持ったため医学部に進学し研究者を目指しました。理学部や農学部、医学部、薬学部などで迷いましたが、未だにどれに進学するのが自分にとって最適だったのかは分かりません(が、医師免許と病理学の専門性のお陰で大学院の期間を親の脛をかじらずに研究に専念できた点は良かったと思います)。
2)現在の専門分野に進んだ理由
Redox biologyや病理学を専門としていますが、これらの分野は様々な疾患に関連しているため、それぞれの疾患を多角的に観察できるようになることを目指し、専攻しました。
3)この研究の将来性
膵臓がんは極めて悪いがんで、診断法や治療法の開発が重要な課題です。膵臓がんは、網羅的な遺伝子発現(メッセンジャーRNA)解析によって、生存率の異なるclassical/progenitorとbasal-like/squamousの2つの分子亜型(分子サブタイプ)に分類されることが明らかにされています。本研究では、より生存率が低いことで知られるbasal-like/squamousサブタイプの発生に重要な役割を果たす遺伝子(ドライバー遺伝子)の候補を特定し、ドライバー遺伝子がどのようにがんを進めていくのか、細胞内の代謝を制御するのかといったことを解明するのを目的としました。網羅的な遺伝子発現解析を用いた分子サブタイピングは高価なために臨床応用(患者さんでの利用)が難しいです。しかし、特定されたドライバー遺伝子によって分子サブタイピングが可能になれば、1つの遺伝子を解析するだけで分子サブタイプを決定することができるため、安価で簡便な診断(qPCRや免疫染色などによる診断)が可能になり、臨床に応用することができると考えられます。しかしながら、本サブタイプに対する治療法の開発については本研究では論じておらず、更なる研究が必要です。

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