Yukio Suzuki, M.D., Ph.D.
[分野:がん分野]
子宮体がん患者におけるホルモン補充療法と非ホルモン療法の動向
Gynecologic Oncology, 23-December-2023
概要
子宮体癌は予後の非常に良い癌腫であり、根治的治療後におこるエストロゲン低下に伴う短期的、中長期的QOLへの影響に目を向ける必要がある。また子宮体癌は近年の高齢化、晩産化、挙児率低下、生活習慣変化、肥満増加に伴い、世界で増加傾向にある癌腫である。そのリスクファクターから社会問題としても多くのメディアで取り上げられている。治療の原則は子宮摘出と卵巣摘出となり、閉経前女性では特に卵巣ホルモン欠落による短期的な更年期障害、長期的な心血管系イベントリスクなどが問題となる。閉経後女性においてもこうした短期、長期的合併症が課題となっている。本研究では根治的手術を受けた子宮体癌患者におけるホルモン治療、そして抗うつ薬や抗けいれん薬などの非ホルモン治療の使用実態を米国最大規模のレセプトデータベースを用いて分析した。2008年から2020年までのデータからICDコードを用い子宮体癌新規症例19,700名を抽出した。子宮体癌患者における術後のホルモン(ERT)、非ホルモン治療処方実態を相対的に評価するため、良性適応で同様に子宮摘出、卵巣摘出を行った未閉経患者と良性適応で子宮摘出を行った閉経後患者185,150名を合わせて抽出し、プロペンシティスコアを用いて逆確率重み付け法を用いて背景因子のバランシングを行った後にDifference-in-differences分析を用いて手術前後における処方傾向の変化を評価した。さらに、術後の薬剤処方率の経時的変化についても分析した。子宮体癌患者における術後のERT使用は良性群術後患者に対し特に未閉経群で少ないことが明らかになった。反対に術後の非ホルモン治療薬は子宮体癌患者においてより処方される傾向にあった。さらに重要なことに術後のERT処方は年齢や悪性・良性の別に関わらずこの十数年で減少傾向にあることが示された。長期的予後が期待できる子宮体癌において、今後益々短期、中長期的QOLの改善が求められる中、ERTの低使用は共有意思決定においても警鐘を鳴らす結果となるだろう。
受賞者のコメント
この度がん部門特別賞に選んで頂き、心より嬉しく存じます。海外で研究してきた成果をこうして認めていただけることは今後の大きな励みになります。私のような臨床研究分野においてもこのように評価頂いたことは、臨床研究分野で海外に挑戦する人たちにつながっていくと信じております。UJA関係者の皆様、米コロンビア大学産婦人科の指導者であるDr. Jason D. Wright、共同研究者の同僚、横浜市立大学産婦人科学講座においては教授宮城悦子先生はじめ支えてくれた多くの方々、そして家族に心から感謝しております。
審査員のコメント
片野田 耕太 先生:
子宮体がんの治療薬の利用動向をホルモン補充療法とそれ以外で調べた研究で、婦人科領域の臨床的意義はあるが、研究的深堀りに欠ける印象。
平田 英周 先生:
子宮がん患者におけるエストロゲン代替療法(ERT)と非ホルモン薬の使用傾向に関する論文です。子宮がん患者に対してERTの使用が一般的ではないことが示されています。エストロゲン欠乏は患者QOLに重要な影響を及ぼすため、この点に警鐘を鳴らす意味でも大変意義深い研究成果です。
田守 洋一郎 先生:
子宮体癌患者に対する術後のERT処方によるホルモン補充療法の使用実態について、米国におけるデータベースから、ERT処方の低下傾向を明らかにしている。
エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
臨床医であっても、科学的な視点を持ち自らが新たなエビデンスを作っていきながら目の前の患者さんのマネジメントをしていきたいと考えてきたことが理由です。
2)現在の専門分野に進んだ理由
臨床研究分野は、自らの臨床の専門分野(私の場合は婦人科腫瘍学、女性医学)で日々の臨床治療戦略に直結する研究です。ランダム化比較試験のみならず、メタアナリシス、観察研究、症例報告など包括的かつ多彩な研究を自ら実践していきたいと考えて現在の道に進んでいます。
3)この研究の将来性
私が今回行った研究は、米国のレセプトデータベース(診療報酬請求のための事務データ)の二次利用研究(主目的は医療費請求)です。日本でも当然あるレセプトデータは個人の患者さんの処方データを追跡することが可能です。医療機関が変わっても医療保険が変わらなければ一個人の患者に発生した医療行為や処方などを縦断的に分析することができます。今回子宮体癌患者の根治的治療後におけるエストロゲン補充療法と非ホルモン治療の処方実態を解明しました。これはレセプトデータならではの利点を生かした視点です。二次利用の可能性をさらに広げる研究と期待されます。また、本研究では子宮体がん患者の術前後のホルモン治療実施の差を分析するために、良性コホートを対照群としたDifference-in-differences分析を応用しています。また良性コホートと子宮体癌コホートの類似性を高めるために背景因子である年齢、地域、合併症スコアなどを調整するためにプロペンシティスコア分析を行い、逆確率重みづけ法を用いて擬似の類似コホートを作成しました。こうした偽実験的手法を応用し、レセプトデータベースなどのリアルワールドデータ活用を進めていく可能性を広げる研究になっていると考えます。
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