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[特別賞]兼重篤謹/ミシガン大学

Atsunori Kaneshige, Ph.D.

[分野:がん]
(STAT5 分解誘導薬 AK-2292 の開発)
Nature Chemical Biology, accepted

概要
 転写因子のひとつである Signal transducer and activator of transcription 5 (STAT5) はその発見以来、関連する疾患の治療薬開発において、魅力的な標的タンパク質として20年以上注目されてきました。転写因子はその性質上、阻害剤開発が困難であり、STAT5 も “undruggable” (阻害剤開発が不可能なタンパク質)、もしくは “difficult-to-drug” (阻害剤開発が困難なタンパク質)のひとつとして分類され、その選択的な阻害は本研究以前には達成されていませんでした。STAT5 には STAT5A と STAT5B という高度に構造が類似しているアイソフォームが存在していますが、本研究は、世界初の高活性かつ選択的な STAT5A/B タンパク質分解誘導薬 AK-2292 の開発について報告したものです。In vitro の試験において、AK-2292 は構造上類似している他の STAT ファミリータンパク質 (STAT1, STAT2, STAT3, STAT4, STAT6) や細胞内の他のタンパク質に影響を与えずに、極めて選択的に STAT5A/Bの分解を誘導し、STAT5 の機能を阻害します。 さらに、免疫不全マウスを用いた in vivo 実験において、通常の組織や、移植したヒト由来慢性白血病細胞の組織でも効率的に STAT5A/B の分解を誘導し、体重減少や血液マーカーにおいて毒性を示すことなく、腫瘍退縮を実現を報告しています。本研究は、STAT5 に関連する生物学的な in vitro かつ in vivo 研究において非常に有用な分子であるだけでなく、STAT5の機能を選択的に阻害する治療薬開発のリード化合物として、AK-2292 を報告したものです。

受賞者のコメント
この度、UJA特別賞という名誉ある賞を受賞させていただき、大変光栄に思っております。私の初めての論文で本賞をいただけたのも大変嬉しく思っております。Shaomeng Wang教授の指導とサポートの下、創薬においてこの上ない環境でチームと共に特許取得、そして論文まで持って行けたこと、全てに「ありがとうございました」というのが率直な気持ちです。妻と子供たち、日本の家族親戚にも感謝の気持ちでいっぱいです。また、このような企画にご尽力いただいた先生方を始め、審査等を担当して下さった先生方にも、感謝を申し上げたいです。

審査員のコメント
平田英周 先生:
新規PROTAC型STAT5分解誘導剤の開発に関する論文です。STAT5A/Bを選択的に分解しており、マウス担癌モデルでの有効性も実証しています。今後、シグナル伝達研究の発展に大きく貢献することが予想され、またSTATファミリーを標的とした治療薬開発のマイルストーンの一つとなり得る、優れた研究成果と言えます。

田守洋一郎 先生:
様々な疾患への関与が報告されているSTAT5に対する阻害剤AK-2292の開発を行なった研究。標的阻害剤の分子デザインのストラテジーがエレガントであり、類似構造を持つSTAT6などには影響しない非常に特異性の高い阻害剤開発に成功している。培養細胞だけでなく、マウスを用いたヒト腫瘍組織に対する有効性も示されており、副作用も大きくないようである。留学期間が長くなってきているが、それだけの価値のある研究成果であろう。

エピソード
各種血液がん、固形がんの治療薬の開発を目指し、本研究の創薬ターゲットタンパク質として、がん細胞の発生と増殖に重要な役割が報告されているSTAT5というタンパク質を選びました。STAT5は一般的にUndruggableなタンパク質として分類され、そもそもSTAT5阻害剤、STAT5結合分子の報告もない中での出発でした。さらに、仮にSTAT5に結合する分子を見つけたとしても、構造的に非常に類似したSTATファミリータンパク質が各種あり、STAT5に選択的な阻害剤開発は困難であろうと思われる中で研究を開始しました。このタンパク質のさらに厄介な事に、研究過程で開発したSTAT5に結合する分子が、STAT5を過剰に生産している様々ながん細胞に対して全く増殖抑制効果がありませんでした。この時点で研究開始から4年弱が経過していました。さらに他に挑戦した様々なプロジェクトも困難に遭遇する中、全く論文化そして卒業という光が見えて来なかったのが2020年初頭頃でした。追い討ちをかけるように新型コロナ感染症が発生してロックダウンに突入し、実験も出来な状況にも陥りました。そんな状況を乗り越えて、この困難なSTAT5を標的とする創薬研究がもう一歩前進したのが、タンパク質分解誘導キメラ(PROTAC)という技術を用いた事でした。PROTAC技術は特に2015年以降、創薬分野にて世界中で急速に広がった技術で、私が本研究を始めた2017年初頭には様々なPROTAC分子が報告されていました。全ての例で、すでに開発された非常に優れた阻害剤を元にPROTAC分子が創出されており、果たして私の開発したSTAT5結合分子がPROTAC技術によって、選択的でかつ、がん細胞に有効なPROTAC分子として生き返るかどうかは、未知数でした。しかし幸運な事に、本論文にてその後の詳細を報告している通り、選択的でもなく、結合力も弱いSTAT5結合分子を元に、世界初のSTAT5分解誘導キメラ分子AK-2292を開発する事に成功いたしました。AK-2292はSTAT5選択的で、STAT5に依存するがん細胞に増殖抑制効果を有し、かつマウスモデルでも有効な事を本論文で実証しています。AK-2292はSTAT5関連の研究におけるツール化合物としても有用であり、また将来のSTAT5を標的とした治療薬開発のリード化合物の候補としても有用だと考えられます。STAT5への結合分子も報告されていない中で、どうやってそういった分子を見つけ、そこからさらにPROTAC分子を開発し、特許、論文まで持って行けたかのストーリなども含め、ご興味ある方は是非論文を読んで見てください。数年間に及ぶ失敗の連続の中、がむしゃらに実験できる環境にて粘り強くご指導いただいたDr.Wangと素晴らしいチームに心より感謝いたしたいのと共に、困難な日々を乗り切った体験が必ず今後の人生に役立つと願っております。

1)研究者を目指したきっかけ
研究者を目指したきっかけというより、面白そうなことに導かれて、結果として研究者になっていたといった印象です。私は山口県の工業高校を卒業しており、高校卒業後は大学というよりは地元に就職するのかなと思っておりましたが、田舎育ちということもあり、次第に東京に行ってみたいと思い、色々ありましたが、結果として東京理科大学薬学部に入学しました。何とか理科大を卒業し、その後京都大学大学院に拾っていただき、そこでも優秀な先輩方に囲まれながら、優しくも厳しくも多大なご指導いただいた富岡清先生の温情もあり、何とか修士課程を修了、そして一般企業に研究者として就職させていただきました。そこでも創薬や製造現場にて様々な経験をさせて頂いた上、さらに日本国外に出たことのない自分にアメリカを見る機会までいただきました。そこで、たまたまミシガン大学の研究現場をこの目で見る機会を得、企業とほぼ変わらないか、それ以上の環境で創薬研究が行われていることを目の当たりにし、アメリカで創薬関連の研究を実際にやって学んでみたいという切実な、病むに病まれぬ強い思いを抱きました。家族持ちであり、収入も激減する事により不安も大きかった中、それよりも遥かに知的好奇心の方が大きく、もう一度学生に戻ってミシガン大学薬学部博士課程に入学いたしました。日本での学部、大学院、一般企業で多くの方にお世話になり、成長させていただき、海外でさらに成長できるきっかけをいただいたこと、ただただ感謝という気持ちでいっぱいです。今後はどうなるか、常に不安定なのが現実ですが、過去にお世話になった方々の顔を思い浮かべながら、興味に従って家族共々今できることを一生懸命やって頑張っていこうと思います。私のようなものが若い方のために何かをというのは恐縮ですが、「環境」というのがキーワードかと思います。環境、そしてそこで出会った優れた人達が、自分を少しでも良い方向に成長させてくれたと自信を持って言えます。私は未だ全くの発展途上ですが、皆さんの挑戦を陰ながら応援しつつ、私も研究者としてほんの少しでも日本に貢献できる人材になれるように頑張りたいと思います。

2)現在の専門分野に進んだ理由
東京理科大学薬学部では、有機合成化学の授業でよろしくない成績を出した記憶があり、有機化学には最も苦労しました。時間をかけたせいか、成績が悪いながらも自然に有機化学が好きになって行き、薬学部にいたこともあって、有機化学の延長の創薬に興味を持つようになりました。気がついたら有機化学、創薬にずっと関わっております。ミシガン大学薬学部に入学し、ご指導いただいたDr. Wangの元では、自由に研究に従事させていただくことができました。ラボのメンバーには全合成や反応開発でハイインパクトな論文を出して米国留学に来ている沢山の優秀な研究員がいました。また、Cell Biology、Chemical Biology専門のチームメートの指導もあり、有機合成だけでなく、自分で作った化合物を自分で評価する様々な基本実験のスキルも身に着けることができました。博士課程で行った研究を通して、創薬に貢献するケミカルバイオロジー分野に強い関心を持つようになりました。

3)この研究の将来性
STAT5は各種がん細胞の増殖に関与しているタンパク質だという報告が多数あり、創薬において魅力的なターゲットとして過去20年以上注目されていたにも関わらず、Undruggable (タンパク質の構造的な理由、また機能的な理由による)なタンパク質に分類され、STAT5に結合する分子の開発や阻害剤の開発が極めて困難でした。本研究で選択的STAT5分解誘導キメラ分子AK-2292を開発した事により、この分子がSTAT5関連の研究に役立つだけでなく、STAT5が関わっている各種がんやその他関連疾患の治療薬開発の出発地点として非常に有用な可能性があります。さらに本研究の中で、AK-2292とSTAT5タンパクの共結晶も世界で初めて報告しており、更なる分子の改良にも非常に有用な報告です。
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