Hirotaka Kato, Ph.D.
外科医が誕生日に行った手術の死亡率は、誕生日以外の日に行った手術の死亡率より高いことを発見
Patient mortality after surgery on the surgeon’s birthday: observational study
BMJ
2020年12月
手術のパフォーマンスは常に最適ではなく、20~30%の患者が手術後に合併症を経験し、5~10%の患者が手術後に死亡すると報告されています。そして、その合併症のうち40~60%が、死亡のうち20~40%が回避可能であったとの研究結果があります。病院や医師に関するさまざまな要素が手術のパフォーマンスに影響を及ぼしていると考えられますが、外科医が目の前の患者の治療に集中できるかという勤務状況が、パフォーマンスに与える影響に関しては十分検証されてきませんでした。着信音や医療機器のトラブル、手術内容とは必ずしも関係ない会話など、手術中の外科医の注意をそらすような物事は多く存在しているといわれています。また、実験室で行われた実験では、外科医の注意をそらすような要素が外科医のパフォーマンス(タスク完了にかかる時間など)を引き下げる影響があることが示されています。しかし、これはあくまで実験であり、リアルワールドで外科医の注意をそらすような要素が患者にどのような影響を与えるのかは検証されていませんでした。
本研究では、誕生日に外科医がより注意散漫になることや、手術をより早く終えようと急ぐことが原因で、パフォーマンスが変わるのではないかという仮説を立てました。そして外科医の誕生日を、注意散漫な状況と外科医のパフォーマンスの関係を検証する「自然実験」とみなし(多くの患者は執刀医の誕生日を知らないため、それを基準に手術日を選ばず、また緊急手術に限定することで患者が手術日を選択する可能性を少なくした)、外科医の誕生日と患者の死亡率の関係を検証しました。
アメリカのメディケアデータを用い、2011年から2014年に47,489人の外科医によって行われた980,876件の緊急手術を分析したところ、外科医の誕生日に手術を受けた患者の死亡率は、誕生日以外の日に手術を受けた患者の死亡率よりも高いことが明らかになりました。同じ外科医に治療された患者を比較しても同様の結果で、誕生日に手術を受けた患者の死亡率は、誕生日以外の日に手術を受けた患者の死亡率よりも1.3%増加していました(+23%の増加率)。
この結果は、外科医のパフォーマンスが仕事とは直接関係のないプライベートな要因に影響される可能性を示唆しており、医療の質のさらなる改善をはかる上で有益な情報を提供していると考えられます。
受賞者のコメント:
この度はUJA論文賞(特別賞)を授与していただき、誠にありがとうございます。大変光栄です。審査いただいた先生をはじめ、すべての関係者の方々に深く感謝申し上げます。今回の受賞論文は、渡米後初めて筆頭著者として執筆した論文であり、思い入れの深い研究です。今回の論文がこのような評価をいただき大変嬉しく思います。この受賞を励みに、これからも研究に邁進いたします。
審査員のコメント:
この論文はSNSを通じて知っていました。大変話題になった論文である。心理的要因との相関という実験の設定が難しいテーマに、誕生日という客観的に決定できるものを持ってきたところにセンスを感じる。(木原先生)
この知見は、外科医のプライベートな要因を手術の予定に組み入れるなどの対処法や、または外科医の意識を変えるという予防的効果を生み出すことにより、医療の向上・改善が見込まれる大変意義深い報告である。(中村先生)
While other papers have studied performance change as work day progresses or other factors, this study focusing on surgeon birthday is interesting and new. The difference is not that large, however, and how much clinical impact this can have is a bit less clear. (高橋先生) エピソード: BMJのクリスマス号に掲載するために、エディターと3名の査読者からのコメントにほぼ1週間以内に対応するよう求められたことは非常に大変でした。かなりの追加解析が必要で、これは無理かもしれないと思いましたが、寝る間を惜しんで必死に対応にあたりました。共著者の先生方のお力添えもあって、何とか1週間で納得のいく回答をすることができ、無事掲載となりました。 高校生からの質問: 1)研究者を目指したきっかけを教えてください 月並みな言葉にはなりますが、今までに明らかになっていないことを自身の手で明らかにすることに魅力を感じたことがきっかけです。大学の学部生時代に、当時の指導教官のもとで初めて論文を執筆した時、想像していたよりも大きな楽しさを感じました。 2)現在の専門分野に進んだ理由を教えてください 私が専門にしている医療経済学は、政策的に重要な課題が数多くあるものの、まだまだ新しい研究領域です。未開拓部分が大きい医療経済学に挑戦することは面白そうだと考え、この分野を選びました。 3)この研究が将来、どんなことに役に立つ可能性があるのかを教えてください。 この研究は外科医のパフォーマンスが一定ではなく、仕事とは直接関係のないプライベートな要因に影響される可能性を示唆しています。この研究だけではエビデンスの蓄積が十分ではないため、今後さらなる研究が必要ですが、多忙な働き方をしている医師を支援することなどを通じて、医療の質の向上に寄与することを期待しています。
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