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執筆者の写真cheironinitiative

[特別賞]坂本 智弥/ペンシルバニア大学

Tomoya Sakamoto, Ph.D.

[分野12:社会実装]
(核内受容体ERRによる、心筋成熟機構の解明)
Circulation Research, 26 Mar 2020

概要
出生後の心臓では、酸化的エネルギー代謝への移行や筋収縮機構の発達など劇的な成長変化が起こることが知られており、これらを心筋細胞の“成熟”と呼ぶ。心筋細胞の“分化”メカニズムについては、幅広く研究が行われ、iPS細胞などの培養幹細胞から心筋細胞を作り出せるようになった。しかしながら、分化後の心筋細胞における、“成熟”を促進する経路・メカニズムについては、不明な部分が多い。幹細胞から分化させた心筋細胞は、未成熟な心筋細胞に留まることが知られており、in vitroで大人の心筋細胞を研究することは現在困難である。心筋成熟メカニズムを明らかにすることで、大人の成熟心筋細胞を作り出す分化方法を生み出すことができると期待される。また、心不全の心筋細胞では、心臓の線維化とともに、この成熟経路を逆行する現象が確認されており、成熟メカニズムの解明は、心不全の発症メカニズムを解明する一助ともなる。

今回我々は心臓の発達に伴い発現が増加する、核内受容体ERR(エストロゲン関連受容体)が、心筋成熟プログラムを制御する可能性を検討した。産後間もないERRα/γ flox新生仔マウスに、Creリコンビナーゼを心筋細胞特異的に発現させて、5週齢マウスの心臓で遺伝子発現解析を行った。さらにiPS細胞由来心筋細胞を用い、クロマチン免疫沈降法により、ERR標的遺伝子の解析を行った。これらのデータを解析した結果、ERRがミトコンドリアの酸化的エネルギー産生、心筋収縮機能、イオン輸送など多くの心筋成熟に関与する遺伝子の転写を活性化することが明らかとなった。さらに、ERRα/γの発現を減少させた心臓では、線維化が観察され、心筋細胞におけるERRの活性化が繊維化を抑制する可能性を示した。CRISPR/Cas9を用いてERRα/γを欠損させたiPS細胞由来心筋細胞でも、脂肪酸酸化をはじめとする、酸化的エネルギー代謝や活動電位の低下などが観察され、ERRα/γが幹細胞由来の培養心筋細胞の成熟にも不可欠であることを示した。

以上本論文では、エネルギー代謝および筋収縮機能の成熟を活性化する因子として、また、線維化の抑制因子として、ERRは心筋細胞の成熟に非常に重要な転写調節因子であることを示した。

受賞者のコメント
この度は、特別賞を受賞する機会をいただき、大変嬉しく、光栄に思います。留学するチャンスを与えてくれた、Dan Kellyをはじめ、この研究を支えて下さった多くの方々に感謝いたします。また、本企画を運営して下さった先生方、審査を行って下さった先生方にも感謝申し上げます。最後に、当初一年の研究留学だと伝えて、付いてきてくれた妻や、この留学期間に産まれた、二人の子供にも感謝を伝えたいと思います。

審査員のコメント
早野元詞 先生:
出生後の筋肉のmaturationにおける機能解析をERRα/γ floxマウスを立ち上げ解析を行なっている。ミトコンドリアのエネルギー産生など、ERRの出生後の機能を明らかにし、心臓の代謝と構造的なmaturation分子機序に新しい情報と仮説を提示している。ERRシグナルが心臓疾患における新しい標的となる可能性があり、ERRカスケードの理解と、制御因子の解析assay系、創薬や遺伝子標的の発見と動物モデルでの実証が非常に興味深い。

赤木紀之 先生:
心筋細胞は、単に幹細胞から分化するだけではなく、その後の成熟を経て機能的な心臓を形づくります。本研究では、成熟過程に必要な因子として核内受容体ERRα/γに着目し、その分子メカニズムを解明しました。また、この分子が心筋細胞の線維化抑制にも関与している可能性を示唆しました。心血管病は我が国でも解決すべき喫緊の課題であり、心不全発症メカニズムや発症後の治療への応用など、更なる可能性が広がる研究であると感じました。

エピソード
2013年に留学した際には、その4年後に留学先の研究所が潰れるなんて思ってもいませんでした。「次の引っ越しは帰国かな。」と思っていた矢先の出来事でしたが、ボスの異動先であった、ペンシルバニア大学に移り研究を続けました。そこで順調に論文が出て終われば良かったのですが、論文を投稿しても、箸にも棒にもかからない時期が続き、気持ちを強くもつのが大変でした。なんとかリバイスまでこぎつけた時も、COVID-19のパンデミックをはじめ、色々なことがあり、人生思い通りにいかないなと身をもって学ぶことができました。

1)研究者を目指したきっかけ
小さい頃から虫や動物を飼育したり、観察したり、生物全般が好きでした。その後、臓器の発達やエネルギー代謝に興味が出てきて、詳しく知りたいと思ったのがきっかけだと思います。
2)現在の専門分野に進んだ理由
博士課程の学生のときは、脂肪細胞の研究していました。その過程で興味を持ったタンパク質があり、それを研究している留学先を探しました。運良くポジションを得たDan Kellyラボでは骨格筋と心臓の研究を行っており、正直に言うと、当初は、骨格筋の研究を行いたかったのですが、ボスのススメもあって心臓・心筋細胞の研究をはじめました。ときには自分が思ってもみないこと、まわりの人のオススメを聞くのも良いのではないかと思います。
3)この研究の将来性
培養幹細胞 (iPS細胞など)から心筋細胞を作ることが可能となりましたが、その心筋細胞は “未成熟”な心筋細胞 (胎児の心筋細胞) であり、体外で大人の心筋細胞を使った薬の研究などは基本的にはできません。今回は、そのような未成熟な心筋細胞を、より成熟した心筋細胞 (大人の心筋細胞) に変換する分子を発見しました。つまり、この分子の活性化によって、大人の成熟心筋細胞を体外で作製できる可能性を示しました。また、この分子は、心筋細胞が効率良く活動するのに必要なタンパク質を供給します。これらのタンパク質は心不全の状態では減少することが知られているので、今回発見した分子を標的とした薬剤 (活性化剤など)が心不全の治療に役立つことも考えられます。
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