[特別賞]寺尾亮/東京大学
- Tatsu Kono
- 4 日前
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Ryo Terao, M.D., Ph.D.
[分野:ミズーリ・インディアナ]
論文リンク
論文タイトル
LXR/CD38 activation drives cholesterol-induced macrophage senescence and neurodegeneration via NAD+ depletion
掲載雑誌名
Cell Reports
論文内容
加齢黄斑変性(AMD)は失明をきたしうる重篤な加齢性眼疾患の一つです。AMDの前駆病変は脂質沈着物のドルーゼンが網膜色素上皮下に蓄積しますが、治療法は現在ありません。本研究はAMD前駆病変である網膜下ドルーゼノイド沈着を発症する遺伝子改変マウスを用いてその発生機序を明らかにし、これまでなかったAMD前駆病変に対する治療法を確立することでAMDの発症を抑えることを目的に研究を行いました。本研究ではゲノムワイド相関解析研究によってAMDへの関与が明らかになっている、細胞内コレステロール排出トランスポーターであるATP Binding Cassette(ABC)A1(Abca1)とAbcg1が単球・マクロファージなどの骨髄系細胞にのみ欠損するコンディショナルノックアウトマウスを使用しました。本モデルマウスは網膜下ドルーゼノイド沈着を自然発症しますが、マクロファージが網膜下ドルーゼノイド沈着に集積しており、それらのマクロファージは細胞老化をきたしていることがわかりました。なぜマクロファージ老化がみられているか探ったところ、酸化還元反応で非常に重要な役割を果たす補酵素であるNAD+がマクロファージで枯渇することが原因であることが判明しました。マクロファージにコレステロールが蓄積することでLiver X receptorを介してCD38(NAD+の分解酵素)の発現が増加します。それによりマクロファージのNAD+が消費分解され、細胞老化が誘導されます。その結果、老化したマクロファージの中にドルーゼンの主成分であるリポフスチンが蓄積し、網膜下ドルーゼノイド沈着の原因となります。現に老化細胞除去薬の投与が本マウスの網膜下ドルーゼノイド沈着が抑えられたことからも、老化したマクロファージが原因であることが裏付けられました。また、NAD+補填のために前駆体であるニコチンアミド・モノヌクレオチドを投与したところ、同様に網膜下ドルーゼノイド沈着を抑えました。従って、過剰な細胞内コレステロールによるNAD+枯渇はマクロファージ老化の収束機構であり、加齢に伴う神経変性の根底にある原因プロセスであることがわかりました。また、老化細胞除去治療やNAD+補填療法がAMDの前駆病変に対する治療として有効である可能性が明らかになりました。AMDは不可逆性の視力低下をきたします。AMD前駆病変に対する治療はAMDへの進展を抑えることで重篤な視力障害を予防できることが期待されるとともに、医療経済的にも意義が大きいものと考えられます。今後は実臨床への治療展開が期待されます。
受賞者のコメント
この度は、大変栄誉ある賞を賜り、誠にありがとうございます。ワシントン大学セントルイス眼科の Rajendra S. Apte 教授をはじめ、Apte 研究室のメンバー、共同研究者の先生方、そして UJA ワシントン大学セントルイス校研究者ネットワークの皆様に、心より感謝申し上げます。また、本賞の選考に携わってくださった審査員の先生方ならびに UJA 運営委員の皆様に、深く御礼申し上げます。
今回の受賞を励みに、今後さらに研究を発展させ、実際の医療に貢献できる成果を生み出せるよう精進してまいります。
審査員コメント
加藤 明彦先生
This study investigates the intracellular signaling cascade driving cellular aging and senescence caused by abnormal cholesterol metabolism, which is strongly linked to age-related macular degeneration (AMD). The research group previously demonstrated that reduced expression of ABCA1 and ABCG1, regulators of cholesterol efflux, in aged human macrophages leads to cholesterol accumulation. This results in an abnormally activated macrophage phenotype promoting pathologic vascular proliferation, a hallmark of AMD (Cell Metabol. (2013) 17: 549–561). They later found that myeloid-specific Abca1 and Abcg1 knockout mice (Abca1/g1-m/-m) developed age-dependent subretinal cholesterol-rich lipid deposits resembling drusen or subretinal drusenoid deposits (SDD), often observed in early AMD. These mice also exhibited impaired dark adaptation in aged Abca1/g1-m/-m, as well (JCI Insight (2018) 3: e120824). Terao et al. extensively characterized Abca1/g1-m/-m mice and elucidated the macrophage aging pathway under cholesterol efflux suppression. Unbiased gene expression analysis in bone marrow-derived myeloid (BMDM) from Abca1/g1-m/-m mice revealed significant upregulation of CD38, a NAD+-consuming enzyme. Indeed, suppressed NAD+ flux was observed in these macrophages. Pharmacological and siRNA manipulations revealed that CD38 induction in the Abca1/g1-m/-m BMDM is mediated by a nuclear receptor, LXRα. Induced senescence marker expression was observed in BMDM from Abca1/g1-m/-m mice and wild-type BMDM treated with pharmacologically activated CD38. Conversely, siRNA-mediated CD38 suppression or NMN supplementation to rescue NAD+ depletion restored senescence marker levels. To test the eye-specific effects, BMDM from Abca1/g1-m/-m mice were injected into wild-type mouse eyes, resulting in SDD development and impaired dark adaptation. CD38-overexpressed BMDM injections yielded similar results. The authors also explored therapeutic strategies. Inducing apoptosis in senescent macrophages using a p16Inc4a-promoter-driven caspase in Abca1/g1-m/-m mice. The animals stopped both SDD development and dark adaptation. Similar effects were observed by a senolytic treatment, the oral administrations of dasatinib + quercetin or intraperitoneal NMN supplementation in Abca1/g1-m/-m mice. This study identified CD38 as a key mediator of SDD development in Abca1/g1-m/-m through an unbiased transcriptomic analysis of BMDM and demonstrated that cholesterol accumulation activates LXRα-mediated Abca1/g1 and CD38 expression, leading to NAD+ depletion and macrophage senescence. These findings suggest that NAD+ enhancement or senolytic agents could be promising treatments for AMD and other age-associated diseases.
増田 久子先生
加齢黄斑変性の前駆病変の一つである網膜下ドルーゼノイド沈着が発生するしくみを遺伝子改変マウスモデルを用いて明らかにしています。前駆病変との関連が予測されるコレステロール排出トランスポーターの遺伝子改変マウスによる実験で、網膜下ドルーゼノイド沈着の原因が、コレステロールの蓄積がによるマクロファージ内でのNAD+の分解とそれに伴うの細胞老化、並びにリポフスチンの蓄積によることを提示しました。また、NAD+前駆体の補填により沈着が起こらない発見は、将来の治療方法の確立を強く示唆しており、本研究はとても有意義な研究であると思います。
今崎 剛先生
コレステロール代謝の異常がLXR/CD38経路を介してNAD⁺の低下やマクロファージの老化を引き起こし、それがAMDの進行に寄与することを明らかにした非常に重要な研究です。特に、老化という現象が一種の疾患として捉えられ、治療法の開発につながる可能性が示された点に非常に感銘を受けました。
井上 昌俊先生
この論文は、LXR/CD38経路を介したコレステロール代謝異常がマクロファージの老化とNAD+枯渇を通じて加齢性黄斑変性症(AMD)の病態形成に寄与するメカニズムを詳細に解明しており、意義深い研究です。特に、NAD+補充やセノリティクスが老化細胞の除去や疾患の進行抑制に有効であることを示した点は、加齢性疾患治療に新たな可能性を提示しています。実験手法が多岐にわたり、分子メカニズムから治療応用まで深く探求されている点も高く評価されます。また、健康なマクロファージ移植による老化細胞の除去効果の実証など、治療法としての実用性も具体的に示されています。さらに、この研究はNAD+代謝と老化の関係に焦点を当てており、単にAMDに留まらず、他の加齢性疾患にも応用可能な幅広い知見を提供しています。
井上 清香 先生
加齢性黄斑変性の前駆病変に対する治療法を見据え、遺伝子改変マウスを用いて網膜下ドルーゼノイドの原因と抑制に取り組んだ興味深い論文です。個体への様々な薬剤投与の影響が多角的に解析されており、老化細胞除去治療やNAD+補充療法が有効である可能性を示しています。今後、予防医療への応用性が期待されます。
エピソード
本研究は2020年12月から2023年3月までの海外留学中に、ワシントン大学セントルイス眼科の Apte 研究室(https://sites.wustl.edu/aptelab/)で行われました。プロジェクトの立ち上げや実験系の確立、一つひとつのデータ取得など、あらゆるステップにエピソードがありますが、振り返ればすべてが貴重な経験となりました。多くの困難もありましたが、今回の発見に繋がり、このような栄誉ある賞をいただくことができたことを大変光栄に思います。
また本研究を行うにあたり、多くのご縁に恵まれたことにも感謝しています。特に、留学に際してご尽力くださり、貴重な機会をつないでくださった伴紀充先生(慶應義塾大学医学部眼科学教室)に心より御礼申し上げます。
1)研究者を目指したきっかけ
もともと、新しいことを発見するのが好きでした。眼科医としてある程度の知識や技術が身についた頃、まだ誰も答えを知らない疑問に興味を持つようになり、研究に挑戦したいと思うようになりました。医師として医学書や論文を読んで学ぶことはとても大切ですが、教科書でもまだ明らかにされていないことに疑問を持つことも同様に重要であると考えています。研究を通じて新しい知識を生み出し、医療の発展に貢献できることに魅力を感じています。
2)現在の専門分野に進んだ理由
医学生の頃は顕微鏡を使った手術に興味があり、病院実習や初期臨床研修で出会った眼科の先生方の影響で眼科医を目指すようになりました。眼はとても小さな臓器ですが、驚くほど複雑な仕組みを持っています。診療をしていると、眼の奥深さを実感することが多く、さまざまな病気に出会うたびに「なぜこうなっているのだろう」と疑問を抱くようになりました。その探求心が今の研究につながっていると感じます。
3)この研究の将来性
加齢黄斑変性は視力が低下し、失明につながることもある深刻な目の病気です。特に、網膜に出血や異常が起こることでものが見えにくくなります。現在の治療では大きく視力を回復させることは難しく、高額な薬を定期的に投与しなければならないため、十分に満足のいく治療とはいえません。
この研究では視力が低下する前の段階(前駆病変)で治療を行い、失明や視力の低下を防ぐことを目指しています。研究をさらに進めることで、新しい治療法を実際の医療に役立てられる可能性があり、多くの人の視力を守ることにつながると期待しています。
4)スポンサーへのメッセージがあればお願いします
この度は貴重な機会をいただき、心より感謝申し上げます。皆様のご支援があったからこそ、研究を進め、貴重な成果を得ることができました。今後も研究を発展させ、加齢黄斑変性をはじめとする眼疾患の新たな治療法の確立に向けて尽力してまいります。引き続きのご支援、ご指導を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
UJA 論文賞は海外留学をする研究者にとって大きな目標となる賞であり、日本人研究者の成果を評価していただけることは大きな励みになります。これからも、多くの研究者が本賞を通じてさらなる飛躍を遂げられることを心より願っております。
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