[特別賞]工藤麗/国立がん研究センター研究所
- Tatsu Kono
- 6 日前
- 読了時間: 4分
Rei Kudo, M.D., Ph.D.
[分野:がん分野]
論文リンク
論文タイトル
Long-term breast cancer response to CDK4/6 inhibition defined by TP53-mediated geroconversion
掲載雑誌名
Cancer Cell
論文内容
乳がんの約75%はホルモン受容体陽性・HER2陰性タイプで、抗エストロゲン療法が有効とされています。この進行・再発例に対しては、CDK4/6阻害剤を併用する分子標的療法が一般的です。CDK4/6阻害剤は乳がん細胞の増殖を強力に抑制しますが、近年、この新薬に対する耐性の存在が明らかになりつつあります。私たちの研究では、CDK4/6阻害剤耐性の原因として、がん抑制遺伝子TP53に着目しました。分子レベルの解析により、TP53変異が耐性を引き起こすメカニズムを解明し、乳がん患者検体においてもこの現象が実際に起きていることを確認しました。また、2,800人を超える乳がん患者のリアルワールドデータからも同様の結果が得られています。TP53変異を有する乳がん細胞では、CDK4/6阻害剤によって一時的に細胞周期が停止します。しかし、下流因子であるp21の発現が不十分なため、細胞を休止期に留める役割を持つDREAM複合体の形成不全となり、結果として細胞周期が再突入することが判明しました。これまで、p53の機能欠損は「治療標的にならない(undruggable)」とされてきましたが、本研究では、CDK4/6阻害剤耐性を克服するために、CDK2阻害剤を追加する治療戦略の可能性を示しました。CDK4/6阻害剤の適用対象となる乳がん患者の約30%がTP53変異を持つという現状を踏まえると、今後、CDK4/6阻害剤とCDK2阻害剤のコンビネーション療法に関する臨床試験の結果が期待されます。
受賞者のコメント
同じように海外で頑張っていらっしゃる方からの評価をいただけたのが、何よりも嬉しいです。この気持ちを糧にまた頑張りたいと思います。
審査員コメント
平田 英周 先生
ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんにおいてTP53変異がCDK4/6阻害剤耐性を引き起こす分子機構を詳細に解析した論文です。特にp53欠損細胞においてはCDK2がp130のリン酸化を維持する重要な因子であることを明らかにし、CDK2阻害剤の併用が有望な治療アプローチであることを示しています。患者検体および2,820人の臨床データセットから実証された信頼性の高い研究結果であり、臨床応用に向けて大きな期待が持てます。
山田 かおり 先生
大人数の乳がん患者のデータからCDK4/6iに耐性をもつがん患者はp53やMDM2に変異を持つことを見出し、マウスやpatient derived organoidを用いて確かめ、CDK2阻害剤の併用が有効だと見出していく、臨床へとつながる見事なお仕事です。しっかりと様々なp53変異の乳がん細胞を用いてメカニズムを解明しつつ、人の臨床データを常にサイドで確かめつつ研究を進めるという、医学研究のお手本のようなお仕事で感服しました。
園下 将大 先生
乳がんのCDK4/6阻害剤耐性が生じる機構を解明するとともに、この耐性を克服する新しい対処法としてCDK4を標的とする戦略を提唱した点で大きな意義を持つ論文です。p53が変異している幅広いがん種の治療にも大きな示唆を与えるものと考えます。
エピソード
私は家族の転勤が決まったところから留学を決意し、研究をまとめてやっと論文をsubmitし始めたところで家族の帰任が決まり、その後は子供とワンオペで凌ぎ、最後は単身赴任でアメリカに残るなど、その時々の家族形態を変えながら論文への発表に向き合いました。そのため、ラボ同僚や現地校のママ友、シッターさんには本当にお世話になり、この年齢にも関わらず、かけがえのない友人を得られたことは論文のご褒美だと思っています。
1)研究者を目指したきっかけ
私は乳腺外科医であったので、この薬は自分に効くのかどうか、という現場での患者さんからの質問がいつも心にありました。効くのか効かないのか、効かないならどのような戦略を取ればいいのか、これは研究で出していく答えであり、研究者を目指しました。
2)現在の専門分野に進んだ理由
乳腺外科医としてキャリアを進める中で、ライフワークは乳がん研究となりました。多く薬剤が乳がんからスタートしている側面もあり専門分野として魅力的だったのと、世界で乳がん研究に携わっている人が高い熱量で研究をされていたことも、この分野に進んだ理由です。
3)この研究の将来性
乳がんの標準治療が効かない人の理由の一つを示しました。効く人に適切な治療法を提供し、効かない人にはこの研究で示した治療法を追加する、というような将来の乳がん治療をよりオーダーメイド治療に変えていく可能性があります。
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