[論文賞]高橋まり子/ミシガン大学
- Tatsu Kono
- 6 日前
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Mariko Takahashi, Ph.D.
[分野:がん分野]
論文リンク
論文タイトル
DrugMap: A quantitative pan-cancer analysis of cysteine ligandability
掲載雑誌名
Cell
論文内容
近年システイン残基に着目したケミカルプロテオミクスにより、共有結合阻害剤の標的となるタンパク質のレパートリーが拡大し、新たな抗がん剤の開発に大きく貢献している。 しかし、薬剤の標的となるシステイン残基が異なるがん種でどのように保存されているかは依然として不明である。我々は システイン残基特異的プローブを用いて25系統416種類のがん細胞株におけるシステインのリガンダビリティ(Ligandability、低分子化合物の結合能)を解析し、”DrugMap”を作成した。 興味深いことに、我々は特定のシステインのリガンダビリティが細胞ごとに変動していることを発見し、これは主に細胞の酸化還元状態、タンパク質の構造変化、そしてがん細胞の遺伝子変異の違いによるものであることを明らかにした。 さらに我々は薬剤標的としてがん種特異的転写因子に注目し、NFkB1とSOX10のシステインに特異的に結合して転写機能を抑制するプローブを開発した。NFkB1プローブはDNA結合能を阻害し、またSOX10プローブは機能不全の多量体を形成することによって転写活性を阻害した。これらの結果は、がん細胞におけるシステインのリガンダビリティの不均一性を明らかにし、これまで薬剤標的にならないと考えられていた転写因子に対し共有結合プローブを作ることが可能であることを示した。我々の”DrugMap”データベースはがんの分子標的薬の開発を促進する重要なリソースとなりうる。
受賞者のコメント
この度は、論文賞を受賞することができ大変光栄に思います。今回の論文で得られた知見は多くのラボメンバーや共同研究者のサポートあってこその成果であり、今後もがんのみならずヒト疾患の治療法の開発に貢献できるよう頑張りたいと思います。また審査および運営に携わっていただいた審査員の先生方およびUJA論文賞部の皆様に感謝申し上げます。
審査員コメント
園下 将大先生
RAS_G12C阻害剤の開発等で近年大きな注目を集めているシステイン標的化合物の開発に極めて重要な貢献をなす論文です。これまで阻害が容易でなかった転写因子に対する機能抑制プローブの作成にも成功しており、幅広い種類のタンパク質を標的とする薬物の創出の基盤になると期待されます。
磯崎 英子先生
膨大な解析データからなるDrugMapは、幅広いがん細胞の新規薬剤開発に貢献します。また、本研究で検討された転写因子の阻害は今後のがん治療の重要な課題であり、これを大きく前進させた革新的な研究プロジェクトです。DrugMapを中心とした創薬ネットワークの広がりが期待でき、今後の更なる発展が楽しみです。
小林 祥久先生
薬剤開発の進展は目覚ましい一方で、従来の技術では困難な創薬対象も数多く存在します。本研究は、システイン残基に注目したユニークな切り口からシステインのリガンダビリティを包括的にカタログ化してそのbiologyを解明した上、創薬標的として難しい転写因子のNFkB1とSOX10に対して特異的プローブを設計することで機能阻害にも成功したという壮大なプロジェクトです。本研究を筆頭著者兼責任著者として実施された高橋氏の研究能力の高さは素晴らしく、今後のさらなる研究成果が待ち遠しいです。
受賞者エピソード
ラボに入り、このプロジェクトを始めたときにはここまでの壮大な共同研究になるとは予想していませんでした。開始から論文受理まで3年間という短期間でまとめることができたのは、高い志をもって一緒に働いたラボメンバーと多くの共同研究者に恵まれたおかげです。競争の激しい分野ということもあり、プレッシャーや時間との闘いにくじけそうになったこともありましたが、無事論文が公開されたことで皆の努力が報われて本当に良かったです。またプロジェクトについての日々の濃密なディスカッションだけでなくラボ運営や若手指導のあり方を学ぶ機会をくれ、ラボを離れた今でもキャリアパスを真摯にサポートしてくれているボスには心から感謝しています。
1)研究者を目指したきっかけ
高校生の時にヒトゲノム計画終了のニュースとNHKスペシャル「驚異の小宇宙:人体III」を見て、遺伝性疾患の治療に興味を持ったのがきっかけです。
2)現在の専門分野に進んだ理由
大学院および最初のポスドクでは感染症や抗腫瘍応答に重要な自然免疫のメカニズムについて研究してきましたが、自分が見つけた分子やメカニズムが実際の疾患治療および創薬にどれだけ役立つのか不明であることがひっかかっていました。今回の研究のように、低分子化合物で狙うことができるようなタンパク標的分子を検出し、実際に作ったプロトタイプの化合物によって細胞レベルでの表現型を制御できると実証することによって、よりヒト疾患の治療戦略の開発に貢献できる可能性を感じました。
3)この研究の将来性
本研究はこれまでに創薬標的とされてこなかった大多数のがん関連遺伝子、特に転写因子やがん特有のタンパク質間相互作用を標的とした創薬に大きく貢献すると予想されます。われわれの大規模データはDrugMap.net(https://drugmap.net/)で一般公開しており、遺伝子名さえ入力すれば誰でも薬剤標的となるシステインを簡単に検索することができます。これらの知見はがん創薬のみならず自己免疫疾患や神経変性疾患といった様々な疾患を標的とした創薬への応用が期待できます。
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