その一方で、雄マウスのVMHvlOXTRに焦点をあて、ファイバーフォトメトリーによる神経活動の記録を行ったところ、VMHvlOXTRが敗北 (defeat) 時に活性化されることが明らかになった。敗北後、マウスは同じ個体に再接近した際に強い逃避行動 (avoidance) を示すことから、VMHvlOXTRが敗北に依存する逃避行動に関与すると仮説を立てた。遺伝学ツールによってOXTRを脳領域特異的に欠損させた個体や、OXTRの阻害剤を脳に微量注入した個体を用いた解析によって、VMHvlOXTRが逃避行動の発現に重要であることが示された。続いて、オキシトシンペプチドの重要性を検証した結果、尾側の視索上核(posterior part of the supraoptic nucleus)に分布するオキシトシン産生細胞 (SOROXT) からオキシトシンが分泌され、受容体発現細胞の可塑性を引き起こすことが示された。また、神経活動の記録によって、SOROXTは痛みのシグナルを受容していることが明らかとなった。これらを踏まえると、敗北時にその痛み情報がSOROXTによって受容され、VMHvlOXTRに可塑的変化を引き起こす。その結果、敗北個体が社会順位の高い個体に再遭遇し匂いシグナルを受容すると、VMHvlOXTRが活性化され逃避行動が発現することが明らかになった。本研究により、approach - avoidanceという、いじめられた後にいじめっこを避けたい、叱責された後は上司を避けたいといった、我々にも想像が容易な社会行動の変化の背後に存在する神経回路基盤が明らかにされた。
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