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執筆者の写真Aki IIO-OGAWA

[特別賞]小坂田 拓哉/ニューヨーク大学

Takuya Osakada, Ph.D.
[分野:Tomorrow 2]
神経ペプチドオキシトシンによって逃避行動が制御される機構の解析
Nature

概要
オキシトシン(OXT)は9つのアミノ酸から成るペプチドであり、1952年にその分子構造が明らかにされた。OXTはヒトの妊娠・分娩時に分泌され、その後の母性行動を活発にするなど愛着ホルモンとしての役割が知られている。脳においては、室傍核(Paraventricular hypothalamic nucleus; PVN)などにオキシトシン産生細胞が分泌することが知られており、近年、その機能の解析が進められている。脳視床下部には、オキシトシン受容体(OXTR)発現細胞が豊富に分泌している。視床下部腹内側核(VMHvl)もOXTRの発現が知られている脳領域のひとつであるが、その機能については未解明であった。申請者は、まずVMHvlに分布するOXTR発現細胞の機能を明らかにするため、研究を開始した。オキシトシンは愛着ホルモンという名の通り、母子の愛着に関わること、また、VMHvlの神経細胞が攻撃行動に関わることなどから、オキシトシンが母性攻撃行動に重要であると仮説を立てて研究を進めたものの、その仮説を支持する結果は得られなかった。
その一方で、雄マウスのVMHvlOXTRに焦点をあて、ファイバーフォトメトリーによる神経活動の記録を行ったところ、VMHvlOXTRが敗北 (defeat) 時に活性化されることが明らかになった。敗北後、マウスは同じ個体に再接近した際に強い逃避行動 (avoidance) を示すことから、VMHvlOXTRが敗北に依存する逃避行動に関与すると仮説を立てた。遺伝学ツールによってOXTRを脳領域特異的に欠損させた個体や、OXTRの阻害剤を脳に微量注入した個体を用いた解析によって、VMHvlOXTRが逃避行動の発現に重要であることが示された。続いて、オキシトシンペプチドの重要性を検証した結果、尾側の視索上核(posterior part of the supraoptic nucleus)に分布するオキシトシン産生細胞 (SOROXT) からオキシトシンが分泌され、受容体発現細胞の可塑性を引き起こすことが示された。また、神経活動の記録によって、SOROXTは痛みのシグナルを受容していることが明らかとなった。これらを踏まえると、敗北時にその痛み情報がSOROXTによって受容され、VMHvlOXTRに可塑的変化を引き起こす。その結果、敗北個体が社会順位の高い個体に再遭遇し匂いシグナルを受容すると、VMHvlOXTRが活性化され逃避行動が発現することが明らかになった。本研究により、approach - avoidanceという、いじめられた後にいじめっこを避けたい、叱責された後は上司を避けたいといった、我々にも想像が容易な社会行動の変化の背後に存在する神経回路基盤が明らかにされた。

受賞者のコメント
この度は、UJA論文賞 特別賞に選んでいただき誠にありがとうございます。選考や手続きに関わってくださった多くの先生方にこの場を借りて御礼申し上げます。今回、受賞させていただいた研究論文は、自らが2018年秋から在籍したニューヨーク大学医学部Neuroscience InstituteのDayu Lin研究室で行った仕事になります。社会性行動やその可塑性がどのような脳内メカニズムによって制御されているのか、視床下部から分泌される神経ペプチドオキシトシンやその受容体に着目して研究を遂行しました。「脳内オキシトシンが担う役割の多様性」や、「我々の日常とも密接な社会性行動が緻密な脳内メカニズムによって制御されていること」の一端を皆様にお伝えすることができれば幸いです。本研究成果は、留学前から構想していた研究テーマでもなく、研究室で想定されていたプロポーザルとも異なります。様々なタイミングでキーとなる結果がでた幸運と、それを素晴らしい方向に導いてくださったDayu Lin博士の慧眼のおかげで発表にたどり着きました。また、研究を快くサポートしてくださった共著者や周囲の研究者の方々の存在なしには成立していません。本研究の先に、オリジナリティやインパクトのある発表をまたお届けできるよう奮闘することがこれまでに支えてくださった皆様への恩返しになると感じています。最後になりますが、本研究やこれまでの研究生活を支えてくださったすべての方へ心から感謝申し上げます。

審査員のコメント
岩澤 絵梨 先生:
詳細な行動試験とfiber photometry等を用いて、視床下部腹内側核のオキシトシン受容体が逃避行動に重要な役割であること、そのオキシトシンの産生が主にSORからであり痛みのインプットにより活性化すること、このオキシトシン産生細胞(SOROXT)を除去すると逃避行動が見られなくなることから、SOROXTの逃避行動への直接の関与を示しています。丁寧で膨大な実験をこなされており、主に母子愛着ホルモンとして知られるオキシトシンの、男性にも共通する社会的行動への役割を描写した興味深い論文と考えます。また、筆頭著者にとって留学後最初の論文であり、ハイインパクトかつCorresponding authorを務めていることから、キャリアアップに非常に重要な論文であると考えます。

宮腰 誠 先生:
社会的な敗北後の行動変化を説明する神経基盤についての動物実験。この行動変化にオキシトシンが関わっているというのは意外性があり、ホルモンの多機能性や部位依存性について示唆に富む。また愛着と逃避という二面性はヒトの扁桃核を思い出させ、生物学の側から見た感情価の違いの意味について改めて再考を促す。しかし敗北した個体も麻薬を摂取すればハッピーになれる。大麻解禁に向かって世界全体がゆるやかに進んでいる。大麻の管理販売は麻薬カルテルの弱体化や政府の税収向上といったメリットのほか、あまり言われないがQOLを直接向上させることができる禁じ手の福祉政策でもある。

後藤 純 先生:
逃避行動におけるオキシトシンの新しい作用を明らかにし、作用機序を分子、解剖学的にも同定した画期的な論文だと評価しました。筆頭著者として、Corresponding Authorも努められたことも、研究概念と研究背景への専門性がある証であり、論文賞への推薦として高く評価いたしました。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
正直なところ研究者を目指したきっかけは特にありません。また、これまでにPh.D. course, Postdoctoral trainingと研究経験を積んできましたが、自分が研究者になったとも思っておりません。面白そうなことを追いかけ、面白いと思う環境に身を置きながら過ごしてきた結果が今の立ち位置に繋がっているものかと思います。逆を介していえば、小さなころから研究者に憧れを持っていたりしなくとも、もしくは、特定の知識・能力に長けていなくとも、研究分野において活躍できる可能性があるということではないでしょうか。スタートのきっかけはどんなものでも、ポジティブでも、消去法でもなんでもいいと思います。新しい物事を自ら発見しそれを社会に発信する、また、自由かつ様々なインタラクションのなかで新しい何かを発見する、そんなフィールドの面白さを感じる若い方がひとりでも多くなることを願っております。
2)現在の専門分野に進んだ理由
こちらも面白そうなことを追いかけていたら今の専門分野にいるというのが正直なところです。面白そうと思った研究室を学部4年生時に選択し、動物のフェロモンを介したコミュニケーションについて研究を行いました。マウスの涙液中にはフェロモン物質が含まれるのですが、それらは社会性行動を制御する機能をもちます。博士課程在籍中には、フェロモンの受容機構や脳内伝達機構に研究の焦点をあてました。そのなかで、社会性行動という我々の日常生活にも密接な事柄に面白さを感じ、社会性行動がどのように脳内で制御されているのか自らの手で研究をしたいと感じました。世界の様々な大学・研究所に社会性行動の研究をしている研究者がいますが、ご縁があって今のメンターであるDayu Lin博士が主宰する研究室で研究を行っています。研究生活の各タイミングで素晴らしい研究を身近で行っている先輩研究者の方々、また、次のステップを様々な形で示してくださるメンターの皆様に出会うことができたのは幸運であったと思います。そうでなければ、現在のように研究を続けていなかったかもしれません。次世代の皆様には、憧れを抱くような素晴らしい研究者を周囲に見つけること、また、良いメンターとなり得る先輩研究者を見つけることの大切さをお伝えしたいと思います。
3)この研究の将来性
本研究では、マウスが社会的敗北経験の後に可塑的に示す逃避行動に視床下部から分泌されるオキシトシンが重要であることを明らかにしました。様々な事柄が本研究から明らかになりましたが、この研究が将来どのようなことに役立つかは現時点ではわかりません(もちろん、社会性行動の脳内制御機構を研究している研究者にとって重要な知見であることは間違いありませんが)。研究には様々な形があります。疾病等のメカニズムを明らかにし、臨床や治療薬の応用に繋がるもの。生物の様々なメカニズムを明らかにし、将来の教科書に記載されたり、生物やそのライフサイクルの素晴らしさを伝えるもの。どのような研究であれ、研究者が自ら追求したいことをきちんとした手法で明らかにした仕事は素晴らしいものです。自分は現在、社会性行動の乱れ等に関心を持っていますが、本研究に興味を持ってくださった方がその後に繋がる何かを感じていただけましたなら、本研究を発表した意味があったと思いますし、有難い限りです。
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