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[特別賞] 小野原大介 /Emory University

Daisuke Onohara M.D., Ph.D.

ラット心不全モデルにおける心拍動下左室形成デバイス植え込みによる心収縮能改善効果

Ventricular reshaping with a beating heart implant improves pump function in experimental heart failure

Journal of Thoracic Cardiovascular Surgery

2020年9月3日


心不全は世界に6400万人の患者がいるとされ、日本にも120万人の患者がいると推定されている。心不全を起こす原因として、心臓の筋肉に血流を送る冠動脈の動脈硬化の進展で起こる虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)がある。これに対して抗血小板剤を始めとする薬剤治療、カテーテル治療、手術による冠動脈バイパス術などがあるが、それに伴う治療効果が十分に得られず心機能の悪化を認めると虚血性心筋症となる。虚血性心筋症となり心不全を繰り返すようになると心臓再同期療法や左室補助装置の植え込み、そして心移植が残された治療法となる。心移植のドナーが著しく少ない日本では、左室補助装置植え込み後の平均待機年数が2019年では4年を超えている。そのような現状の中で虚血性心筋症に対する新たな治療法の登場が期待されている。

 心不全の悪化の仕組みとして以前より心臓の形態が長楕円形から球形に変形することで、wall stress(壁応力)が上昇しそれが心臓の拡大、左室内圧の上昇、心臓壁の菲薄化を起こしさらに心不全を悪化させることが指摘されている。Wall stressを低下させるために、外科的に左室の一部を切除、切開し心臓の形態を整える左室形成術が行われてきたが手術侵襲の高さ、手術適応決定の難しさなどから広く普及されていない。他のアプローチとして10数年前にさまざまなデバイスが開発されたが、多くは心臓全体を包み更なる心拡大を抑制する仕組みのもので、臨床トライアルで予後を改善できるほどの効果を示したものはなかった。

 そこで我々はラットの心筋梗塞モデルを用いて、左室を貫通する形で糸を通し心筋の外側からパッドを用いて球形に拡大した左心室を長楕円形に形成することで左室機能・形態、心筋細胞にどのような効果が得られるのかを比較・検討した。治療群では左室短径を25%短縮させる形でデバイスを植え込むことで、左室は長楕円形になり左室容量の減少も認めた。心拡大の悪化を示す圧容量曲線(PV loop)の右方移動を未治療群に認めたが、治療群はわずかな移動を認めたのみであった。治療群では左室の収縮能の著明な改善があり、危惧された拡張能への影響は認めなかった。また治療群では左室心筋の壁は維持されており、デバイスによって心不全による左室壁の菲薄化が抑制されたと考えられ、組織検査でも心筋細胞に同様の所見が認められた。現在は大型動物(ブタ)を用いた実験を進めている途中であり、カテーテルを用いた左室形成デバイスの開発を最終目標としている。


受賞者のコメント:

この度は、UJA論文賞特別賞を受賞できることとなり大変光栄に思っています。医師13年目を過ぎてから研究者としての道を歩き始めたので、自分の研究論文がこうやって評価していただいたことはとても嬉しく思います。現在、臨床応用を目指して大型動物での実験を始めた段階ですので、またその後の経過を近い将来報告できるよう頑張っていきたいと思います。


審査員のコメント:

本研究では、比較的簡便な二つの円盤状の装置で心室を物理的に抑えることによって、心不全の進行が抑えられるかを検討した。ラットで実験的に心筋梗塞を起こさせると、次第に心臓は球形に拡大し機能が低下するが、この装置を埋め込むことで、心臓の楕円形と心機能の維持に有意な効果があることを明らかにした。(斧先生)


心筋梗塞後のdilated cardiomyopathyに対してデバイスを用いて左心室のgeometryを正常心に近づけることで心機能の回復を図るための基礎研究の論文である。継続的な研究により将来の大動物実験や臨床試験の結果が楽しみである。(太田先生)


現在大型動物での検討がされているとの事、他の技法との比較を踏まえて本デバイスの今後の臨床応用が期待される。(北郷先生) エピソード: 新しい心臓手術の効果を検討するために、ラットのような小動物を使って実験を行うことに非常に苦労しました。心臓を動かしたまま安全に手術ができるのか、どのようなサイズ・素材を治療用デバイスとして使用可能なのか、多くのことを思考錯誤しながら実験を進めていきました。研究者としての経歴はまだまだ浅いですが、臨床で培ってきた経験がとても役に立ちました。 高校生からの質問: 1)研究者を目指したきっかけを教えてください  心臓血管外科医として働く中で、今ある既存の手術方法だけでは助けることができない命があることを知り、もっと病気のことや、その手術方法の効果と限界を深く理解したいと思ったから。 2)現在の専門分野に進んだ理由を教えてください  心臓の手術の多くは機能を修復するための手術であり、質の高い手術を提供することでより多くの患者さんの命を救えると考えたから。 3)この研究が将来、どんなことに役に立つ可能性があるのかを教えてください。  今は心臓移植でしか助ける方法がないような患者さんの命を、この新たな手術方法によって救えるようになる可能性がある。

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