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執筆者の写真Jo Kubota

[特別賞]岩澤 絵梨/シンシナティ小児病院

Eri Iwasawa, M.D., Ph.D.

[分野:ジョージア・オハイオ]
(先天性水頭症モデルにおける抗炎症薬の効果の検証)
The Journal of Neuroscience, March 2022

概要
  先天性水頭症は1000出生に対して1~2人の割合で発生する、小児脳神経外科疾患の中で最も多い疾患の1つであり、原因は遺伝子異常から胎児期の頭蓋内出血まで多岐にわたる。乳児期までに診断後、多くの場合は治療として脳室内に貯留した脳脊髄液を腹腔内に逃がす脳室-腹腔短絡術(VPシャント)を行うが、術後もてんかんや運動機能・高次脳機能障害等の後遺症が起こる確率は約60%にも上る。VPシャントでは根治に至らない原因として我々は、脳室の拡大により惹起された脳実質内の炎症が神経障害を増悪させている可能性に着目し、遺伝性水頭症モデルマウスに対し抗炎症薬による介入を行った。
遺伝性水頭症モデルであり出生直後から進行性の水頭症をきたすprh (progressive hydrocephalus)マウスの脳において我々はまず、脳の免疫担当細胞であるミクログリア、あるいはマクロファージの活性化が炎症の主体であることを見出した。中枢神経に存在するミクログリアは、定常状態における「静止型」から、脳損傷や炎症を伴う疾患時には「活性型」へと形態変化するが、活性型ミクログリアは末梢血由来のマクロファージと形態・表面マーカーともに酷似しており、水頭症脳においてミクログリアとマクロファージのいずれが主に炎症反応に寄与しているかについてはこれまで明らかでなかった。我々は、脳室拡大が比較的重篤な生後8日目のprhマウス水頭症脳において、炎症性サイトカインを発現する単核細胞が主にミクログリアであることを示した。また、脳室周囲に集簇する活性化ミクログリアにおいて核内転写因子NF-kBの活性化が見られること、 NF-kBの活性化を抑制する抗炎症薬bindaritの投与により、脳室周囲組織の浮腫、大脳白質の髄鞘化の障害や、大脳皮質上位層のシナプス数の減少といった水頭症脳における組織障害が軽減することを示した。さらに、これまで生後早期の水頭症モデルにおいて機能障害を検出することは困難であったが、我々はSwimテストを用いることで中枢神経障害の指標である下肢の痙性が検出できること、bindarit投与において痙性の軽減が見られることを報告した。
本論文は先天性水頭症脳における、活性化ミクログリアによる組織障害の概念、また抗炎症薬による介入の可能性を示した。V-Pシャント手術による脳実質の炎症の変化や、V-Pシャントと抗炎症薬と組み合わせた場合の治療効果等、今後も検証が必要であるが、先天性水頭症の治療方針に一石を投じることも期待される。

受賞者のコメント
特別賞を頂き、ありがとうございます。本実験を可能にしてくださった共著の方々と、UJAの運営をしてくださっている先生方、論文を査読・選考していただいた先生方に感謝致します。今後の研究もがんばります。

審査員のコメント
高山秀一 先生:
Recommended overall as well as for special award. Journal cover, very nice histology and figures in general. Mechanistically interesting and there may also be clinical impact.

斧正一郎 先生:
本研究では、遺伝性水頭症のマウスをモデルとし、水頭症に伴うミクログリアの活性化とその神経障害への関与を明らかにし、さらに、抗炎症薬によって水頭症に伴う脳機能障害が軽減されることを示した。これらは、水頭症の病態メカニズムの解明と、新たに有効な治療法の可能性を提示する、インパクトの高い研究結果である。分子レベルでの転写因子の変化から、マウスの行動まで詳細に調べた、非常に説得力のある論文である。神経科学では定評のあるJournal of Neuroscience の表紙にも採用されており、注目度の高い論文である。留学5年以内での成果であり、岩澤氏のキャリアに大変重要な業績である。

中村能久 先生:
新生児水頭症は、生涯完治のできない疾患で、脳室から過剰な脳脊髄液を外科的除去する必要がある。新生児水頭症で神経炎症が見られ脳の発育に影響を与えると考えているが、詳細は不明である。本研究では、水頭症モデルマウスの解析などから、水頭症ではミクログリアが活性化し神経細胞の生育などを害すること、そして、NF-kB阻害剤であるBindarit処理が水頭症モデルマウスで見られるシナプス成熟阻害を回復させることを見出している。この成果は、水頭症患者の発育向上をサポートする可能性のあるものである。またこの論文は、Journalの表紙に採用されてあり、Neuroscience研究へのインパクトが大きい。

武部貴則 先生:
私自身も小さいときに脳室拡大を指摘されたことがあり、他人事とは思えない重要な研究だと感じました。薬物動態の解析や、臨床的な視点が随所に盛り込まれており、丁寧かつ膨大な実験をこなされています。脳圧亢進が直接の原因なのか、進展された細胞の問題なのか、はたまた、別の要因なのか、炎症がおきるさらなる直接のメカニズムが気になりました。表紙への採択もおめでとうございます。Neuroinflammationは、今後も様々注目されている治療標的と思いますので、いつか新しい水頭症の治療の選択肢が生まれることを期待しています。

エピソード
私の留学は、夫の研究留学に付いて慌てて渡米してきた、やや非主体的留学でした。このような私に研究する機会を与えてくださったラボの先生方に心から感謝し、自分なりに尽力してきた仕事が、本論文です。形になったこと、賞まで頂けて、とても嬉しく思っています。

1)研究者を目指したきっかけ
医学部を卒業して脳神経内科医になりましたが、神経疾患は難病が多く、医師として無力感を覚えることが多くありました。疾患の原因について知見が集積してきているのに、治療薬がほとんどないのはなぜなのか、前に進ませるには何が必要なのか、知りたかったので、研究の道に入りました。

2)現在の専門分野に進んだ理由
脳は、人間をその人たらしめる唯一の臓器だと考えているからです。

3)この研究の将来性
現在の(小児)水頭症の治療は、主に頭の中に溜まった水(脳脊髄液)を外に逃がすこと(シャント)ですが、すべての症例でこの処置が必要なのか、この処置の合併症を防ぐ方法はあるのか、処置を受けた後にも通常の子供と同じように成長していけるためには何ができるのか、といった様々な疑問があります。これに対するアプローチの一つとして、脳の免疫担当細胞であるミクログリアの働きに着目しています。
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