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[論文賞]新堀真希/インディアナ大学

Maki Niihori, PhD

[分野:ミズーリ・インディアナ]


論文リンク


論文タイトル

Mitochondria as a primary determinant of angiogenic modality in pulmonary arterial hypertension


掲載雑誌名

Journal of Experimental Medicine


論文内容

肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary Arterial Hypertension, PAH)は進行性で致死的な疾患であり、依然として臨床的ニーズが満たされていない病気です。PAHの主な原因は、心臓から肺へ血液を送る肺動脈が何らかの理由で狭窄または肥厚し、肺動脈圧が異常に上昇することです。その結果、右心室に過剰な負担がかかり、右心室肥大および機能不全が引き起こされ、最終的には心不全に至ることがあります。これがPAH患者の死亡の主な原因となります。肺血管新生障害はPAHの進行および死亡率において重要な役割を果たしますが、この過程を駆動する分子メカニズムは依然として不明です。

本研究では、PAHを非常に高い頻度で発症する患者において発見されたNFU1遺伝子変異を導入したラットモデルを用い、ミトコンドリア機能不全(Mitochondrial Dysfunction, MD)と顕著な肺血管新生障害との間に関連があることを明らかにしました。さらに、NFU1の下流ターゲットであるリポ酸(Lipoic Acid, LA)を飲料水に添加して補充することにより、MDおよび血管新生不全が改善され、NFU1ラットモデルにおける進行性PAHの症状も改善されることが示されました。加えて、特発性PAH患者の肺でもNFU1の発現および下流のシグナル伝達の不足が確認され、これによりNFU1遺伝子変異の有無にかかわらず、MDとPAHに強い関連性があることが示されました。PAH患者由来の肺動脈内皮細胞にLAを補充すると、ミトコンドリア機能の顕著な改善が認められ、LAが潜在的な治療アプローチである可能性が示唆されました。本研究は、PAHの発症におけるMDの新たな役割を明らかにし、NFU1/LAの欠乏がこれまで認識されていなかったPAH患者においてMDを改善する必要性を強調しています。


受賞者のコメント

この度、賞をいただいた研究は、多くの方々の協力を得て完成したものであり、このような栄誉ある賞をいただけたことに、共著者一同、大変光栄に思っております。私がアメリカでの研究生活を始めた当初は、現在の研究分野とは全く異なる分野での研究に携わっておりました。その後、縁があり、現在の研究室で「肺高血圧症」という病気に出会いました。特に、私たちが研究している「肺動脈性高血圧」は、発症の原因が不明であることが多く、また、男性よりも女性に多く発症するという特徴があります。原因が不明な病気では、治療方法の開発に多くの障害が生じます。


以前、肺高血圧症の若い女性患者さんにインタビューをする機会がありました。確定診断までに長い時間がかかること、稀な病気であるため専門医を探すのが難しいことなどを実際に耳にしたとき、私たちの研究が少しでも早く臨床の現場に届くよう、日々精進し続けたいと改めて思いました。


今回の論文では、発症の一因として考えられるミトコンドリアの機能障害と、それに対処する可能性を示すことができたことに、大きな意義を感じております。この賞を励みに、さらに前進していきたいと考えております。

審査員コメント


加藤 明彦先生

    Mitochondrial dysfunctions cause pleiotropic disease phenotypes. This research group focused on pulmonary arterial hypertension (PAH) caused by a mutation in the iron-sulfur (Fe-S) cluster scaffold protein NFU1. NFU1 assembles and transfers 4Fe-4S clusters, essential for electron transfer in the mitochondrial respiratory chain. Previously, Niihori et al. introduced a human-validated NFU1G208C mutation into rats (Nfu1G206C) and demonstrated that these mutants developed a PAH phenotype (Am J Respir Cell Mol Biol. (2020) 62:231–242).

     In this study, Niihori et al. conducted detailed histological and functional analyses, identifying potential therapeutic strategies. Nfu1G206C rats exhibited severely altered pulmonary vascular morphology, impaired respiratory functions (oxygen consumption rate and ATP production), and abnormal mitochondrial network distribution in pulmonary endothelial cells (PEC).

     Remarkably, chronic lipoic acid (LA) supplementation restored mitochondrial function and prevented angiogenic defects in the pulmonary vascular network of Nfu1G206C rats. LA, a natural cofactor for several mitochondrial enzymes (e.g., pyruvate dehydrogenase, PDH), requires lipoyl synthase (LAS) for production, which depends on 4Fe-4S clusters. LA also restored angiogenic capacity and endothelial tip cell marker expression in cultured PECs from Nfu1G206C rats. The study confirmed that LA supplementation prevented the PAH phenotype and normalized pulmonary vascular morphology. Reduced Nfu1 and lipoylated PDH were observed in another PAH model by sequential treatments with Vegfr2 antagonist, SU5416, and then hypoxia (Su/Hx rat). They observed moderate reductions of Nfu1 and lipoyl PDH in Su/Hx rats. Furthermore, the reductions of mitochondrial respiratory functions, NFU1 expression and lipoyl PDH formation were observed in the idiopathic PAH patient lung tissues as well. 

     This authors presents robust anatomical, histological, cellular, biochemical, and functional evidence using an excellent genetic model of multiple mitochondrial dysfunction syndrome 1 (MMDA1) in rat (Nfu1G206C). Restoring lung function through lipoic acid supplementation may pave the way for new therapeutic strategies for MMDS1.


増田 久子先生

ミトコンドリアの基礎研究から肺動脈性肺高血圧症への応用の可能性までExtensiveなデータをもとに明らかにされています。患者で変異が確認された遺伝子(NFU1)がミトコンドリア機能不全を起こし、リポ酸補填が機能不全及び血管新生不全が改善されることをラットモデル及び患者由来の細胞実験で示しています。高い可能性のある治療方法の確立が展望され、有意義な研究であると思います。


今崎 剛先生

NFU1というタンパク質が、ミトコンドリアの機能に関わる他のタンパク質の働きを調節していることを明らかにし、この仕組みの異常が肺動脈性高血圧症(PAH)の原因となる肺血管新生の障害につながることを示した重要な研究です。特に、リポ酸を補充することでミトコンドリアの機能が回復し、病気の改善につながる可能性を示した点が注目されます。この発見は、体に負担の少ない治療法の開発に道を開く素晴らしい成果です。


井上 昌俊先生

この論文は、肺動脈性肺高血圧症(PAH)の病態形成におけるミトコンドリア機能障害(MD)の重要性を解明し、新たな治療法としてリポ酸(LA)補充を提案した点で非常に優れています。NFU1/LA軸の異常がPAHの血管新生不全を引き起こす主要な要因であることを示し、動物モデルと患者細胞の両方でそのメカニズムを詳細に検証している点が特筆されます。

特に、リポ酸補充によるミトコンドリア機能の改善とPAH表現型の救済を示したことは、臨床応用の可能性を大いに高めています。さらに、特発性PAH患者にも適用可能性が示唆されており、幅広い治療法として期待されます。

本研究は、基礎から臨床までを網羅し、PAH治療の新たな道を切り開く意義深い成果です。


井上 清香先生

致死的な疾患である肺動脈性肺高血圧症の患者から発見されたNFU1遺伝子の変異を導入したモデルラットを用いて、ミトコンドリア機能不全と血管新生の関連を調べた興味深い論文です。組織形態観察や、個体における薬剤投与の効果の検討など、丁寧な検討が行われています。NFU1遺伝子変異を出発点にしていますが、この遺伝子変異の有無にかかわらずミトコンドリア機能不全と肺動脈性肺高血圧症に強い関連性があることを見出しており、本疾患に対する創薬開発や治療法の確立に役立つ可能性が期待されます。



エピソード

この論文は、着手から約5年の期間を経て完成したものです。研究室の技術職員が、肺の動脈を単離して細胞を培養していた際、何度実験を繰り返しても遺伝子突然変異を起こさせた実験群のラットの肺は、健康なラットに比べて血管構造が崩れており、細い血管がうまく採取できないという報告を受けたことがきっかけでした。それから、CTスキャンの技術を習得したり、血管新生に関する細胞/分子生物学的知識を深めるうちに、さまざまな事象がパズルのように次々とはまっていく感覚を得ました。


「なんだかいつもと違うな」といった些細な違いに気づく”観察力”と、それを証明するために実験を組み立てる”試行錯誤する力”は、科学の世界で非常に重要だと感じました。

1)研究者を目指したきっかけ

小さい頃から生き物が好きでした。生き物についてもっとよく知りたいと思い、大学では生物学科に入学し、基礎から学びました。大学2年生の時、学生を対象とした宇宙実験の公募があり、メダカを使った微小重力環境での発生と行動の観察を提案し、主研究者として選ばれました。宇宙実験は多くの人々の支えによって成り立つ研究であることを、実際に経験することで深く実感しました。また、さまざまな困難を解決していく楽しさも学び、研究を続けたいという思いが一層強くなりました。

2)現在の専門分野に進んだ理由

大学で宇宙生物学や重力生物学を学んだ後は、宇宙を題材にした教材作りや、宇宙空間での筋委縮の時間経過をメダカの行動で評価する研究課題に取り組みました。その後、アリゾナ大学に移り、ゼブラフィッシュを使った難聴を予防する薬剤のスクリーニングに挑戦しました。現在の研究室(インディアナ大学)に移ったのは7年前で、これまでとは全く異なる分野でしたが、難病の患者さんの役に立つ研究に強い魅力を感じています。これまで培ってきたコミュニケーション能力や問題解決能力、手先の器用さが非常に役立っています。

3)この研究の将来性

肺動脈性高血圧は進行性の病気で、何らかの原因により肺動脈が細くなり、右心室に負担がかかることで肥大や機能不全を引き起こします。現在、確立された根本的な治療法はなく、患者さんは右心不全を引き起こし、最終的には死亡することが多いです。この病気がなぜ発症するのか、なぜ女性に多く見られるのかなど、解明すべき謎が多く、治療方法の開発が切望されています。


この研究では、病気の原因として有力視されている“ミトコンドリア障害”を引き起こすよう、タンパク質に突然変異を起こさせた遺伝子改変ラットを用い、自然な環境下で肺動脈性高血圧が発症することを示しました。また、その症状に対して治療を施すことで改善が見られることを証明しました。さらに、人間の肺動脈性高血圧患者の中には、突然変異を持っていなくても、ミトコンドリア機能に重要なタンパク質の発現や機能が低下していることが多いことが明らかになり、これが今後の治療の標的として有望であると考えています。

4)スポンサーへのメッセージがあればお願いします


このような賞をいただき、大変光栄です。研究の世界は日々、一進一退ですが、このような賞をいただけると非常に励みになります。「塵も積もれば山となる」をモットーに、どうせ作るなら”富士山”や”エベレスト”級の山を築いていきたいと思います!

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