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[特別賞]武藤 義治/セントルイス・ワシントン大学

Yoshiharu Muto, M.D., Ph.D.

[分野4−2:ミズーリ州]
(単一核マルチオミクス解析によるヒト腎臓新規細胞種の同定)
Nature Communications, April 2021

概要
腎臓は多様な細胞種が組織を構成し、体液の恒常性を担っている。腎臓の細胞多様性は、これまで古典的な生理学や形態学により定義されてきたが、従来の研究手法ではしばしば希少な細胞種の研究が困難であった。例えば、腎傷害後の近位尿細管再生を担う、尿細管前駆細胞の存在を示唆する報告が散見されるが、希少な細胞種の抽出と解析の技術的制限により決定的な結論は出ていない。また形態学によらない分子レベルでの細胞の多様性は不明であった。そこで我々は、単一細胞核レベルの網羅的遺伝子発現解析 (snRNA-seq)ならびにエピゲノム解析 (snATAC-seq)を組み合わせたマルチオミクス解析を、ヒト健常腎皮質の臨床検体に適応することにより、腎臓を構成する細胞種の再定義を試みた。
その結果、近位尿細管の3-4%を占める、独特な遺伝子発現パターンとエピゲノム状態を示すVCAM1陽性細胞を同定した。この細胞種はCD133、CD24などの以前報告された尿細管前駆細胞のマーカー遺伝子のほか、傷害尿細管マーカーであるKIM1を発現していた。エピゲノム解析の結果から、VCAM1陽性細胞においてNF-kB転写因子が特異的に活性化し、近位尿細管分化に重要なHNF4A転写因子が核内から失われていることが判明した。次に、我々の解析データをもとに既存のオミクスデータを再解析したところ、ヒト糖尿病性腎症において、VCAM1陽性細胞が増加していることが示唆された。
また我々の解析の結果から、腎皮質におけるヘンレ係蹄の太い上行脚がCLDN10陽性とCLDN16陽性の細胞に分類され、別個に独特な転写因子群により制御されることが判明した。CLDN10/16はそれぞれ特定の電解質に対して透過性を担っており、先天的な体液電解質異常の原因遺伝子である。これらの細胞種は独立して腎皮質部のヘンレ係蹄における電解質透過性を制御している可能性が示唆された。
以上の結果から、(1)単一核マルチオミクス解析は、腎臓の細胞多様性の分子的理解を通して、腎病態生理の解明に有用である、(2)VCAM1陽性細胞は腎疾患の進展に関連しており、そのNF-kBやHNF4Aなどの転写因子活性の変化は潜在的な治療標的となりうる、と結論づけた。今後、本研究により明らかになった、腎臓を構成する細胞種の分子レベルでの多様性を基盤として、腎疾患の機序解明が進むことが期待される。

受賞者のコメント
この度は特別賞にご採択頂き誠に有難うございました。本年度に限りミズーリ州の研究者もインディアナの研究者の会「Indy Tomorrow」の枠で応募可能という特別処置を頂いたとのことで応募させて頂きました。関係者の皆様にはこのような素晴らしい受賞の機会を頂き、誠に感謝しております。本受賞を励みに引き続き研究に精進して参ります。

審査員のコメント
今崎剛 先生:
最新技術を申請者の対象分野である腎臓の研究へ持ちこみ新しい細胞集団を同定し、腎臓を構成する細胞種の再定義を行った、当該分野で非常に重要な基礎となる仕事であると思われる。最新の技術や新しい視点を持つと新しいモノが見えてくると言う、Scienceで非常に重要な経験をこの仕事を通して得られたと思う。申請者の今後の活躍が期待される。

エピソード
日本ではマウスジェネティクスを用いた研究を行ってきましたが、留学後にドライ解析 (シングルセル解析)を主体の研究にシフトしました。飛び込んでみたのはいいものの、当初はターミナルさえ扱ったことがなかったので苦労しましたが、同じラボの同僚たち、特に日本人の先生方 (現・山梨大学腎臓内科・助教の内村幸平先生と、現・京都府立大学腎臓内科・助教の桐田雄平先生)の研究面でもプライペート面でも親切なサポートがあり、論文を形にすることができました。この場をお借りして深謝いたします。臨床だけでなく、研究も一人でやるものではないので、人とのつながりは海外でも日本でも研究を進めていく上で最も大事だと思います。

1)研究者を目指したきっかけ
5年間市中病院で臨床医として働いた後に、現在治療法が十分に確立されていない病気の治療法をみつける研究がしたいと感じたのがきっかけでした。
2)現在の専門分野に進んだ理由
もともと腎臓病を専門に臨床医をしていたのが、腎臓の研究をはじめるきっかけでした。
3)この研究の将来性
この研究で同定した、腎疾患と関係がある新たな種類の細胞をターゲットにすることで、腎臓病の新たな治療法が確立できる可能性があります。
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