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[特別賞]渡邉 美佳/Hokkaido University Hospital

Mika Watanabe, M.D., Ph.D.
[分野:Tomorrow 4]
皮膚幹細胞の創傷記憶は創傷治癒を促進し癌誘因となる
Nature Cell Biology, 01-April-2023

概要
皮膚は、人体の最外層に位置する臓器であり、外的刺激から体内の臓器を保護している。皮膚の構成成分で体表に露出するのは上皮である表皮及び毛包付属器であり、これらが真の生体バリアを担っている。表皮は体外からの刺激に応じて、創傷と組織再生のサイクルを繰り返しており、組織再生には毛包など付属器に存在する上皮幹細胞の可塑性が寄与している。上皮幹細胞は繰り返す創傷に追従的に反応すると考えられてきたが、近年「上皮幹細胞の記憶」という概念が新たに提唱され、上皮が能動的に組織再生することが解明された。上皮幹細胞が過去の炎症をエピジェネティックな遺伝子制御を介して「記憶」として保持することで、以降の創傷治癒が促進されることを指しており、その本態は炎症後の上皮幹細胞におけるオープンクロマチンである。一方で、この上皮幹細胞内の特定の集団に同様の事象が発生するのか、また、この“上皮幹細胞の記憶”の長期的な帰結がどうなるのかについては解明されていなかった。
本論文では、先行創傷が上皮幹細胞の一種である毛包上部幹細胞のLrig1+幹細胞系譜を活性化し、周囲正常組織内にも細胞記憶すなわち“創傷記憶”を誘導し、2回目以降の創傷治癒が促進することを解明した。Lrig1+幹細胞系譜の中において、創傷記憶を有する特定の細胞集団が生みだされることも判明した。この特定の細胞集団は初回創傷後には毛包内に留まっているが、2回目以降の創傷では創傷へ向かって移動する。これは前回創傷によるプライミングによって、細胞が前もって活性化されている状態により創傷治癒促進に貢献するためである。プライミングはオープンクロマチンにより引き起こされ、長期に維持されていた。
さらに、創傷記憶の長期帰結について、発癌実験を用いて調べたところ、創傷を経験した皮膚では創傷を経験しない群と比較して有意に癌発生率が高まった。癌発生率は創傷近傍で最も高く、創傷部位から離れるにつれ低下した。創傷近傍ではゲノム不安定性増加とオープンクロマチンの程度が癌発生率と相関していた。以上より、創傷自体がゲノム不安定性を引き起こし、創傷記憶が広域発癌“field cancerization”の誘因であることを世界で初めて示した。

受賞者のコメント
受賞できると全く思っておりませんでしたので、本当に嬉しいです。ありがとうございます。

審査員のコメント
松本 真典 先生:
上皮幹細胞に関する研究は、近年、非常に注目を浴びており、数多くの報告がなされています。この論文では、創傷が特定の上皮幹細胞の活性化を引き起こすこと、および、この創傷の記憶は癌発生率を高めることをエレガントな方法で明らかにしています。もしこの創傷の”記憶”を消去することができれば、癌発生率の低下をもたらす可能性がある事から、非常に興味深い研究報告です。

黒川 遼 先生:
申請者らは、皮膚の損傷が上皮幹細胞の活性化に加えて周囲正常組織内での損傷記憶を誘導し、2回目以降の創傷治癒を促進するという、「免疫記憶」における免疫系のふるまいに類似した現象が皮膚の損傷に対して生じることを証明した。
一方で、創傷記憶を有する皮膚はそうでない皮膚に比較して有意に扁平上皮癌の発生率が高まっていることを実験的に証明することに証明した。
近年提唱されている上皮幹細胞の記憶に関する画期的な発見の報告であるとともに、抑制性クロマチン因子への治療介入が、再生医療においては有用であるが腫瘍学的には有害となりうるという二面性を示唆してもいる。本研究はNature Cell Biology誌の表紙を飾っており、また特筆すべきこととして申請者の留学後最初の筆頭論文である。今後さらなる研究の発展を期待する。

武藤 朋也 先生:
創傷記憶を有する細胞集団が、二回目以降の創傷において初回創傷部位と離れた部位で長期的に創傷治癒促進に寄与するという驚くべき知見を見出している。
そのメカニズムにおいてヒストン修飾であるH2AK119ubを介したオープンクロマチン領域の出現といったクロマチンリモデリングを介した機序を証明しており、学術的に洗練されていると感じた。
また興味深いことに、この長期的に保たれる創傷記憶は発がん性に関連するとのことであり、生体を防御するために備わった機序ががん発生の危険因子にもなってしまうとのことである。accidentalに生体防御システムを発動させるには一定レベルの健康維持との等価交換の必要性が生体にプラグラムされていると個人的には思ったりもし、非常に感銘を受ける研究であった。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
皮膚科医として働き始めて、研究が臨床に直結していると感じて、大学院に入りました。
2)現在の専門分野に進んだ理由
皮膚科医になったきっかけとしては、皮膚が目に見える臓器であることと、自分自身が皮膚疾患で悩んでいたので皮膚科医になりました。現在は皮膚の角化細胞と幹細胞をメインに研究していますが、皮膚を臓器として捉えたときには、角化細胞が重要な役割を果たしていると考えられるので、専門にしました。
3)この研究の将来性
将来的に、創傷によってできた皮膚幹細胞のDNA・クロマチンのダメージを元に戻せるような薬の開発につながるといいなと思っています。
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