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執筆者の写真cheironinitiative

[特別賞]田中 伯享/マサチューセッツ総合病院

Noritaka Tanaka, Ph.D.

[分野3:がん]
(KRAS阻害剤に対する臨床的な獲得耐性とその克服)
Cancer Discovery, August 2021

概要
がんは、細胞の生存に関わる遺伝子の変異(ドライバー遺伝子変異)によって生じるケースが多い。ドライバー遺伝子変異を標的とする薬剤(分子標的薬)は、正常細胞を傷つけることなく、がん細胞特異的な治療をすることを可能にする。GTPaseの一つであるKRAS遺伝子の変異は、多様ながん種に渡って頻発し、細胞の生存シグナルの一つであるMAPKシグナルを活性化することでがんを発症および進行させることが1980年代より知られている。当該分子に対する分子標的薬の開発は困難であると長らく考えられてきたが、2013年にG12C変異を保持するKRASを選択的に阻害するリード化合物が報告されたのを皮切りに、KRAS阻害剤の開発が活発化している。申請者の所属機関でも、非小細胞肺がん患者を対象としてKRAS阻害剤の一つであるMRTX849の臨床試験が行われ、世界初のKRAS阻害剤に対する臨床での耐性症例が観察された。そこで、本KRAS阻害剤に対する耐性を誘導するメカニズムを同定することを目的として研究を推進した。
まず、臨床試験において耐性を獲得した患者の血液検体を用いてcell free DNAを分析したところ、KRAS、NRAS、BRAF、MEK遺伝子などMAPKシグナル経路の活性化に集約される遺伝子変異が主に同定された。特に、KRAS Y96Dというこれまで未知だった遺伝子変異が検出されたため、本遺伝子変異のKRAS阻害剤に対する獲得耐性への関与を調べることとした。従来のKRAS阻害剤は、GDP結合(不活化)型のG12C変異陽性KRAS遺伝子選択的に結合することでKRAS遺伝子の活性化を抑制するが、KRAS 遺伝子がG12C/Y96D変異を同時に発現すると、KRAS阻害剤とKRASタンパク質の結合が失われ、KRAS阻害剤が無効化されることが明らかとなった。近年、GTP結合(活性化)型のKRAS選択的に結合する次世代のKRAS阻害剤の開発が始まっている。活性型KRAS阻害剤の一つであるRM-018は、Y96D変異陽性のKRAS遺伝子にも結合し、KRAS G12C/Y96D依存性のがん細胞の増殖を抑制することが明らかとなった。
KRAS阻害剤は、臨床での応用という点において黎明期にある中で、本論文では世界に先駆けて臨床におけるKRAS阻害剤耐性症例およびそのメカニズムの一つを明らかにすると共に、耐性を克服し得る新規薬剤も見出した。今後世界中でさらなる展開が予想されるKRAS阻害剤に関する研究において、非常に重要な知見をもたらす報告となった。

受賞者のコメント
この度は名誉ある賞を特別賞という形で授与していただきありがとうございます。受賞論文はもちろん私だけではなく、非常に多くの方々にサポートをしていただきながら投稿・受理まで漕ぎつけたものでもあるため、論文に関わった全メンバーの努力や成果も評価していただいたと感じ非常に光栄に思います。この度は誠にありがとうございました。

審査員のコメント
上野直人 先生:
A great discovery that is reflected in human samples.

石澤丈 先生:
腫瘍学において大変メジャーなKRAS遺伝子について、その新規点遺伝子変異と更にはKRAS阻害薬への分子構造的耐性機序の解明、そして新規KRAS阻害薬による治療戦略の提言など、今後の発展性・臨床的意義ともに大変高い研究である。K018のIn vivoでの効能、治療効果の持続期間など、更なる検証が楽しみになる論文である。

園下将大 先生:
活性化変異型KRASに対する阻害薬の開発が近年活発に進められており、大きな注目を集める分野となっている。一方で、この阻害剤に対する耐性も報告が相次いでおり、耐性獲得の機序の解明が課題となっている。本研究は、患者検体解析やモデリング、生化学的解析などを組み合わせこれに挑んだもので、耐性成立の分子機序を詳細に解明して次世代KRAS阻害薬の開発に道を拓いた点で新規性と独自性が高い。

エピソード
2年の留学期間のほぼ全てがコロナ禍で終わってしまいましたが、そのような状況下でも無事論文を出せた点は良かったと思います。メインプロジェクトが行き詰まりかけていた中で、並行して始めたセカンドプロジェクトの成果が本論文になります。受賞論文のプロジェクトを始めて少し経った頃に、競争相手が我々と同様の結果を出しているという情報をキャッチして急ピッチでデータを取り、先手を取って論文化まで辿り着くことができました。競争相手の研究機関が物理的にも非常に近い場所にあったということもあり、かつてない緊張感を体験できたとともに、海外での研究におけるスピード感をひしひしと感じることもできました。研究に関することももちろんそうですが、海外の言語や文化に直接触れることで自分が思っていた以上に様々な点で視野が広がったと感じていますし、コロナ禍という制限下でも非常に濃い2年となりました。留学を希望している方は是非積極的に動いてみていただきたいと思います。

1)研究者を目指したきっかけ
元々は「薬でなぜ病気が治るのか」という月並みな動機で科学に興味を持ち、大学に進学しました。薬の勉強をしていくうちに、既存の薬に関する知識を得るだけでなはく、自分が新たな薬や治療法を生み出す側に回りたいという気持ちが湧いてきて本格的に研究の世界に浸かることにしました。
2)現在の専門分野に進んだ理由
私の専門はがん領域の研究になりますが、がんは根治が非常に困難な病気でありながら、日本では最も死亡率の高い病気です。研究をするからには高い壁を越えたいと思ったこと、どんな形であれ人々の助けになりたいという理由で現在の専門分野に進みました。
3)この研究の将来性
がんというのはわかっていることが多いようでわからないことだらけな病気で、人によっていろいろなタイプのがんがあり、この点もがんの治療を困難にしている大きな要因です。がんという病態の謎を明らかにすることができれば、がんに苦しむ人を救える可能性が高まりますし、世界でも罹患者の多い病気なので人類の寿命の飛躍的な向上につながる可能性もあります。
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