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[特別賞]飯田 雅/順天堂大学

HitoshiIida, M.D., Ph.D.
[分野:ミズーリ・インディアナ]
小胞体カルシウム恒常性に対する新たな知見
Diabetologia, 01-November-2023

概要
インスリンは唯一の血糖降下作用をもつホルモンであり、その作用不足による高血糖が糖尿病の病態の主座である。インスリンは膵β細胞において前駆体であるプロインスリンとして発現し、他のタンパクと同様に小胞体で折りたたまれ、ゴルジ体を経由して分泌顆粒内でプロセシングを受け、C-ペプチドとインスリンに分けられて貯蔵される。そして貯蔵されたインスリンはグルコースをはじめ様々な刺激により分泌される。この一連の経過がインスリン生合成であり、糖尿病が進行し膵β細胞が機能不全に陥るとこの生合成過程に障害が生じ、不完全な状態であるプロインスリンとして分泌される量が増加することが臨床上明らかとなっている。
本研究は小胞体カルシウム量を調節するSERCAと呼ばれるタンパクに着目し、膵β細胞に最も発現するSERCA2を部位特異的にノックアウトした。その結果小胞体カルシウム量の低下によりタンパクの折りたたみが障害され小胞体ストレスが誘導されるだけでなく、以降の分泌経路の進行を停滞させ、プロインスリンプロセシングまで障害されることを示した点において新規性を示す。膵β細胞特異的にSERCA2を欠損させたマウスは経時的に耐糖能異常を示し、グルコース応答性インスリン分泌が低下し、膵β細胞におけるグルコース刺激によるカルシウム動態が変化した。それだけでなく、プロインスリンプロセシングに重要な役割を果たすPC1/3、PC2と呼ばれるタンパクの成熟と酵素活性がSERCA2欠損により低下することを明らかにし、プロインスリンとPC2の前駆体ProPC2が小胞体を脱出した後の小胞体ゴルジ体中間区画等に停滞した結果であることを見出した。飽和脂肪酸とグルコースの過剰負荷は糖尿病発症に関与することが明らかとなっており、マウス単離膵島およびヒト膵島にこれらを負荷した結果、SERCA2欠損によるこれら一連の結果を再現した。
従って本研究結果は新規糖尿病発症過程において膵β細胞が機能不全に陥る経過に、SERCA機能が障害され小胞体カルシウムの恒常性が破綻すると、分泌経路の停滞とプロインスリンプロセシングが生じるという新たな知見を加えた。今後糖尿病の発症機序のさらなる解明や新規創薬において、本研究結果は参考になるはずである。

受賞者のコメント
この度はこのような名誉な賞を頂きまして、大変光栄であり身に余る思いです。UJAのDirector・審査員の先生方に選んでいただいた感謝を申し上げるとともに、この研究に携わっていただいた方々にも深くお礼を申し上げます。どの研究も楽なものはないですが、日々の仕事の積み重ねで得られた結果がこのように評価していただけることは、研究者冥利に尽きる次第です。今後もこの経験を糧に精進していきます。

審査員のコメント
堀江 勘太 先生:
Editors choiceに選ばれている注目度が高い論文です。
これまでは、膵β細胞内のCa2+シグナル障害とインスリンのプロセシング不全を結びつけるメカニズムは解明されてませんでしたが、筆者らはSERCA2機能不全による小胞体 Ca2+枯渇が、分泌経路内でのプロインスリン輸送・プロセシング・成熟の調節を損なうメカニズムを実験で示しました。本結果は糖尿病に対する新規創薬仮説を生む重要な論文になります。

佐藤 千尋 先生:
筆者はカルシウム量を調整するSERCA2タンパク質の欠損マウスを用いて、糖尿病の新しい発症機序を示した。Editors picksに選出され、雑誌の巻頭で紹介されている注目度の高い論文。今後糖尿病の発症機序のさらなる解明や新規創薬につながる可能性あり。

今崎 剛 先生:
SERCA2 とプロインスリンプロセッシングを結びつけた非常に面白い仕事である。Ca恒常性以上が実際にどこまでヒトでも起こっているか? SERCA の変異と糖尿病との関連があるのか?とか個人的には想像させられた。今後の研究の発展が期待される。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
小さいころからもと興味を持ったことを掘り下げて理解するのが好きだったので、小学生の時に将来は研究者になると周りに言っていたようです。
2)現在の専門分野に進んだ理由
高校時代に元々興味があった工学から、食事で体調を崩したり成長期の栄養学に興味を持ち、代謝内分泌の医師になったのがきっかけです。
3)この研究の将来性
なぜ糖尿病になってしまうのか、血糖調節に必須であるインスリンが過栄養によりその生合成が障害される機序の一端を、細胞内輸送障害という観点から解明しました。

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