Jo Kubota2023年4月9日読了時間: 5分[特別賞]高宮 彰紘/KUルーベン大学Akihiro Takamiya, M.D., Ph.D.[分野:ベルギードイツ]Lower regional gray matter volume in the absence of higher cortical amyloid burden in late-life depression (高齢者のうつ病における脳病態の解明研究)Scientific Reports, 5 August 2022概要 うつ病は世界的にも増加傾向にあり約3億5000万の患者がいる。その約30%の患者は既存の治療では改善せず、またその原因となる脳病態もわかっていないため抜本的な治療開発が進んでいない。そのため、将来的な治療開発を見据えたうつ病の脳病態の解明研究が必要である。 うつ病はアルツハイマー病をはじめとした認知症のリスクとして知られている。そのため高齢者におけるうつ病(老年期うつ病)の病態としてアルツハイマー病と共通する脳アミロイド蓄積の上昇が想定されてきた。過去の研究は、健常者や認知症の患者を対象として、脳アミロイド蓄積とうつ症状、あるいは過去のうつ病の既往との関連を調べたものが多かった。精神疾患としてのうつ病における脳アミロイド蓄積の重要性を明らかにするためには、抑うつ症状や認知機能低下を呈している老年期うつ病を対象とした研究が必要と考えられるが、そのような研究はごく少数例の報告に限られていた。 我々はKU Leuven大学にて収集された老年期うつ病48名と健常高齢者52名の合計100名のアミロイドPET画像と脳構造画像(3D T1強調画像)を用いた全脳レベルの解析を行い、老年期うつ病における脳アミロイド蓄積と臨床症状、認知機能との関連を調べた。その結果、老年期うつ病は健常者と比べて脳アミロイド蓄積の増加は認めないが左半球優位の脳灰白質体積の低下を認めたこと、左半球側頭頭頂領域の体積低下と聴覚性言語記憶機能低下の関連があったことを見出した。その一方、脳アミロイド蓄積量は灰白質体積、うつ症状、認知機能と関連を認めなかった。 本研究の結果から、老年期うつ病における認知機能低下はアルツハイマー型認知症で認めるアミロイド病理とは関連がなく、むしろアミロイド以外の神経変性過程あるいは神経可塑的変化の関与を調べる必要があることが示唆された。そのため現在、我々は老年期うつ病で認める灰白質体積低下の原因検索、うつ症状の神経基盤、治療に伴う回復に関わる脳構造・機能変化に関する研究を続けている。受賞者のコメント この度はこのような素晴らしい賞に受賞させていただき誠に光栄です。この受賞を励みに留学生活を楽しみながら研究に邁進していきたいと思います。留学を支援してくださった方々、共著者の先生方、そしてお忙しい中審査や運営をしてくださったUJAの方々にこの場を借りて御礼申し上げます。審査員のコメント玉城 貴啓 先生: 虚血性心疾患の非侵襲的評価法につながる、学際的な研究論文ですある。今後、エネルギー動態の変化を模擬血管を用いて、解析することにより、FFRCTの病態生理および診断精度の向上に寄与することが期待される。冠動脈造影検査を施行せずに、虚血心疾患を評価することは、医療費の削減だけでなく、被験者の安全性の向上にもつながる。 大久保正明 先生: 従来、うつ病はアルツハイマー型認知症の危険因子と考えられてきた。本研究において、うつ病をベースにした認知機能低下患者においては、脳アミロイド蓄積がなく、別の疾患概念であることが示され、興味深い。近年、アルツハイマー型認知症に対する治療薬は話題である。本邦でも2023年1月にレカネマブが薬事承認された。両疾患の病態解明は、認知機能低下に対する治療法の選択に寄与できる可能性がある。エピソード この研究は、「うつ病では認知症と共通する脳アミロイド蓄積上昇を認めるのではないか?」という疑問に答えるためのものでしたが、結果としては予想とは異なり全脳を調べてもそのような変化は認めませんでした。さらに同時期にCOVID-19パンデミックの影響で渡白時には想像していなかった生活となり非常に辛かったことを思い出します。その中でPromotorの先生方のアドバイスをいただきながら、なんとか論文にまとめることができた思い出深い論文です。この論文執筆を通じて、仮説をしっかりと持ち、重要な問いに対して適切な方法で進めた研究であればnegativeな結果(今回は灰白質体積の解析で結果が出ていたからかもしれませんが…)でもまとめることができるということを学ばせていただくことができました。ちなみに、同時期に大規模データベースを解析した同種の研究が米国から報告され、うつ病では脳アミロイド蓄積は上昇していないという我々と同じ主張で、どうやら確からしい結果なのだと安心しました。1)研究者を目指したきっかけ 医師として働く中で、精神科の病気では脳の中で何が起きているのか、治療(特に後述の電気けいれん療法という最も有効な治療)がなぜ効くのかを患者さんに説明できるほど確からしいことがわかっていないことに気づきました。そのため研究の必要性を感じ、大学院の進学、現在の留学に至っています。2)現在の専門分野に進んだ理由 研修医の頃に、精神科の電気けいれん療法という脳に電気刺激をしててんかん発作を起こすという介入でうつ病の患者さんが劇的に改善することを目の当たりにしました。その時に、うつ病では脳にどんな変化が起きているのか、そしてその回復には脳のどんな変化が必要なのかを知りたいと思ったことがきっかけです。3)この研究の将来性 うつ病における脳の変化がわかることで、うつ病のよりよい治療法、認知症の予防法の発展につながる可能性があります。また、精神疾患を脳の言葉で説明できるようになることで、精神疾患に対する誤解や偏見の解消につながることを期待しています。
Akihiro Takamiya, M.D., Ph.D.[分野:ベルギードイツ]Lower regional gray matter volume in the absence of higher cortical amyloid burden in late-life depression (高齢者のうつ病における脳病態の解明研究)Scientific Reports, 5 August 2022概要 うつ病は世界的にも増加傾向にあり約3億5000万の患者がいる。その約30%の患者は既存の治療では改善せず、またその原因となる脳病態もわかっていないため抜本的な治療開発が進んでいない。そのため、将来的な治療開発を見据えたうつ病の脳病態の解明研究が必要である。 うつ病はアルツハイマー病をはじめとした認知症のリスクとして知られている。そのため高齢者におけるうつ病(老年期うつ病)の病態としてアルツハイマー病と共通する脳アミロイド蓄積の上昇が想定されてきた。過去の研究は、健常者や認知症の患者を対象として、脳アミロイド蓄積とうつ症状、あるいは過去のうつ病の既往との関連を調べたものが多かった。精神疾患としてのうつ病における脳アミロイド蓄積の重要性を明らかにするためには、抑うつ症状や認知機能低下を呈している老年期うつ病を対象とした研究が必要と考えられるが、そのような研究はごく少数例の報告に限られていた。 我々はKU Leuven大学にて収集された老年期うつ病48名と健常高齢者52名の合計100名のアミロイドPET画像と脳構造画像(3D T1強調画像)を用いた全脳レベルの解析を行い、老年期うつ病における脳アミロイド蓄積と臨床症状、認知機能との関連を調べた。その結果、老年期うつ病は健常者と比べて脳アミロイド蓄積の増加は認めないが左半球優位の脳灰白質体積の低下を認めたこと、左半球側頭頭頂領域の体積低下と聴覚性言語記憶機能低下の関連があったことを見出した。その一方、脳アミロイド蓄積量は灰白質体積、うつ症状、認知機能と関連を認めなかった。 本研究の結果から、老年期うつ病における認知機能低下はアルツハイマー型認知症で認めるアミロイド病理とは関連がなく、むしろアミロイド以外の神経変性過程あるいは神経可塑的変化の関与を調べる必要があることが示唆された。そのため現在、我々は老年期うつ病で認める灰白質体積低下の原因検索、うつ症状の神経基盤、治療に伴う回復に関わる脳構造・機能変化に関する研究を続けている。受賞者のコメント この度はこのような素晴らしい賞に受賞させていただき誠に光栄です。この受賞を励みに留学生活を楽しみながら研究に邁進していきたいと思います。留学を支援してくださった方々、共著者の先生方、そしてお忙しい中審査や運営をしてくださったUJAの方々にこの場を借りて御礼申し上げます。審査員のコメント玉城 貴啓 先生: 虚血性心疾患の非侵襲的評価法につながる、学際的な研究論文ですある。今後、エネルギー動態の変化を模擬血管を用いて、解析することにより、FFRCTの病態生理および診断精度の向上に寄与することが期待される。冠動脈造影検査を施行せずに、虚血心疾患を評価することは、医療費の削減だけでなく、被験者の安全性の向上にもつながる。 大久保正明 先生: 従来、うつ病はアルツハイマー型認知症の危険因子と考えられてきた。本研究において、うつ病をベースにした認知機能低下患者においては、脳アミロイド蓄積がなく、別の疾患概念であることが示され、興味深い。近年、アルツハイマー型認知症に対する治療薬は話題である。本邦でも2023年1月にレカネマブが薬事承認された。両疾患の病態解明は、認知機能低下に対する治療法の選択に寄与できる可能性がある。エピソード この研究は、「うつ病では認知症と共通する脳アミロイド蓄積上昇を認めるのではないか?」という疑問に答えるためのものでしたが、結果としては予想とは異なり全脳を調べてもそのような変化は認めませんでした。さらに同時期にCOVID-19パンデミックの影響で渡白時には想像していなかった生活となり非常に辛かったことを思い出します。その中でPromotorの先生方のアドバイスをいただきながら、なんとか論文にまとめることができた思い出深い論文です。この論文執筆を通じて、仮説をしっかりと持ち、重要な問いに対して適切な方法で進めた研究であればnegativeな結果(今回は灰白質体積の解析で結果が出ていたからかもしれませんが…)でもまとめることができるということを学ばせていただくことができました。ちなみに、同時期に大規模データベースを解析した同種の研究が米国から報告され、うつ病では脳アミロイド蓄積は上昇していないという我々と同じ主張で、どうやら確からしい結果なのだと安心しました。1)研究者を目指したきっかけ 医師として働く中で、精神科の病気では脳の中で何が起きているのか、治療(特に後述の電気けいれん療法という最も有効な治療)がなぜ効くのかを患者さんに説明できるほど確からしいことがわかっていないことに気づきました。そのため研究の必要性を感じ、大学院の進学、現在の留学に至っています。2)現在の専門分野に進んだ理由 研修医の頃に、精神科の電気けいれん療法という脳に電気刺激をしててんかん発作を起こすという介入でうつ病の患者さんが劇的に改善することを目の当たりにしました。その時に、うつ病では脳にどんな変化が起きているのか、そしてその回復には脳のどんな変化が必要なのかを知りたいと思ったことがきっかけです。3)この研究の将来性 うつ病における脳の変化がわかることで、うつ病のよりよい治療法、認知症の予防法の発展につながる可能性があります。また、精神疾患を脳の言葉で説明できるようになることで、精神疾患に対する誤解や偏見の解消につながることを期待しています。
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