Jo Kubota2023年4月9日読了時間: 5分[特別賞]黒川遼/ミシガン大学 Ryo Kurokawa, M.D., Ph.D.[分野:ミシガン]Dynamic susceptibility contrast-MRI parameters, ADC values, and the T2-FLAIR mismatch sign are useful to differentiate between H3-mutant and H3-wild-type high-grade midline glioma (びまん性正中グリオーマの高精度のMRI診断法の開発)European Radiology, 13 January 2022概要 びまん性正中グリオーマ (Diffuse midline glioma, H3 K27-altered;以下、DMG)は主に小児の脳幹部や視床などの正中部に生じる、予後の悪い、悪性度の高い原発性脳腫瘍です。2016年以降の分子遺伝学の発展に伴い、2021年に5年ぶりに改訂された中枢神経腫瘍のWHO分類ではDMGの診断基準と名称がアップデートされました。一方で、分子標的治療の開発・治験中も行われており、注目度の高い腫瘍の1つです。正しい治療のためには正しい診断が欠かせませんが、DMGは脳幹部など生命活動に必須な部位に生じやすいために、病理診断に必須な腫瘍生検が危険なものとなり得ます。そのため、患者さんに侵襲なく腫瘍を評価できるMRIなどの画像診断のDMG診療における役割は大きいです。本研究では、精度高くDMGを術前診断するためのimaging biomarkerを抽出すべく、DMGと正中部に生じる成人型の高悪性度グリオーマの術前脳MRI所見を比較しました。その結果、DSC造影 perfusion MRIという先進的なMRI撮像法ではDMGの血液灌流が有意に低いこと、T2-FLAIR mismatch signという他の脳腫瘍で報告されていたMRIの所見がDMGで有意に高頻度であること、腫瘍の細胞密度などを反映するADC値にも両群で有意差があることを示し、これらの所見を組み合わせることで精度高くDMGを診断できることを報告しました。受賞者のコメント この度は私達の研究を特別賞にご選定いただきましてありがとうございます。森谷聡男・Ashok Srinivasan両教授を始めとするミシガン大学放射線科神経放射線領域の共著者の先生方に感謝申し上げます。本研究(びまん性正中グリオーマの画像診断)のような放射線診断に関する研究の投稿先となるJournalでは、COVID-19に関連して軒並みImpact factorが急上昇したこともあって国際的に競争が激化しています。そのような中、初投稿先のEuropean Radiology誌でAcceptを勝ち取ることができ、またこのような栄誉ある賞をいただいたことは大きな励みとなります。今後も世界の画像診断、およびそれをベースにした治療の発展・患者さんの診療の改善のため、微力を尽くしたいと思います。審査員のコメント松本真典 先生: びまん性正中グリオーマ(H3K27変異型)をMRIを用いて高精度に診断できることを示した重要な臨床研究です。3つの異なる所見を比較することで、H3K27変異型と野生型の正中グリオーマの違いを診断できることから、今後、この診断法が適切な治療法(現在治験中の低分子治療薬など)の選択に繋がることが期待されます。また、応募者は、この論文の責任著者であることや、この論文以外にも留学中(2年以内)に18本もの筆頭著者論文を発表していることは特筆すべき点です。 清家圭介 先生: 悪性腫瘍に対する治療は、日々進歩し、現在は遺伝子変異などの違いで治療も細かく細分化されており、正確な診断が非常に重要である。本論文では、診断の難しい脳幹部に生じやすい予後の悪いDMGをMRIで非侵襲的に診断ができる可能性ついて報告されており、非常に臨床的に重要な論文である。今後、前向き試験の結果などが期待される。エピソード 私は人の成長を最も促すものは環境だと考えています。母国語の通じない国・地域での留学はそれ自体が異なる言語や考え方・文化といったものを学ぶことに最適であることは言うまでもありません。しかし、「異言語・異文化に触れる」以上の何かを掴み取りたいのであれば、その施設の強みが何であるかということを予めしっかりと把握しておくことが重要です。私の留学先であるミシガン大学放射線科の神経放射線領域では、日本でルーチンに撮像されていることの少ない先進的なMRI撮像法が脳MRI検査でルーチンに撮像されていたり、そもそもの症例数も日本の数倍〜数十倍の規模であったり、やはり日本では一般的とは言えない分子遺伝学的検査が脳腫瘍のほぼ全例で行われているなど、複数の「ミシガン大学ならでは」の要素が組み合わさった有利な状況で研究に没頭することができました。今後留学を目指している方はぜひ、その施設の強みをしっかり把握しておくことをオススメいたします。1)研究者を目指したきっかけ 私は日本では放射線科医として日々全身のCTやMRIの画像診断を行ってきた臨床医ですが、苦手意識のあった神経放射線領域の勉強に集中するために、ミシガン大学では2年間神経放射線領域の研究に専念することにしました。実臨床の腕を磨く上で、学問の道に深く踏み込むことは大変重要なことです。専門的な知識が身につくことは言うまでもなく、さらに、日々の診療の中で見落としてきた重要な法則に気づくためのアンテナが自然と身に付きます。自身の研究成果によって世界の医療がレベルアップすることには大きな意義を感じます。2)現在の専門分野に進んだ理由 日本では医学部を卒業した後に、ほとんどの医師が2年間の初期臨床研修に臨みます。2年間で内科や外科を始めとする多くの科の医療を学ぶ中で、たった1つの専門領域に絞ることを私はもったいなく感じていました。放射線診断医はCTやMRIなど現代の医療に不可欠な画像診断を介してあらゆる科の医療に携わることができる、という先輩の言葉に魅力を感じ、放射線診断の道に進みました。3)この研究の将来性 びまん性正中グリオーマは分子遺伝学的に特徴的な、主に小児・若年成人に生じる悪性脳腫瘍であり、現在世界中でこの腫瘍に効果的な治療の開発・研究が進められています。効果的な治療のためには正しい診断が不可欠ですが、脳幹部など重要な構造に生じやすいために生検・病理診断が容易でないことも多く、術前のMRI検査による画像診断に期待される役割が大きい腫瘍の一つです。本研究はびまん性正中グリオーマのMRI所見の特徴を1つ紐解いたに過ぎませんが、こうした1つ1つの手がかりを組み合わせることで、より高い性能の術前画像診断が可能となり、患者さんは最も効果的な治療法による医療を受けることができやすくなります。
Ryo Kurokawa, M.D., Ph.D.[分野:ミシガン]Dynamic susceptibility contrast-MRI parameters, ADC values, and the T2-FLAIR mismatch sign are useful to differentiate between H3-mutant and H3-wild-type high-grade midline glioma (びまん性正中グリオーマの高精度のMRI診断法の開発)European Radiology, 13 January 2022概要 びまん性正中グリオーマ (Diffuse midline glioma, H3 K27-altered;以下、DMG)は主に小児の脳幹部や視床などの正中部に生じる、予後の悪い、悪性度の高い原発性脳腫瘍です。2016年以降の分子遺伝学の発展に伴い、2021年に5年ぶりに改訂された中枢神経腫瘍のWHO分類ではDMGの診断基準と名称がアップデートされました。一方で、分子標的治療の開発・治験中も行われており、注目度の高い腫瘍の1つです。正しい治療のためには正しい診断が欠かせませんが、DMGは脳幹部など生命活動に必須な部位に生じやすいために、病理診断に必須な腫瘍生検が危険なものとなり得ます。そのため、患者さんに侵襲なく腫瘍を評価できるMRIなどの画像診断のDMG診療における役割は大きいです。本研究では、精度高くDMGを術前診断するためのimaging biomarkerを抽出すべく、DMGと正中部に生じる成人型の高悪性度グリオーマの術前脳MRI所見を比較しました。その結果、DSC造影 perfusion MRIという先進的なMRI撮像法ではDMGの血液灌流が有意に低いこと、T2-FLAIR mismatch signという他の脳腫瘍で報告されていたMRIの所見がDMGで有意に高頻度であること、腫瘍の細胞密度などを反映するADC値にも両群で有意差があることを示し、これらの所見を組み合わせることで精度高くDMGを診断できることを報告しました。受賞者のコメント この度は私達の研究を特別賞にご選定いただきましてありがとうございます。森谷聡男・Ashok Srinivasan両教授を始めとするミシガン大学放射線科神経放射線領域の共著者の先生方に感謝申し上げます。本研究(びまん性正中グリオーマの画像診断)のような放射線診断に関する研究の投稿先となるJournalでは、COVID-19に関連して軒並みImpact factorが急上昇したこともあって国際的に競争が激化しています。そのような中、初投稿先のEuropean Radiology誌でAcceptを勝ち取ることができ、またこのような栄誉ある賞をいただいたことは大きな励みとなります。今後も世界の画像診断、およびそれをベースにした治療の発展・患者さんの診療の改善のため、微力を尽くしたいと思います。審査員のコメント松本真典 先生: びまん性正中グリオーマ(H3K27変異型)をMRIを用いて高精度に診断できることを示した重要な臨床研究です。3つの異なる所見を比較することで、H3K27変異型と野生型の正中グリオーマの違いを診断できることから、今後、この診断法が適切な治療法(現在治験中の低分子治療薬など)の選択に繋がることが期待されます。また、応募者は、この論文の責任著者であることや、この論文以外にも留学中(2年以内)に18本もの筆頭著者論文を発表していることは特筆すべき点です。 清家圭介 先生: 悪性腫瘍に対する治療は、日々進歩し、現在は遺伝子変異などの違いで治療も細かく細分化されており、正確な診断が非常に重要である。本論文では、診断の難しい脳幹部に生じやすい予後の悪いDMGをMRIで非侵襲的に診断ができる可能性ついて報告されており、非常に臨床的に重要な論文である。今後、前向き試験の結果などが期待される。エピソード 私は人の成長を最も促すものは環境だと考えています。母国語の通じない国・地域での留学はそれ自体が異なる言語や考え方・文化といったものを学ぶことに最適であることは言うまでもありません。しかし、「異言語・異文化に触れる」以上の何かを掴み取りたいのであれば、その施設の強みが何であるかということを予めしっかりと把握しておくことが重要です。私の留学先であるミシガン大学放射線科の神経放射線領域では、日本でルーチンに撮像されていることの少ない先進的なMRI撮像法が脳MRI検査でルーチンに撮像されていたり、そもそもの症例数も日本の数倍〜数十倍の規模であったり、やはり日本では一般的とは言えない分子遺伝学的検査が脳腫瘍のほぼ全例で行われているなど、複数の「ミシガン大学ならでは」の要素が組み合わさった有利な状況で研究に没頭することができました。今後留学を目指している方はぜひ、その施設の強みをしっかり把握しておくことをオススメいたします。1)研究者を目指したきっかけ 私は日本では放射線科医として日々全身のCTやMRIの画像診断を行ってきた臨床医ですが、苦手意識のあった神経放射線領域の勉強に集中するために、ミシガン大学では2年間神経放射線領域の研究に専念することにしました。実臨床の腕を磨く上で、学問の道に深く踏み込むことは大変重要なことです。専門的な知識が身につくことは言うまでもなく、さらに、日々の診療の中で見落としてきた重要な法則に気づくためのアンテナが自然と身に付きます。自身の研究成果によって世界の医療がレベルアップすることには大きな意義を感じます。2)現在の専門分野に進んだ理由 日本では医学部を卒業した後に、ほとんどの医師が2年間の初期臨床研修に臨みます。2年間で内科や外科を始めとする多くの科の医療を学ぶ中で、たった1つの専門領域に絞ることを私はもったいなく感じていました。放射線診断医はCTやMRIなど現代の医療に不可欠な画像診断を介してあらゆる科の医療に携わることができる、という先輩の言葉に魅力を感じ、放射線診断の道に進みました。3)この研究の将来性 びまん性正中グリオーマは分子遺伝学的に特徴的な、主に小児・若年成人に生じる悪性脳腫瘍であり、現在世界中でこの腫瘍に効果的な治療の開発・研究が進められています。効果的な治療のためには正しい診断が不可欠ですが、脳幹部など重要な構造に生じやすいために生検・病理診断が容易でないことも多く、術前のMRI検査による画像診断に期待される役割が大きい腫瘍の一つです。本研究はびまん性正中グリオーマのMRI所見の特徴を1つ紐解いたに過ぎませんが、こうした1つ1つの手がかりを組み合わせることで、より高い性能の術前画像診断が可能となり、患者さんは最も効果的な治療法による医療を受けることができやすくなります。
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