[論文賞]中根啓太/アルベルトアインシュタイン医科大学
- Tatsu Kono
- 4月13日
- 読了時間: 7分
Keita Nakane, Ph.D.
[分野:化学]
論文リンク
論文タイトル
In Vivo-Active Soluble Epoxide Hydrolase-Targeting PROTACs with Improved Potency and Stability
掲載雑誌名
ACS Medicinal Chemistry Letters
論文内容
可溶性エポキシドヒドロラーゼ(sEH)は、アラキドン酸代謝経路においてエポキシ脂肪酸を対応するvicinal diolに変換する酵素である。これらの脂質メディエーターは、グルコース恒常性、血管調節、疼痛において重要な内因性シグナル伝達分子である。sEH阻害剤は、糖尿病、神経障害性疼痛、慢性閉塞性肺疾患、代謝障害などの疾患の治療に対する有望なアプローチである。いくつかの臨床試験では様々な疾患に対するsEH阻害剤の有効性が検証されているが、それらの治療効果は限定的であり、未だに臨床使用されているsEH阻害剤は存在しない。本研究では、sEH阻害剤的アプローチの限界を克服するために、化学的な標的タンパク質分解技術(PROTAC)に基づくsEH分解剤の開発を目的とした。 まず、sEH分解剤の設計の問題点ある、化学安定性を解決するために20種類の候補化合物を合成し、それらのsEH分解活性を評価した。各化合物をHepG2細胞に処理し、24時間後に細胞内のsEH量を定量することで、極めてsEH分解活性の高いsEH分解剤を見出した。この化合物は数nMの処理濃度で強力なsEH分解活性を有しており、細胞培養用の培地中における化学安定性および肝ミクロソーム安定性(代謝安定性)が極めて高いことが示された。申請者らは化学構造を最適化することにより、標的タンパク質分解能と化学的・代謝的安定性を向上させることで、優れたsEH分解剤の開発に成功した。 sEH阻害剤を用いたsEHの阻害は小胞体ストレスの軽減を誘導することが知られている。本研究により見出されたsEH分解剤と既知のsEH分解剤の小胞体ストレスの軽減率を培養細胞レベルで比較した。sEH分解剤は従来のsEH阻害剤と比較して、10倍以上小胞体ストレスを軽減することを明らかにした。さらに、開発されたsEH分解剤をマウスに投与することで、薬物動態試験およびin vivoのsEH分解活性を評価した。マウスの肝臓と褐色脂肪組織において顕著なsEH分解が確認され、in vivoでも使用可能なsEH分解剤の開発に成功した。開発されたsEH分解剤はsEHの機能を研究するための有用な化学プローブとなり、前述したsEHが関連する様々な種類の疾患に対する直接的な治療効果が期待される。
受賞者のコメント
このたびは栄誉ある賞をいただき、大変光栄に思います。本研究は、多くの方々のご支援と協力なしには成し得なかったものであり、心より感謝申し上げます。この受賞を励みに、今後もさらなる研究・活動に精進してまいります。
審査員コメント
渡邊 雄一郎先生
本論文では,化学的な標的タンパク質分解技術(PROTAC)に基づく可溶性エポキシドヒドロラーゼ分解剤 (sEH PROTACs)の開発を目的としている。系統的に候補化合物を設計・合成し,生体内で sEH を効果的に分解する化合物を見出した。最適化した化合物は,生体内で化学安定性および肝ミクロソーム安定性(代謝安定性)が極めて高いことが示された。
本手法を用いることで,糖尿病,炎症,および代謝疾患を含むさまざまな疾患状態に対する治療開発の可能性が拓かれることが期待される。さらに,これら化合物群のsEH選択性の起源や分子骨格に修飾された官能基の役割などが明らかになることで,sEH生物学の研究に有用な化学プローブを提供することに繋がることが期待される。
内田 昌樹先生
申請者が所属する研究グループは、可溶性エポキシドヒドロラーゼ(sEH)を分解をする標的タンパク質分解誘導化合物(PROTAC)の合成を報告していた。しかしこの物質は水溶液環境下で分解されやすいため、in vivoでの使用には適さなかった。本研究は、過去の研究を発展させ、数種類のsEH-binding moiety、E3 ligase-recruting moiety、及び両者をつなぐリンカーを組み合わせることで約20種類のPROTAC候補化合物を合成し、それぞれの化合物のsEH分解能と、化学的安定性を網羅的に評価し、優れた分解能と安定性を併せ持つ化合物を見いだした。また、化学的•代謝的安定性を向上させるためにはリンカーの選択が重要であることを見いだした。これらの知見は臨床応用につながるsEH分解剤の開発に重要な指針を与えるものであり、高く評価できる。また、本論文では見いだされたPROTACがsEH以外のいくつかのタンパク質の発現を大きく抑制する可能性があることも併せて報告されている。標的タンパク質以外の発現を抑制または活性化するoff target効果は重大な副作用につながる可能性もあるので、この点でのさらに詳細な追加研究も待たれる。
受賞者エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
牛に引かれて善光寺参りではないですが、正直に言いますと明確に研究者を目指していたというより、学生時代の経験、研究環境、その都度“今”やりたいことを選択してきた過程に導かれて、現在米国でポスドクとして創薬研究をしているということだと思います。今振り返ると、私は研究者という職業をあまり理解せずに、修士課程に進学していました。しかし、修士課程において博士課程までご指導いただきました佐藤伸一先生(東北大学際研)と出会えたことで、学際的な知識・技能を身に着けることができました。また、佐藤先生の指導の下、数多の経験をさせていただいたことで、研究を含め物事を複数の視点でとらえることの重要性を学びました。修士課程後のキャリアとして企業への就職を考えておりましたが、当時行っていた研究を完遂したいと思い、博士課程に進むことを決断しました。また、佐藤先生の移動に伴い、博士課程より石川稔先生(東北大大学院生命科学研究科)の研究室に編入し、研究させていただきました。石川先生、佐藤先生、友重秀介先生(東北大大学院生命科学研究科)にご指導・サポートいただきまして、なんとか学位を取得することができました。博士課程在学時、素晴らしい研究環境およびご指導の下で複数の研究と様々な経験をさせていただいたことで成長できたと思っております。先生方と出会っていなければ、学位を取得することはできなかったと思っています。また、私自身は学生時代創薬研究を行っておりませんでしたが、石川先生の研究室に所属したことで創薬研究に関する知識も身に着けることができ、その知識が現在の研究に生きています。さらに、学生時代を通して、素晴らしい先生方、共同研究者、所属研究室の先輩、同期、後輩に恵まれまして、様々なキャリア選択を見聞きする中で、海外で研究したいという欲望が生まれ、現在に至っています。
2)現在の専門分野に進んだ理由
もともと、薬を作りたいと思い、化学を学び始めたことを記憶しています。工業高等専門学校に入学したのですが、創薬研究に関するテーマはなかったので、私は植物生理学・植物病理学・天然物科学の研究に従事しました。また、大学院では創薬“化学”のテーマを志望していましたが、テーマ選択の際に別のテーマになってしまいました。しかし、これらの経験は私にとっての幸運であり、学生時代に与えられたテーマから、天然物科学に関する知見、創薬科学を支える技術の開発、低分子の薬以外の形(モダリティー)の薬についても知ることができました。特に、大学院時代に得た知識・技術・経験は学際性が高く(異なる分野の組み合わせ)、現在行っている創薬研究においてもとても役立っています。また、有機化学とライフサイエンスの両方をある程度理解できることは自分の強みだと思っていますし、現在私が従事している低分子創薬研究と合わせることで、より広い視野で創薬科学をとらえることができていると感じます。もちろん、一貫性のある研究人生も素晴らしいとは思いますが、私は様々なことを経験することができている自身の研究人生に誇りを持っています。
3)この研究の将来性
本研究で標的としたタンパク質(可溶性エポキシドハイドロラーゼ)は体内における炎症を促進することが知られており、その阻害剤の開発が行われています。阻害剤は標的とするタンパク質と結合してそのタンパク質の機能を一時的に抑えることができます。一方で、我々はこのタンパク質を体内から化学的に消す分解剤を作りました。この化合物は実際に阻害剤よりも炎症を抑制する効果が高いことが示唆されました。標的としたタンパク質は神経疾患、代謝異常、など幅広い疾患とかかわっているので、これらの治療に使える可能性があります。
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