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[論文賞]井上 大地/Memorial Sloan Kettering Cancer Center

Daichi Inoue, M.D., Ph.D.

[分野3:がん]
(希少なイントロンの脱制御がもたらす新規発癌機構)
Nature Genetics, 12 April 2021

概要
遺伝情報の正確な発現にはスプライシングなどRNAレベルでの転写後制御が不可欠な役割を担っている。スプライシングで除去されるイントロンは我々のゲノム内に数十万個存在するが、そのうちわずか0.3%(700遺伝子)は通常とは全く異なる機序でスプライシングされる。興味深いことに、これらはシグナル伝達・細胞周期・翻訳・転写・DNA損傷修復など細胞の生存や恒常性の維持に不可欠な遺伝子に進化的に保存されている。
本研究では、血液腫瘍を中心に機能喪失型変異が認められるZRSR2遺伝子がこのマイナーイントロンの除去に不可欠であることを出発点として、新たに作成したマウスモデルや大規模な患者検体の解析から、転写産物内へのマイナーイントロンが残存し分解される現象を捉えることに成功した。さらに、機能的CRISPRスクリーニング手法を開発し、RAS経路を負に制御するLZTR1のマイナーイントロンのスプライシング異常を介してRAS経路が恒常的に活性化する新規発癌経路を同定した。加えて、対象疾患を全ての悪性腫瘍に広げることにより、LZTR1マイナーイントロン自身の一塩基置換によるスプライシング異常や未知の機構によるマイナーイントロン残存現象、及び、それらに伴うRAS経路の活性化を癌横断的に見出すことに成功した。
これらの新知見は、25年前から存在が知られながら、未解明であった発癌におけるマイナーイントロンの生物学的役割を大きく前進させ、新しい学術分野を拓くものである。例えば、X染色体にコードされたZRSR2遺伝子の変異は男性患者のみに認められる。マイナーイントロンのスプライシング制御機構には性差が存在することが示唆され、現在も発展的な研究を続けている。

受賞者のコメント
 この度はこのような栄誉ある賞をいただき大変光栄に存じます。米国で始め、帰国し独立後も続けた米日合作のプロジェクトですので大変感慨深い思いでおります。選考委員の先生方、このプロジェクトをサポートいただいた全ての方々に厚く御礼申し上げます。ヒトゲノム上には2万を超える遺伝子に、20万個以上のイントロンが含まれています。正常細胞では各遺伝子のpre-mRNAスプライシングの過程で選択的に除去されますが、エクソン領域に比して種間での保存性に乏しいことが知られています。しかし、全イントロンのわずか0.3%(700個程度)は、進化的に保存された極めて特徴的な配列を有しており、興味深いことにそれらは細胞の生存や恒常性の維持において不可欠な遺伝子のみに含まれています。これらは数の少なさから「マイナーイントロン」と呼ばれ通常のイントロンとは異なる機構で除去され、その存在は25年前から知られていました。私どもは血液腫瘍において、X染色体上にコードされ男性患者にのみ変異が認められるZRSR2遺伝子はこのマイナーイントロンの的確な除去に不可欠であることに着眼し、マイナーイントロン、発癌、造血、性差との深い関連性を解き明かすというプロジェクトに時間をかけて取り組んでまいりました。得られた成果は新しい研究領域を拓くような、次の研究を生み出す仕事になると考えており、さらなる発展を目指しております。今回の受賞を励みに、次のステップへ研究を加速させて参ります!

審査員のコメント
上野直人 先生:
 New mechanism baesd on intron regulating tumorigenicity. Novel discovery.

石澤丈 先生:
 マイナーイントロン残存現象の生物学的意義を主に発癌•正常造血の観点から新規に解明した論文であり、腫瘍分野に関わらず、非常に幅広い分野にインパクトを強く与える研究成果である。若手研究者、がん論文賞という括りでなくとも十分に価値ある受賞が望める非常に高度な内容と感じた。

園下将大 先生:
 さまざまな生理現象が適切に成立するためにはRNAレベルでの転写後制御が欠かせないが、その本態や分子機序の全貌はいまだ解明されていない。本研究は、患者検体やモデルマウスを活用してこの機序の一端を解明することに成功したものである。血液腫瘍にとどまらず多様ながん種でLZTR1が不活性化することでRASの活性化が発生する機序は興味深く、本研究はRASに依存するがんの新規発生機序を示すと同時に、マイナーイントロンの有無を指標とする患者層別化マーカーの開発にも貢献するものである。

エピソード
 私の場合、日本での専門医や助教職を経て、米国のMemorial Sloan Kettering Cancer Centerに博士研究員として留学しました。このプロジェクトで幸運だったのは米国内、例えばUCSFやシアトルのFred Hutchinson Cancer Research Centerのその道の第一人者の研究者たちと議論を重ねて方向性を決めていけたことです。実は同様のプロジェクトを行っているグループが米国内外に複数あり、競合していることを意識していました。米国にいることで、他グループの状況をある程度把握することができましたし、状況を楽しみながら進めていけたと思います。前述のZRSR2遺伝子変異の解析からプロジェクトに入りましたが、進めていくうちに「これほど大事なマイナーイントロンが脱制御してしまう過程にZRSR2変異以外の原因があるに違いない」という思い込みに至りました。この仮説が、マイナーイントロン自身の保存配列の変異の発見という成果にもつながりました。ただ、仮説を実証する上で、米国内のネットワークなしでは不可能でした。そう言った意味でも米国での経験は私にとって何事にも変えがたい喜びに昇華していきました。感染症や紛争など、国際情勢が目まぐるしく変わる昨今ですが、米国で様々なバックグラウンドをもつ人々とともに研究をする、この経験を1人でも多くの方に味わっていただけたらと思います。

1)研究者を目指したきっかけ
 私自身は血液内科で主に白血病を治療する医師でした。症例に溢れる病院で研修を開始したので、医師3年目ぐらいになると、様々な経験を経て、自分が万能になったように勘違いするようになってきました。しかし、ふと気づくと、誰かが検証した「手堅い」治療法をただ行っているだけということを思い知らされるわけです。そんな時に、自分の手で病態や治療を解明する手がかりを作っていきたいという思いを抑えることができずに大学院の門を叩き、研究の道に踏み込んでいきました。ですが、博士課程在学中は研究を将来の仕事にするとは想像もしておりませんでした。いつの間にか研究者としての生き方にどっぷりと浸かっていきました。
2)現在の専門分野に進んだ理由
血液内科領域は内科的治療のみでがんを治癒できるという特徴があります。そのために外科的治療に頼ることなく、思考と戦略を軸に患者さんを救えるのではないかと思い血液領域に進みました。研究面からも骨髄細胞など患者さんの検体にアクセスしやすく、ゲノム編集などの新技術の応用が可能であるだけでなく、様々な免疫担当細胞を介した全身性の疾患に直結するという点で血液学の探究に無限の可能性があると感じています。
3)この研究の将来性
ゲノムの中でタンパク質をコードしない「直接役に立たない」ような配列がなぜ存在するのか、多くの科学者が研究を進めて様々な知見が生まれてきました。今回のマイナーイントロンと発癌に関する発見により、今後、なぜこのようなイントロンが進化的に保存されてきたのか?男女間での制御機構に差があるのか?など、生命としての根幹に迫るような研究につながり、新しい治療法の開発に繋がっていく可能性があると期待しています。
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