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執筆者の写真cheironinitiative

[論文賞]井上 浩輔/京都大学

更新日:2022年4月25日

Kosuke Inoue, M.D., Ph.D.

[分野9:南カリフォルニア]
(アルドステロンが血圧を介して冠動脈石灰化を引き起こすメカニズムの疫学的解明)
Hypertension, July 2020

概要
アルドステロンは副腎から分泌されるステロイドホルモンで、塩分を体内に保持し、血圧を維持する重要な働きを担っている。このアルドステロンが過剰分泌されることで高血圧をきたす疾患を原発性アルドステロン症と呼び、最も頻度が高い二次性高血圧(ホルモン異常など特定の原因によって生じる高血圧)としてその診断治療が注目を浴びている。先行研究で、原発性アルドステロン症による心血管リスクの上昇は広く報告されてきた一方で、高血圧や原発性アルドステロン症を有さない患者においても、アルドステロン濃度が心血管リスクと関係しているかについては不明であった。また、アルドステロンが血圧上昇とは独立して、慢性炎症や線維化を通じて直接的に臓器障害をきたすことが基礎研究によって示されてきたが、臨床においてアルドステロン濃度と心血管リスクの関連にどの程度血圧が関与しているかについては不明であった。
この問いに答えるため、申請者は因果媒介分析という因果推論の手法を用いて、アルドステロン高値によって引き起こされる冠動脈石灰化(潜在性動脈硬化症の主要マーカー)の①直接効果(血圧上昇を介さない効果)と②間接効果(血圧上昇を介した効果)を推定した。使用したコホートは、心疾患既往のない米国6地域の白人・黒人・ヒスパニック・中国系アメリカ人(45-84歳)を対象とした前向き観察研究:the Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis (MESA)である。降圧薬を内服しておらず、アルドステロン濃度が測定された700名において、アルドステロン高値は冠動脈石灰化と強く関連しており(中間フォローアップ期間6.4年)、その45%程度が血圧上昇を介していた(①直接効果:1.17 [0.96-1.37]、②血圧上昇を介した間接効果:1.06 [1.02-1.18])。本関連はアルドステロンを制御しているレニンというホルモンが抑制されているほど(アルドステロンがレニンの刺激ではなく自律的に過剰分泌しているほど)、強く認められた。
本研究は世界で初めて、アルドステロンが血圧を介さずに心血管リスクを上昇させる経路を降圧薬を内服していない一般成人のデータを用いて定量化したもので、単純に高血圧を治療するだけでなく、アルドステロンを十分に抑制することが心血管予防の観点から必要であることを明らかにした。本研究結果を踏まえて、心血管予防においてアルドステロン作用を抑える薬剤をどのタイミングで優先的に導入するべきかについては、今後ランダム化比較試験を含めた更なる検討が求められる。また、因果媒介解析という発展的な因果推論手法を応用し、基礎研究で得られた知見を臨床研究で紐解いた本研究は、今後トランスレーショナルリサーチを加速させるうえで重要な示唆を与えると期待される。

受賞者のコメント
留学して間もないころ、私が日本で内科医をしていたころに専門としていたアルドステロンに関する興味深い研究がハーバードの研究チームから発表されました。アルドステロンは日常の診療で頻回に測定されるホルモンではないため、一般人口におけるデータは入手しづらいのですが、上記チームは高血圧を有さない患者のアルドステロン値を用いて将来高血圧が発症するリスクについて報告したのです。この論文を読んだときに胸が躍ったと同時に、是非彼らと同じコホート(MESA)を用いて、高血圧の先にある心血管イベントなどの合併症リスクまで検討したいと思いました。調べてみると、MESAの中心メンバーが留学先のUCLAの循環器内科教授であることがわかりました。そこで彼女が担当する授業を調べ、積極的に授業参加することでまず顔を覚えてもらいました(学ぶ意欲があれば他の所属でも寛大に受け入れてくれるのが、UCLAの魅力でもありました)。次第に彼女の研究チームミーティングにも呼んでいただけるようになり、ある程度の信頼が得られたタイミングで本研究の研究計画書を持っていき、研究をスタートすることができました。ここまでで2年かかりましたが、それまでにアイデアと方法論を成熟させていたので、そのあとの流れは速く、(いつも通りRejectも複数経験しましたが)無事に論文化することができました。結果としてアメリカ心臓協会の学会誌であるHypertensionのHigh-Impact Paperに選出され、粘り強く機会をつかみにいったおかげで臨床的に意義のある研究結果を報告できたと自負しております。

審査員のコメント
金子直樹 先生:
アルドステロンはレニン-アルドステロン-アンギオテンシン系の一つを構成する重要なホルモンで血圧を維持する重要な働きを担っているが、血中のアルドステロンの上昇が動脈硬化と死亡に直接結びついているかは知られていなかった。申請者は因果推論の手法を用い、アルドステロンの上昇がどの程度直接的に、または間接的に高血圧を介して動脈硬化を引き起こしているかを示した。この知見はアルドステロンがなぜ動脈硬化を引き起こすのか、どのように制御していくかという方向性を基礎から臨床レベルで与えた非常に学術価値の高い論文である。また、この新たな知見は、すでに2014年に論文化されているデータを丁寧に新たな統計手法で分析し直すことで得られており、このような手法は他にも幅広い分野で行えると考えられ称賛に値する。さらに、この研究は応募者が大学院在籍中に行われており、またcorresponding authorになっていることは特別賞として相応しいものである。

北郷明成 先生:
医学だけでなく様々な分野において適応されている統計的因果推論の中で、特に因果媒介解析という発展的手法を応用し、血漿アルドステロン濃度と心血管系リスクの関連を解明した研究。血漿アルドステロンが血圧を介さず直接心血管系リスクに関連している事を示した。心血管系疾患の予防に寄与する見解であり、雑誌のHigh-Impact paperに選出されている事も本研究の重要性を示している。ビックデータサイエンスの重要性は近年注目され、今後は本研究の様な疫学手法を用いた新たなEBMの構築が必須であり、その意味でも本研究の持つ意義は重要である。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
ベッドサイドの医療を経験していく中で、ある治療が効果的な患者さんもいれば効果的でない患者さんもおり、その違いは何なんだろうかという疑問がわきました。また、例えば糖尿病などの病気と診断された後にメンタルの不調をきたし合併症を発症してしまう患者さんなどを診ることで、そうした経過に対して具体的にどのような科学的根拠があり、どのようにアプローチをすることが適切なのか、という疑問も生じました。これらの問いに答えるために、論文を読みとく力や書く力が必要であることに気づいたため、研究の道に足を踏み入れることにしました。
2)現在の専門分野に進んだ理由
留学当初は、ロサンゼルスに住んでみたい・外から日本を見てみたい、といったモチベーションが強く、2年程度学び修士号を取得したら日本に帰国し、ベッドサイドに戻る予定でした。しかし、勉強をし始めると因果推論の世界にどんどんはまってしまい、気づいたら博士号に入り研究がメインの生活となっていました。帰国後は、外来診療をすることで現場の感覚を維持しながら、日本の医学研究における因果推論の応用・発展に力を注いでいます。
3)この研究の将来性
アルドステロンは副腎という臓器から分泌されるホルモンで、塩分を体内に保持し、血圧を維持する重要な働きを担っています。このホルモンがたくさん分泌されると高血圧を発症することが広く知られていましたが、近年の基礎研究で血圧上昇とは独立して心臓などの臓器に直接的に負荷をきたす機序も明らかになってきました。アルドステロンが血圧を介さずに心血管リスクを上昇させる経路を人間のデータを用いて明らかにした本研究は、血圧管理だけでなくアルドステロン抑制が重要であるというメッセージを有し、高血圧診療に重要な示唆を与えると考えています。また、基礎研究の知見も踏まえて、最先端の因果推論手法を用いて現場の問いに答えた研究例として、次世代の疫学研究への道標になれたらと期待しています。
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