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[論文賞]南出 将志/東京大学 / NASAジェット推進研究所

Masashi Minamide, Ph.D.

[分野10:物理学]
(台風予測を阻む新たな要因の発見)
Journal of the Atmospheric Sciences, December 2020

概要
激甚化する水災害に対応するために、台風の予測精度向上は必需である。しかし台風は、乱流のカオス的性質の影響により、発生の予測が非常に難しい現象の一つである。“バタフライ・エフェクト”という言葉に表現されるように、気象は初期値鋭敏性を有し、微小スケールの差異が、乱流を通じて人間活動に影響を及びしうる巨大なスケールの現象へ拡大・伝搬してしまう。よって、バタフライ・エフェクトの限界を突破し、台風予測を向上させるためには、「台風を発生させる“蝶”」あるいは「台風の予測を阻むような“蝶”」を理解し、発見することが不可欠である。
本研究では、著者が独自に開発した、最新の気象衛星を用いた数値気象予報システムを用いて、台風の予測向上を阻む“蝶”(要因)について解析した。従来の数値気象予報手法においては、赤外衛星観測データは、晴天域しか用いることができなかったため、実に90%以上が棄てられるしかなかった。著者は、天候に依らず観測データの100%活用を実現する新たな手法を開発し、世界で初めて、台風がいつ・どこで生まれようとも、その内部構造を詳細まで解像することを可能にした実績がある。本研究は、新手法の開発によって初めて作成可能となったデータセットを用いて、新たに切り開かれた台風研究の一例である。本手法を用いて、詳細に解像された2017年のハリケーンHarveyを解析した本研究では、どのような状況下で台風の予測が難しくなるのか、言わば「台風の予測を阻む“蝶”とは、一体どんな姿をしているのか?」の解明に挑んだ。
台風の発達有無には、発達初期の風速場(渦の強さ)が大きな影響を与えることが知られてきた。一方で、水蒸気場(大気の湿り気)は、十分な観測を得ることが難しく、その影響は未知な部分を多く残してきた。本研究の数値実験を通じて、風速場だけでなく、水蒸気場もまた台風発達に有意に影響を及ぼすことが明らかになった。さらに、両者の影響が同時に存在し、非線形に関連し合うことで、さらに予測不確実性が増大することを発見した。よって、台風予測には、風速場だけでなく、水蒸気場も含む気象場の観測網を、同時に充実させることが不可欠である。今後、限られた資源の中で気象観測網を整備し、未曾有の水災害を予測し、それらに立ち向かっていくために、基盤となる知見獲得に貢献した。

受賞者のコメント
ありがとうございます!この論文は亡き指導教官との最後の仕事となりましたので、こうして評価いただけたこと、とても嬉しく思います。

審査員のコメント
竹井聡 先生:
This work presents a potential means of improving the predictability of the tropical cyclone rapid intensification through the constraining of initial conditions based on satellite weather imaging data. By analyzing existing data on the birth and evolution of Hurricane Harvey, the authors hypothesize the need to constrain moisture field in addition to the wind field for the tropical cyclone intensity forecasts. This is an interesting hypothesis that must be tested further, beyond the data on Hurricane Harvey as done in this work. However, this opens up a new line of research for the authors and the possibility to deepen our understanding on the genesis and growth of tropical cyclones.

砂原淳 先生:
筆者は本論文においてデータ同化手法を駆使した数値気象予報システムを構築し、赤外衛星データ利用の新たな可能性を引き出すことに成功した。その上で、現実のハリケーンの解析に本方式を適用し、風速場のみならず、水蒸気場がハリケーンの発達に大きく影響することを示しており、まさに数値気象研究の王道を行く、学術的に高く評価されるべき研究成果であると言える。

エピソード
この論文は、2017年にアメリカ南東部を襲ったハリケーンHarveyの予測に取り組んだものです。研究が始まった当初、Harveyはまだ急速に発達する前の、言わば「ハリケーンの卵」のような状態でカリブ海上空を漂っていました。「今後、もしかしたら強力なハリケーンに発達するかもしれない」「もし発達したハリケーンがテキサスに上陸したら、甚大な被害が出る」という懸念から、関係者の注目を集めていました。
そんなHarveyの発達を、当時運用を開始したばかりの最新の静止軌道気象衛星GOES-16を世界で初めて活用し、予測しようと始まったのが、本論文に至ったプロジェクトです。指導教官が研究室に「危険なハリケーンが発生するかもしれない」という話を持ってきた時には驚きましたが、すぐさまプロジェクトチームの研究体制が出来上がりました。数時間後には、全米有数のスパコンの優先使用権も付与され、研究室のみんなでシミュレーションを回す日々が始まりました。結果的には、私達が開発した予測システムによって、国による公式の予測情報よりも正確な予測を出せたこと(Zhang, Minamide et al., 2019)、さらに「予測を阻んだ要因は何だったのか」を解析した本受賞論文などの成果が出ました。
気象学という分野は自然現象を相手にしているので、危機と必要性が突然やってきます。しかし、そんな危機に対応できるような研究成果が出れば、ダイレクトに社会の安全に貢献できる分野です。そういったところにやりがいを感じています。

1)研究者を目指したきっかけ
昔から、ボードゲームや脱出ゲームのような、頭を使って遊ぶゲームが大好きでした。そんな知的好奇心を最大限活かせる職業として、研究者を目指すようになりました。
2)現在の専門分野に進んだ理由
台風は、人間がリアルに知覚できる最大規模の現象と私は考えています。そんなダイナミックな現象に魅せられ、現在の専門分野を選びました。 台風は毎年のように発生するため、身近に感じるかもしれません。しかし、台風のような乱流現象の正確な予測は、古くはレオナルドダヴィンチの時代から未だ実現されない難問です。有史以来ずっと人類と関わり続けていながら、未だに解かれていない難問に挑戦できる、それがこの分野の魅力です。
3)この研究の将来性
近年激甚化する水災害に対応するために、水災害をもたらす気象現象の正確な予測は不可欠です。この研究は、予測精度向上のためにどんなことが必要なのかを明らかにすることで、将来の水災害被害の削減に貢献します。
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