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[論文賞]原 敏朗/マサチューセッツ総合病院

Toshiro, Hara, Ph.D.

[分野3:がん]
(微小環境による腫瘍不均一性の制御メカニズム解明)
Cancer Cell, 14 June 2021

概要
膠芽腫は極めて悪性度の高い難治性脳腫瘍である。膠芽腫に対する分子標的治療薬の効果は限定的で、その理由の1つに腫瘍不均一性の存在が挙げられる。申請者らは、シングルセル RNA-seqを主軸とした統合的アプローチにより、膠芽腫細胞が 4 種類の細胞状態、neural-progenitor-like (NPC-like)、oligodendrocyte-progenitor-like (OPC-like)、 astrocyte-like (AC-like)および mesenchymal like (MES-like)に分類されることを明らかにした(Neftel*, Laffy*, Filbin*, Hara*, et al., Cell, 2019)。また、genetic barcode タグを利用したシングルセル細胞系譜実験により、これら細胞状態の可塑的な性質が見いだされた。4 種類の細胞状態のうち、MES-like細胞状態を定義する遺伝子発現プ ログラムは、正常な脳組織内では認められず、また脳腫瘍内でも膠芽腫にのみ出現する。このことからMES-like細胞状態が膠芽腫の悪性性質に関与することが示唆される一方で、特定の遺伝子変異との相関性は確認出来ず、その起源は不明であった。本研究では、可塑的な細胞状態の性質を考慮し、微小環境が MES-like を含めた膠芽腫細胞状態をどのように制御しているのか明らかにすることを目的とした。
申請者らはまず膠芽腫患者検体内の細胞成分を網羅的に解析することで、免疫細胞であるマクロファージがMES-like膠芽腫細胞の周囲に豊富に存在することを見いだした。次に、細胞間相互作用in silico解析、患者由来膠芽腫スフェロイドモデル、マウスモデル、遺伝子欠損解析を組み合わせることで、マクロファージ由来 Oncostatin M (OSM)が膠芽腫細胞にMES-like 細胞状態を誘導することを実験的に明らかにした。一方、膠芽腫患者の遺伝子発現データセット中でMES-like遺伝子発現プログラムとT細胞活性状態との間に正の相関性が観察されたことから、MES-like 細胞特異的なT細胞との細胞間相互作用が考えられた。そこで、抗原特異的な T 細胞・ 膠芽腫共培養系を構築し、細胞状態特異的な T 細胞応答を評価した結果、MES-like 細胞は他の細胞状態よりも効率的に T 細胞により排除されることが明らかとなった。以上、MES-like 膠芽腫細胞が免疫療法の標的になり得ることから、OSM や他の薬剤によるMES-like 細胞状態への腫瘍同質化療法(腫瘍不均一性を低下させる治療法)が免疫療法の効果を増強できるのではないかと考えられる。今後は複数の薬剤を組み合わせた膠芽腫免疫療法の構築に向けて更なる解析を進めたい。

受賞者のコメント
この度は、栄えあるUJA論文賞・優秀賞に選出いただきありがとうございます。著者一同大変感謝しております。また、審査にあたられた先生方をはじめ、プログラム運営に携わったすべての皆様には心より御礼申し上げます。我々の研究は、がんという組織がいかに多様な細胞から構成されているのか?という疑問から始まっています。長い時間をかけて、ようやくその複雑なエコシステムの一部を明らかにすることが出来ました。今後もこの賞を励みとし、がんという複雑な疾患の理解と治療法開発に邁進していきたいと思います。

審査員のコメント
上野直人 先生:
How intrinsic tumor immunity contributing to the tumor microenviroment.

石澤丈 先生:
scRNAseqから得られたフェノタイプに関する仮説から、バイオロジーを掘り下げる方向に転換し、更には細胞内、細胞間の分子学的シグナルの解明、最終的には免疫療法に対する感受性との関わりを示唆するに至るという、大変丁寧かつ地道で精巧に考察された研究であると感じられた。

園下将大 先生:
膠芽腫は代表的な難治がんの一つで、発生機序の解明や治療法の開発は喫緊の課題となっている。申請者らは以前に膠芽腫の不均一性を構築する細胞状態の分類を報告していた。本研究はその延長として、膠芽腫の悪性化に関与する可能性のあるMES-like細胞状態が誘導される機序を解析したもので、多様な実験系を相補的に活用することでOSMによるMES-like状態の誘導をはじめとする分子機序の解明に成功したものである。本論文は膠芽腫成立の本態解明に道を拓くのみならず、免疫療法を含む将来の膠芽腫治療法の開発にも大きな示唆を与えるもので、腫瘍生物学と福祉の双方に多大な貢献をなすと期待される。

エピソード
日本・海外といった地理的な境界線にとらわれることなく、こんな研究をやってみたい!といった側面からキャリア、生活拠点を変えることができるのも研究者としての強みだと考えます。言語や文化の壁、日本ではあまり遭遇しない出来事を経験することも、 “他を知り自己を知る”ための良い機会になると思います。また、技術革新、気候変動、感染症や戦争等にともない、世界が大きく変動しているように感じます。全く違った環境に身を置くことで自然と培われる適応能力や経験も、問われる時代がこれからやってくるのではと臆測します。

1)研究者を目指したきっかけ
親族をがんで失ったことがきっかけとなり、がん研究者を志すようになりました。
2)現在の専門分野に進んだ理由
高校生の時に、創薬を通してより多くの人達のがんを治したいと考え、大学の薬学部に進学しました。
3)この研究の将来性
がんの中には”がん細胞”というものがたくさん存在します。この細胞集団が発生・増殖する過程では、がん細胞が多様な性質を獲得するようです。また、近年の研究から、この多様性自体ががんを治療する際の大きな障壁になることが分かってきましたが、どのようにすればその多様性を克服できるか分かっていませんでした。この研究では、がんの中に存在する細胞と細胞のコミュニケーションの理解から、多様性を制御する方法を見いだしました。またこの方法を利用することにより、これまでの効果が確認できなかった治療法の効果を向上させることが出来るのではないかということも見いだされました。このように、がんという病気で観察される問題点を見いだし、解決する方法を研究することで、これまでのがん治療法の効果を飛躍的に向上することができるのではないかと考えられます。
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