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執筆者の写真Aki IIO-OGAWA

[論文賞]吉治 智志/ハーバード大学

Satoshi Yoshiji, MD, PhD
[分野:Tomorrow 4]
ヒトゲノムを活用した肥満によるCOVID重症化の機序と対策の解明
Nature Metabolism, 01-February-2023

概要
1) 背景, 研究動機および目的
世界中で9億人が肥満とされ, 肥満は新型コロナウイルス(COVID-19)重症化の重要なリスク因子である. しかし肥満がどのような機序で, 重症化を引き起こすのか, またその媒介因子は何なのか, 依然理解は十分でない. 今後のパンデミックに起因する超過死亡を抑制するため, その機序および媒介因子を解明することは喫緊の課題である. そこで本論文は, 肥満が1000以上の血中タンパク濃度を変動させることを鑑み, これら血中タンパクの中に, 肥満による重症化を媒介する鍵タンパクがあると仮説を立てた. そして, 血中タンパク量を規定する大規模ゲノムデータが急速に集積していることに着目し, これらを統合解析し, 媒介タンパクを同定することを試みた.
2) 研究方法, 結果
本研究には, メンデルランダム化(MR) と呼ばれるゲノム疫学手法を用いた. MRは, ゲノムワイド関連解析(GWAS)データを利用して, リスク因子等の暴露と, 重症化などの結果の因果関係を解明する手法である. MRの最大の長所は,無作為比較試験が難しい場合でも, 交絡因子によるバイアスを最小化し, 因果関係を評価可能な点である.
本論文で申請者は, MRを2段階に行い, 肥満による重症化を媒介する鍵タンパクを絞り込む, 2段階プロテームメンデルランダム化(two-step proteome-wide MR)という手法を考案した. 本手法では,
Step 1で, 肥満の指標であるBMIが, どの血中タンパク濃度を変動させるか, 4,907の血中タンパクをMRで一つ一つ評価した. その結果, 1214ものタンパクの濃度が, BMIにより変動することが判明した
Step 2で, これらのうち, どれが重症化リスクを上昇させるか, 再びMRで検討した. 結果, Step1 で同定されたBMI-driven proteinsのうち, ネフロネクチン(NPNT)という細胞外マトリクスタンパクが, 重症化
リスクを有意に上昇させることが明らかとなった.
更に, COVID-19で死亡した患者肺におけるNPNT発現を, シングルセルRNA解析で調べた. 結果, NPNTがガス交換に重要な肺胞上皮細胞や, 肺線維化を引き起こす線維芽細胞に強く発現していることを見出し, NPNTによるコロナ重症化に, これらの経路が関与する可能性を示した.
最後に, 体組成の改善で, 血中NPNT濃度および重症化リスクを減少可能か, 再びMRを用いて検証した. 結果, 体脂肪を減らし, 筋肉量を増やすことで, 血中NPNT濃度は下がり,重症化リスクも下がることを明らかにした .
本研究により, 肥満と重症化をつなぐ鍵分子を同定したのみならず、体脂肪減・筋肉増による血中NPNT減少という,明確なコロナ重症化予防策を提唱することができた.

受賞者のコメント
この度、UJA論文賞を受賞することができ大変嬉しく思います。審査委員の方々、運営委員の方々、そして応援くださっている方々に厚くお礼申し上げます。

審査員のコメント
松本 真典 先生:
なぜ肥満が新型コロナウイルスの重症化に繋がるかはこれまで不明なままでした。本論文では、ゲノムデータの解析からネフロネクチンと呼ばれるタンパク質の濃度と新型コロナウイルスの重症化リスクが相関することを報告しています。ネフロネクチンは炎症や自己免疫に関与する事から、実際にこのタンパク質が肥満によるコロナの重症化を引き起こしうるのかなどのさらなる研究の発展が期待されます。

黒川 遼 先生:
COVID-19において、パンデミック当初から肥満が重症化に大きく影響しているということを世界中の医師が経験的に知っていたが、その原因は明らかではなかった。
本研究ではヨーロッパ系の祖先を持つ人種のデータから、4907もの血中タンパクの中から重症化リスクを有意に上昇させるネフロネクチンを見出し、さらに重症COVID-19患者の肺内にてネフロネクチンに強く発現していることを確認しただけでなく、体脂肪を減らし筋肉量を増やすことで血中ネフロネクチン濃度の低下が得られることを証明し、COVID-19重症化リスクの低減における肥満回避・運動の重要性を示唆することに成功している。
本研究の重要性が専門家・非専門家問わず明確であることは、2023年2月の掲載からすでに17回引用され、SNSでも多く取り上げられていることなどからも明らかである。

武藤 朋也 先生:
COVID-19重症化メカニズムに関する研究であり、治療成績向上につながると思われるため非常に価値のある研究である。
ビッグデータ用いた解析で説得力もあり、本研究の知見をもとにさらなる研究が今後展開されることが予想される。
例えばNPMTの上昇がスプライスアイソフォームによってもたらせるとのことであるため、RNAレベルでの治療介入が今後期待されるかもしれないし、あるいはNPMTを介した病態メカニズムを今後明らかにすることでCOVID-19治療や重症化予防への応用が実現できるかもしれないと感じた。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
医師として臨床の中で感じた未解決課題を、自身の研究を通して解き明かし、医学・医療に貢献できる可能性に魅力を感じています。
2)現在の専門分野に進んだ理由
私の医師としての専門分野は内分泌代謝で、この分野は、肥満や糖尿病をはじめ、その合併症である心筋梗塞、脳梗塞、そしてホルモン異常をきたす内分泌疾患など、様々な疾患を対象にします。肥満、糖尿病はまさに「万病のもと」で、これらを治療することで、多くの人の健康寿命を伸ばし、命を救うことに繋がります。 しかし、人間の身体は複雑で、無数の遺伝子、分子が関与していて、これらのどれに切り口すればよいのか、簡単には分かりません。そこで役に立つのが、大規模ヒトゲノム・オミックスデータです。現在、技術の進歩により、これらのデータの集積が急速に進んでおり、50万人、100万人といった大規模のデータベースが複数登場しています。これらを活用することで、網羅的に生命現象を理解することができます。そこで私は、内分泌代謝を専門としつつ、これらの課題をヒトゲノム・オミックスデータで活用して解決することを、研究者としてのテーマとしています。
3)この研究の将来性
"本研究では、肥満によるCOVID-19重症化を、ネフロネクチンという血中蛋白が媒介していることを、因果関係をもって示しました。肥満によるCOVID-19重症化リスクの媒介因子の同定は, 機序解明の重要な一助となったのみならず, 体脂肪量の減少・筋肉量の増加により, NPNT低下を介して重症化リスクを下げられることは, 食生活改善・運動によりすぐに実行可能な対策です。また様々な理由により、それらが容易でない場合でも、本蛋白を標的にすることで、肥満によるCOVID-19重症化リスクを下げられる可能性を示しています。
更に、本手法は肥満, COVID-19を超えて,様々な疾患の媒介因子の解析に利用可能であり、例えば心筋梗塞, 脳梗塞をアウトカムとした解析等, 様々な応用が考えられます。
最後になりますが、私は、2024年8月から、カナダ・モントリオールのMcGill Universityにて、研究室を開始いたします。ヒトゲノム・オミックスデータを活用した肥満・糖尿病・心血管疾患をはじめとしたヒトの病気の創薬標的同定を目指し、一緒に研究に取り組んでくれる仲間を募集していますので、もしご興味があれば、お気軽にご連絡ください。"
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