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[論文賞]堀江 謙吾/エモリー大学

Kengo Horie, Ph.D.

[分野6-1:ジョージア]
(Oxtr-Cre KI 平原ハタネズミの作製と神経回路解析)
Neuroscience, November 2020

概要
平原ハタネズミはつがいを形成し、両親が子育て行動を示す、哺乳類の中では珍しい社会行動をとる一夫一妻性の齧歯類である。また、ストレスを受けたパートナーに対して共感的な行動を示すことも知られており、これらの社会行動を制御する脳神経基盤を解明するための実験動物として近年研究が盛んに行われている。平原ハタネズミの社会行動を制御する重要な遺伝子の一つとして、Gタンパク質共役型受容体であるオキシトシン受容体 (Oxtr) が知られている。平原ハタネズミの社会行動の多くにOxtrによる制御が関連していることが報告されている一方で、Oxtrがどのような神経回路を制御しているかは明らかにされていなかった。Oxtr発現神経回路の解明は、平原ハタネズミの神経基盤の解明において重要な知見となることが期待されている。また、平原ハタネズミは、実験動物として長い間用いられてきたマウスやラットと異なり、遺伝子組換え技術の開発が遅れていることから、注目する遺伝子をゲノム中で操作し、特定の神経回路の活性化や可視化を行うことが極めて困難であった。
本論文では、初めに、ゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9を用いた遺伝子ノックイン (KI) 技術の確立とOxtr発現細胞でのみCre recombinase (Cre)を発現するOxtr-Cre KI平原ハタネズミの作製を行い、世界初のKI平原ハタネズミを高効率で作製することに成功した。次に、平原ハタネズミのOxtr発現神経回路を明らかにするために、CRE依存的に蛍光タンパク質EGFPを発現する逆行性アデノ随伴ウイルスをOxtr-Cre KI 平原ハタネズミの側坐核 (NAcc) にインジェクションし、他の脳領域のOxtr発現神経細胞からNAcc への投射経路を探索した。その結果、前帯状皮質 (ACC) のOxtr発現神経細胞がNAccへと投射を持つことを示した。
このOxtr神経回路はマウスやラットでは報告されておらず、NAccは一夫一妻性を、ACCは共感的行動を制御することが報告されていることなどから、平原ハタネズミの社会行動を特徴付ける重要な神経回路である可能性を示唆した.

受賞者のコメント
この度は、我々の論文をUJA論文賞に選考していただき誠にありがとうございます。コロナ禍で学会活動が極端に減り退屈になっていた研究生活に、一筋の光が刺したように感じています。この賞を励みとしてより面白い研究成果を得られるようにますます精進致します。

審査員のコメント
斧正一郎 先生:
小家族性の行動メカニズムを神経レベルで解明することを大きな目的とし、それに適した実験動物として平原ハタネズミを用いた遺伝子導入の新しい技術を確立し、それにより脳内のオキシトシン受容体の発現パターンを明らかにしたユニークで先駆的な研究である。あまり広くは使われていない実験動物で遺伝子改変技術を発展させ、今後の関連研究の進展に重要となる論文である。応募者の堀江氏は、学位取得後2年以内にポスドクとしてこの論文を発表、本論文は掲載誌のEditorial でも紹介されているなど、特に特別賞にふさわしい論文であると評価できる。

武部貴則 先生:
興味深い実験動物を対象としたユニークな着想に基づく研究で、2年程度の間に成果をまとめた点も素晴らしいと感じました。内容としては、因果関係など今後さまざま詰めていく必要があるように感じますが、技術的な側面としても、今後の広がりを期待される研究成果であると思います。

中村能久 先生:
平原ハタネズミは、社会行動の制御機構の解析に有用なモデルとして知られており、社会行動を制御する遺伝子も見つかっている。しかしながら、一般的な実験動物マウスと比べ、遺伝子組換えを用いた遺伝子実験が行われていなかった。この研究では、平原ハタネズミでCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集技術を新たに確立した上で、社会行動を制御する神経回路を解析した野心的かつ行動神経学的に意義高い研究である。また、この内容が留学して2年以内に行われたものという点でもとても価値がある。

荒木幸一 先生:
一夫一妻性のメカニズムを研究する上で重要なモデルである平原ハタネズミの遺伝子改変に成功した画期的論文です。本論文では、社会行動制御に重要な役割を果たすオキシトシン受容体を発現している細胞にのみ Cre recombinaseを発現する平原ハタネズミを作成し、オキシトシン受容体を発現している神経回路を明らかにしました。今後、本論文で作成された遺伝子改変平原ハタネズミを用いて、さらに本研究の遺伝子改変技術を使って新規遺伝子改変平原ハタネズミを開発することにより、更なる研究の発展が期待されます。

エピソード
外来遺伝子を目的の遺伝子座に導入することは、近年急速に発展したゲノム編集技術を用いたとしても効率が低く困難な場合が多いことが知られていました。幸運なことに本研究では、研究室で一般的には用いられていない平原ハタネズミ (Microtus ochrogaster, 通称prairie vole)のオキシトシン受容体遺伝子座に50%という高効率で遺伝子を導入することに成功し、筆者自身も驚くスピードで目的の遺伝子組み換え動物を作製することができました。これにより競合研究者を抑えて世界で初めて平原ハタネズミの特定の遺伝子に関する神経回路を探索することに成功しました。運が味方することで研究が加速することを実感した研究でした。

1)研究者を目指したきっかけ
大学一回生の頃にバンド仲間が基礎物理学の研究者を目指していたことから研究者に興味を持ちました。筆者自身は農学部に入学したものの、当時一世を風靡した光を用いた脳の操作(オプトジェネティクス)に衝撃を受け、脳研究の道を目指すことにしました。
2)現在の専門分野に進んだ理由
学生時代は人や動物のコミュニケーションなどの社会的な行動は科学的に議論できない曖昧なものだと思っていましたが、神経科学の授業で社会行動を真面目に科学していることを知り興味を持ちました。社会行動を制御する脳の機能にはまだまだ謎が多く、面白いと感じたので現在の専門分野に進みました。
3)この研究の将来性
本研究で用いた平原ハタネズミの一夫一妻性行動は、他者への親愛や愛着を示す行動に類似していると考えられている。平原ハタネズミの神経基盤を研究することで、脳がどのように愛や好意的な行動を制御するかが明らかになる可能性がある。
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