[論文賞]大岸誠人/スタンフォード大学
- Tatsu Kono
- 4月13日
- 読了時間: 6分
Masato Ogishi, M.D., Ph.D.
[分野:免疫アレルギー]
論文リンク
論文タイトル
Impaired development of memory B cells and antibody responses in humans and mice deficient in PD-1 signaling
掲載雑誌名
Immunity
論文内容
ヒトの免疫調節異常は多くの場合、感染症に対する脆弱性と自己免疫疾患の両方を引き起こす。このやや直感に反するヒト免疫系の複雑さを理解することは、慢性感染症、自己免疫疾患、悪性腫瘍、およびその他の免疫疾患の治療管理を成功させる上で極めて重要と言える。PD-1は免疫細胞上に発現し、2つのリガンド(PD-L1およびPD-L2)と結合する免疫チェックポイント受容体である。PD-1はがん細胞等と戦うキラーT細胞に多く発現していることが知られており、これらの細胞の活性を抑えるブレーキとしての役割があると考えられている。このことから、PD-1またはPD-L1に対する中和抗体はがん免疫療法として広く利用されている。しかし、PD-1:PD-L1阻害は時に多臓器にまたがる自己免疫疾患を引き起こし、このために十分な治療効果を得られないうちに治療中止や免疫抑制剤の使用に踏み切らざるを得ないことも多い。同時に、PD-1:PD-L1に対する阻害剤の使用は結核をはじめ種々の細菌感染症のリスクを上昇させることも知られている。キラーT細胞以外にも多くの細胞がPD-1を発現していることはよく知られているものの、PD-1:PD-L1阻害がそれらの細胞にどのような影響を与え種々の副作用を引き起こすのかはほとんど理解されていない。
本研究は、先天的にPD-1を完全に欠損した2人の兄弟、ならびにPD-L1を完全に欠損した2人の兄妹の免疫学的異常について体系的に検討する中で、抗体依存性免疫系の鍵となるメモリーB細胞の形成、そして抗体依存性免疫応答そのものが部分的に損なわれていることに気が付いたことに端を発する。この知見をもとに、single-cell RNA-Seq、in vitroでの細胞機能解析、およびマウスモデルを用いたワクチン接種系や細菌抗原への暴露実験系などを活用して研究を進めていった結果、PD-1:PD-L1シグナル伝達経路がB細胞内在性かつc-Myc依存的なメカニズムを介して抗体依存性免疫応答を最適化していることを実証することができた。なかでも本研究の目玉と呼べる発見は、B細胞特異的PD-1ノックアウトマウスを作成した結果、加齢に伴い、複数の臓器でメモリーB細胞の顕著な減少を伴う劇的な免疫表現型の変化がもたらされたことであった。骨髄造血系の詳細な解析の結果、large pro-Bと呼ばれるB細胞形成の前駆細胞の段階でPD-1が高レベルで発言することが突き止められた。今回の発見は、PD-1阻害剤がT細胞のみならずB細胞の造血系における成熟や末梢での機能に顕著な影響を与える可能性を示唆している。さらに、PD-1:PD-L1阻害剤の長期使用によって抗体依存性免疫応答が低下することで細菌感染症が増加する可能性や、腫瘍微小環境内でのB細胞の機能変化が抗腫瘍免疫にもたらしうる影響など、数多くの研究分野に影響し得る知見と言える。
受賞者のコメント
この度は、UJA論文賞という栄誉ある賞を受賞することができて本当に光栄です。今回の審査や論文賞の運営に携わられた先生方に御礼申し上げます。5年半にわたる大学院留学を支えてくれたロックフェラー大学のJean-Laurent Casanova先生とラボメンバーにも感謝申し上げます。そして、海外生活を充実した有意義なものにしてくれている家族にも心から感謝しています。現在はポスドクとしてスタンフォード大学に来ています。免疫学つながりではありますが、PhDの時よりもさらに治療薬開発に繋がりやすい分野に移りました。臨床応用にもつながるような新たな分野の創出を目指していっそう精進して参ります。
審査員コメント
倉島 洋介 先生
この論文では、先天的にPD-1を完全に欠損した2人の兄弟やPD-L1を完全に欠損した2人の兄妹の免疫学的異常について、非常に貴重な検体を持ち用いて体系的に調べられており、遺伝子改変マウスでの実証データを含めたトランスレーショナル、リバーストランスレーショナル研究であり、非常にインパクトのある成果と考えられる。PD-L1阻害による免疫系への影響と副作用について、特にB細胞についてマウス、ヒトの両方でデータを取得しており、腫瘍微小環境内でのB細胞の機能変化が及ぼす抗腫瘍免疫へのかかわりなどについて、更なる研究の発展が見込まれる重要な知見である。
神尾 敬子 先生
希少遺伝子欠損患者の検体を用いた解析により、PD-1/PD-L1経路がB細胞の成熟過程や抗体依存性免疫応答の制御に重要な役割を果たすことを解明しました。この発見は、様々な免疫・腫瘍関連疾患の病態解明や新規治療法の開発につながる可能性のある重要な知見と考えられ、結果のインパクトを評価しました。
前田 啓子 先生
PD-1とPDL-1が、T細胞依存性やB細胞内因性メカニズムを通じて、B細胞記憶と抗体媒介免疫を制御することを明らかにしています。新規性の高い機序であり、現在化学療法として用いられている抗PD-1/PD-L1療法の合併症の機序にもつながる発見であり臨床的な意義も高いと思います。多彩な実験や多くのマウス系統を用いて機序を丁寧に解明しており、素晴らしい仕事だと思います。
受賞者エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
自分は2歳ぐらいのころに40℃の発熱で2週間ほど入院しました。もちろん当時の記憶はないですが、その話を聞かされて育ったせいか、小学生の時から人体の仕組みに興味を持っていました。当時、NHKスペシャル『人体』という番組の内容を再編した漫画があったのを覚えています。大学進学の際にも、医学研究のためにまずは医学全般の勉強をしようと思い進路を決めました。将来的には、根本的な治療法のない病気、特に免疫関連の病気に対して、新しい視点からの治療法を提案するような研究をしていきたいと考えています。
2)現在の専門分野に進んだ理由
自分が免疫学を専攻した理由は大きく二つあります。一つ目は、先にも述べたように、個人的な体験に基づく発熱する病気への興味です。発熱の原因は大きく分けて感染症(いわゆるばい菌やウイルスと免疫系との戦い)、自己免疫疾患(自分の免疫系が自分の身体を敵と認識し攻撃してしまう病気)、そして悪性腫瘍(がん)の3つに分けられます。手前の2つは免疫系が中心となっているのはもちろんですが、近年はがんとの闘いにおいても免疫系が需要な役割を果たしていることがわかってきています。二つ目は、免疫系は治療薬のターゲットとして狙いやすいシステムであることです。免疫細胞は全身を循環するので、経口もしくは静脈注射で薬を投与すればすぐに届きます。加えて、免疫細胞は様々なタンパク質を分泌しあって互いの機能を制御するように設計されているので、その一つに干渉するような新しい分子をデザインすることでその機能を上げたり下げたりすることができます。
3)この研究の将来性
がん免疫療法の主要なカテゴリーの一つにチェックポイント阻害というものがあります。これは免疫系のチェックポイント、つまりブレーキになっている分子の機能を阻害してやることで、免疫系の機能を高めがんと闘わせる、というものです。このチェックポイントの一つがPD-1であり、PD-1の阻害剤は数多くの種類のがんに対して有効性を示します。ただし、これは免疫系あるあるですが、一つの分子が複数の機能を持っている場合、その阻害剤がもたらす影響も多岐にわたります。私たちの研究では、PD-1が抗体免疫記憶の形成に重要な役割を担っていることを明らかにしました。抗体は感染症全般との戦いにおいて重要なもので、免疫記憶は一度感染したことのある種類の病原体に対する抗体を記憶して準備しておく仕組みです。つまり、PD-1阻害剤を使用しているがん患者の方は、病原体に対する抗体の質が下がるために感染症にかかりやすくなる可能性があるということになります。こうした知見は、PD-1阻害剤使用中の感染症の管理や予防に役立つと考えられます。
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