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執筆者の写真Jo Kubota

[論文賞]安藤 聡美/シンシナティ小児病院

Satomi Ando, Ph.D.

[分野:ジョージア・オハイオ]
(T細胞疲弊およびPD-1標的治療におけるmTORによる制御)
The Journal of Clinical Investigation, 15 November 2022

概要
抗原特異的CD8T細胞は、細胞傷害性T細胞と呼ばれ、抗原刺激によって増殖し、感染細胞や腫瘍細胞を排除する重要な免疫細胞である。しかし、慢性感染症やがんでは、持続的な抗原刺激により、抗原特異的CD8T細胞の細胞傷害活性は徐々に失われていく。最終的に、抗原特異的CD8T細胞は機能不全になり、このようなT細胞を疲弊T細胞と呼ぶ。
疲弊T細胞は、抑制性受容体のProgrammed death 1 (PD-1) を持続的に発現しており、PD-1の発現が疲弊T細胞の機能低下の主要な原因である。よって、PD-1シグナルの阻害は、疲弊T細胞の増殖を促し、かつ、その細胞傷害活性を回復する。PD-1標的治療は様々ながんで承認されているが、治療した全てのがん患者で有効なわけではなく、現行の治療を改善するために、抗原特異的CD8T細胞の疲弊化のメカニズムを解明することが重要である。
最近の研究から、疲弊CD8T細胞は、複数の細胞サブセットから成り立っていることがわかってきた。そのうちのひとつであるstem-likeサブセットは、自己複製能があり、その他すべての細胞サブセットを生み出す元となるため、疲弊T細胞の維持に重要である。また、PD-1標的治療では、stem-likeサブセットが反応し増殖すると同時に、細胞傷害活性を持つ細胞を生み出すことから、その治療効果を得ている。
mTORは、細胞増殖・機能制御に重要なリン酸化酵素であるが、疲弊T細胞での役割はまだわかっていない。そこで、本研究では、慢性ウイルス感染マウスモデルを用いて、抗原特異的CD8T細胞の疲弊化およびPD-1標的治療でのmTORシグナルの役割を調べた。
感染初期からmTORシグナルを阻害すると、抗原特異的T細胞応答が高まり、stem-likeサブセットへの分化が促進され、その数は6-8倍に増加し、その結果、増加したstem-likeサブセットがPD-1阻害によって反応し細胞障害活性を持つ細胞を生み出したことにより、その治療効果が高まった。一方で、T細胞疲弊が進行した感染後期では、mTORシグナルの阻害でT細胞応答が抑制され、その結果、ウイルス量の増加がみられた。このT細胞応答の抑制は、mTORシグナルの阻害によって、stem-likeサブセットからの細胞傷害活性を持つ細胞への分化が抑制されたからである。さらに、PD-1 標的治療でも同様に、mTORとPD-1を同時に阻害すると、stem-like サブセットから細胞傷害活性を持つ細胞を生み出す経路が阻害され、治療の効果が失われた。これらの結果から、抗原特異的CD8T細胞でのmTORシグナルは、疲弊CD8T細胞の分化を制御しており、PD-1標的治療に非常に重要である事が示された。

受賞者のコメント
この度は、論文賞を受賞することができてとても光栄に思います。私がアメリカに来て初めていただいたプロジェクトで、指導してくれた先生方やラボメンバーのおかげでやっと形にすることができました。また、論文賞の審査をしてくださった先生方およびUC-Tomorrowでの論文賞を取りまとめてくださった先生方に感謝申し上げます。

審査員のコメント
高山秀一 先生:
First 1st author paper abroad. This work is very important for understanding basic T cell biology of how T cell exhaustion occurs and how different pathways contribute. The impact of mTOR inhibition on this process is interesting and counterintuitive. This paper is given a high ranking for the combined mechanistic understanding and potential impact on clinical immunotherapy.

斧正一郎 先生:
日本での研究が先導し、画期的ながん治療法である、PD-1標的治療については、基礎的なメカニズムに不明な点も多く、治療法にも改善の余地がある。安藤氏らの研究は、ウイルス感染マウスをモデルとし、Rapamycin によるmTOR シグナル阻害のT細胞疲弊およびPD-1標的治療における影響を詳細に調べ、T細胞疲弊が起こる前は、mTOR シグナル阻害により、T細胞の応答が高まるものの、T細胞疲弊が進行すると、mTOR シグナル阻害によりT細胞の応答が抑制され、PD-1標的治療の効果も弱くなることを明らかにした。これらの結果は、PD-1標的治療においてmTOR シグナルが重要であることを示し、今後の臨床応用にも有用な情報であると同時に、基礎免疫学においても重要な新しい知見である。このインパクトの高い論文は、今後の安藤氏のキャリアにおいて重要な業績の一つとなることが期待される。

中村能久 先生:
mTOR阻害剤のRapamycinは、免疫抑制効果を持ち、臓器移植後の拒絶反応を抑制する効能がある。一方で、近年の解析から、Rapamycinが急性感染やワクチン時のメモリーT細胞の形成を増強することなどが知られている。本研究では、マウスのウイルス(LCMV)感染時におけるRapamycinの効能解析を通し、mTORがT細胞疲弊を制御している機序を明らかにしている。また、mTORが免疫チェックポイント阻害剤(PD-1阻害剤)を用いた免疫療法においてもT細胞制御に関わることを示しており、臨床学的にも応用性の高い重要な知見を見出している。

武部貴則 先生:
基本的に免疫抑制剤であると思われるmTOR阻害が、T細胞疲弊過程の初期においては、抗PD1抗体の治療効果を高めるという意外な知見を明らかとされています。しかし、疲弊が進行してしまうと、逆に効果を減弱するということなので、タイミングが重要ということが明らかになっています。多くの実験を手掛けており、今後広がりを見せている免疫療法に重要な示唆を与える成果だと思いました。栄養学的な観点で、免疫療法を強化することもできるのかもしれないと、さらなる展開にワクワクしました。

エピソード
この論文の仕事を始めた時に、ラボにはアメリカ国内外から来た20人ものポスドクたちが想像していた以上の仕事量をこなしていたこともあり、物凄いカルチャーショックを受けましたが、それと同時に、とても勉強になり大変楽しかったです。また、競合論文が出されて急遽、論文の方向性を変える事になったりと困難はありましたが、それにより私たちの研究の強みを再確認でき、とてもよい経験となりました。

1)研究者を目指したきっかけ
「医者は患者を治すが、研究者は病気を治す」という言葉を学校の先生から聞き、医学研究に興味をもったことがきっかけです。

2)現在の専門分野に進んだ理由
医学研究の中でも、病気から身を守るための防御システムに興味を持ち、免疫学の門を叩きました。

3)この研究の将来性
がんや慢性感染症などに対する治療の効果を高める事に役立つ可能性があります。
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