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[論文賞]小笠原宇弥/セントルイス・ワシントン大学

Takaya Ogasawara, Ph.D.

[分野:ミズーリ]
A primate temporal cortex-zona incerta pathway for novelty seeking
(霊長類の新奇探索行動を制御する神経メカニズムの解明)
Nature Neuroscience, December 2021

概要
私たちは強い好奇心を働かせ、新しい物事を探究することで高度な文明を築き上げました。この新奇を探索する欲求の強さはヒトの特徴の一つと言えます。特にヒトを含めた霊長類は、食料などの外部報酬と結びつかなくとも新奇の物体を探索しようとします。このような外部報酬に依らない新奇探索行動は、私たち動物が柔軟に環境を探索する上で非常に重要ですが、その神経メカニズムは明確になっていませんでした。そこで私は「外部報酬に依らない新奇探索行動の神経メカニズムの解明」をテーマに研究を行いました。研究ではマカクザルを被験動物とし、新奇探索行動を測定する行動課題を訓練しました。そして電気生理学的手法を用いて課題中のサルの脳から単一神経細胞の活動を記録しました。
従来の理論では、報酬系の中枢として知られるドーパミンニューロンが新奇探索行動を制御するとされてきました。ドーパミンニューロンは報酬の価値の情報を伝達し、動物の学習や意欲を調節する働きがあります。これらのニューロンが新奇のものを報酬の一種として処理し、新奇探索への意欲を調節するとされてきました。
しかし私は、ZIというこれまで注目されてこなかった皮質下の脳領域のニューロンが、奇探索行動を惹起するような神経シグナルを伝達することを発見しました。それに対して、ドーパミンニューロンは新奇探索に関連する活動を示しませんでした。薬理実験では、ZIを不活性化することで新奇探索行動が減少し、ZIの神経シグナルと新奇探索の因果関係が示唆されました。私はさらに実験を進め、ZIに新奇の物体に関する情報を伝達する脳領域を特定するために、十数の脳領域の活動を精査しました。その結果、側頭葉にあるAVMTCという領域が鍵となる神経シグナルを伝達することが分かりました。神経シグナルの特徴を解析したところ、AVMTCは新奇の物体を見慣れた物体から区別するシグナルを伝達し、対してZIは新奇の物体に対する運動を促進するシグナルを伝達していました。このことから、AVMTCが新奇の物体の検出シグナルをZIに伝達し、ZIがそのシグナルを運動シグナルへと変換するという神経メカニズムが示唆されました。本研究から、外部報酬に依らない新奇探索行動は、報酬処理の神経回路ではなく、AVMTC-ZIという別の神経回路により制御されることが明らかになりました。従来の理論と異なるこの研究成果は、この研究領域に新たな方向性を拓くものと期待されます。

受賞者のコメント
このような栄誉ある賞に選出いただき、大変光栄です。選考委員の先生方や関係者の皆様、そして日々研究生活を支えてくれている妻とラボの皆様に、深く感謝申し上げます。

審査員のコメント
鎌田信彦 先生:
外部報酬に依らない新奇探索行動を制御しているい新規の神経シグナル経路を同定した研究。従来の理論とは新たな理論を提唱しており、領域に与えるインパクトは大きいです。筆頭著者が責任著者を兼ねていることも好評価の理由です。

佐々木洋 先生:
霊長類における報酬に依存しない新奇探索行動を支配する神経回路を、行動課題、薬理、電気生理による単一神経細胞の活動測定などにより明らかにした画期的な研究である。従来提唱されていた報酬系の中枢であるドーパミンニューロンではなく、皮質ZIニューロンが新奇探索行動の制御に関わることを示した。さらに側頭葉にあるAVMTCという領域が新奇の物体の検出シグナルをZIに伝達し、ZIがそのシグナルを運動シグナルへと変換する神経回路が新奇探索行動を制御する事を発見した。技術的に困難な手法を駆使して、従来の定説と異なる新しい新奇探索行動に関わる神経回路を同定した重要な研究で、既に多数回引用されている。

エピソード
研究者にとっては常のことかもしれませんが、論文のストーリーに辿り着くまでには紆余曲折がありました。もともとの仮説に基づいて脳活動を調べていましたが思ったような結果が見られず、どうしたものかと思っていました。しかし探索を続けるなかで、これまで全く注目されてこなかった脳領域から大変興味深い結果が得られました。その結果は元の仮説から予想されるものとは違いましたが、より魅力的でした。それをもとに仮説を練り直し、それを検証する実験を地道に重ね、そして多くのラボメンバーの協力があり論文発表にこぎ着けました。予想と異なる結果は頭を悩ませるものではありますが、そこから導かれる常識の逆転、思考の転換には、科学は面白い、不思議だなと思わされます。

1)研究者を目指したきっかけ
幼い頃に身の回りに科学の本があったことから科学を身近に感じていたのかなと思います。科学にロマンのようなものを感じていて、小学生の頃は宇宙にロマンを感じ天文学者になると無邪気に言っていました。多少知恵をつけて宇宙が物理法則によって支配されていると知ると今度は物理学者になると言い始めました。研究者として働いている現在は、科学はロマンというよりは地道な一歩一歩の前進だなと実感する次第です。

2)現在の専門分野に進んだ理由
高校生の頃まで天文学者になる、物理学者になると豪語していたわけですが、そもそも世界を観察し、そこに法則を見い出し、数式を当てはめ、利用している人間とは何なんだろうと思い始めました。私たちが最終的に問うことは、哲学で探究されるところの、人間とは、自分とはなにか、ではないかと思い、この問いに対する科学的なアプローチとして神経科学を志しました。

3)この研究の将来性
この研究ではこれまで知られていなかった好奇心の神経メカニズムを明らかにしました。この知見は、好奇心の減退が症状として見られる精神・神経疾患の原因と治療法の解明に寄与すると期待しています。
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