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執筆者の写真cheironinitiative

[論文賞] 小野和也 /University of Chicago

Kazuya, Ono Ph.D.

レチノイン酸の分解による内耳前庭器官の局所パターニングと加加速度への感受性の形成

Retinoic acid degradation shapes zonal development of vestibular organs and sensitivity to transient linear accelerations

Nature communications

2020年1月


一点を見つめたまま、頭部を上下左右に揺らした場合、像がぼやけず保たれる現象を体験することができる。また猫が背中から落ちた場合、必ずと言っていいほどお腹から着地する。これらの現象は随意的ではなく、内耳前庭器官由来の素早い反射(それぞれ、前庭動眼反射:VOR または前庭脊髄反射:VSR) が関与し不随意に行われている。このように前庭器官は頭部の位置情報を素早く中枢に伝えることにより脊椎動物の平衡感覚の維持に重要な役割を担っている。その機能障害は、目眩だけでなく転倒といった臨床上大きな問題となるリスク要因となり得る。しかし、前庭機能の日常生活における重要性にも関わらずその発生メカニズムや病態生理は十分に明らかになっていない。


本研究では、哺乳類の5つの前庭感覚器官に存在する特殊な領域(striola/central zone)の発生がレチノイン酸分解酵素の一つであるCyp26b1を介した低レベルのレチノイン酸シグナルにより制御されていることを明らかにした。更に、これらの領域を欠損し且つ生存可能なCyp26b1コンディショナルノックアウト (Cyp26b1 cKO) マウス を作製し前庭機能の解析を行った。その結果、Cyp26b1 cKOマウスではVORに大きな影響は観察されなかった。一方、VsEPと呼ばれる前庭由来複合活動電位を調べたところ、これらの領域が頭部の加速度の変化 (加加速度:jerk)の検出に重要な役割を担っていることが明らかになった。大きな加加速度は生物に不快感をもたらすとされており、急激に車のアクセルやブレーキを踏んだ際に体感できる。このようにstriola/central zoneは加加速度を中枢に伝えることにより平衡感覚の維持に寄与していると考えられる。更に、Cyp26b1 cKOマウスでは頭部の素早い揺れが観察され、頭部の安定化にも関与していることが示された。この表現型に関しては、VSR等の機能不全が関与している可能性があり更なる検討が必要である。総じて、これらの結果は内耳の発生生物学において非常に有意義な知見をもたらしただけでなく、臨床における前庭機能の診断や治療に応用できる可能性がある。


審査員のコメント:

感覚器官の発生や機能を遺伝子的に説明した面白い論文です。今後の研究でヒトとの関連などを調べることを期待します。(石原先生)


前庭機能障害の発生メカニズムや病態生理学的意義を明らかにした、非常にインパクトのある研究内容です。(牛島先生)


受賞コメント: 今回の論文は現在の所属先であるシカゴ大学における成果ではなく、メリーランド州にあるNIHで6年間研究を続けて得られたものになります。この論文を書くのに苦労の連続でしたが、優秀賞という名誉ある賞を頂くことができ、非常に光栄で報われた思いです。また、自分の研究内容を日本の研究者や一般の方に知ってもらう機会がなかったため、この賞が良いきっかけになればと思っております。これを機に初心に帰り、シカゴでも良い成果をあげれるよう頑張ろうという気持ちです。 エピソード: 前任のポスドクが論文の種となる表現系を既に確認していたのだが、何故か再現性がなく、後任の私がプロジェクトの一つとして調べてみることになった。その結果、表現系が問題なく出て、大きなプロジェクトへと発展していった経緯がある。恐らくマウスのstrainにより変わってくるものと考えられるが、良いプロジェクトに携われるかの運も非常に重要であると感じた瞬間である。実際、ボスは研究者として成功するには1)hardworking、2)smart、3)luckの内2つが必要と言っていたのを良く覚えており、私はhardworkingとluckでこの論文を仕上げられたと実感している。 高校生からの質問: 1)研究者を目指したきっかけを教えてください  薬剤師の資格を得たものの、まだまだ薬で治せない病気がある現実より研究者になって新たな治療法を開発したいと思ったため 2)現在の専門分野に進んだ理由を教えてください  難聴や平衡感覚異常を引き起こす内耳障害の治療法を開発したいと思ったため 3)この研究が将来、どんなことに役に立つ可能性があるのかを教えてください。  臨床における前庭機能評価に役立つ可能性がある。また、iPS細胞などから特定の有毛細胞種を選択的に作製できるようになる可能性がある。

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