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[論文賞]平塚 健/マサチューセッツ総合病院

Ken Hiratsuka, M.D., Ph.D.

[分野:TeamWADA]
(Organoid-on-a-chipを用いたARPKD疾患モデリングと新規治療薬の同定)
Science Advances, September 2022

概要
近年、ヒト多能性幹細胞 (human pluripotent stem cell; hPSC)から分化誘導した腎臓オルガノイドを用いて常染色体劣性多発性嚢胞腎 (Autosomal recessive polycystic kidney disease; ARPKD)の疾患モデリングが報告されたが、形成された嚢胞は近位尿細管を主体としており、ヘンレ係蹄から集合管に形成されるとされる臨床像とは異なっていた。そこで我々は、3D bioprinting 技術でプリントしたチップ上で腎臓オルガノイドを培養し、ヒト生体内の生理的環境を模倣する流動培養システム(Organoid-on-a-chip)により病態を再現すると共に、ARPKDの新規治療標的を同定することを目的とした。
遺伝子編集技術CRISPR-Cas9を用いて、ARPKDの原因遺伝子であるPKHD1のhomozygousノックアウト細胞株を、hPSCより作成した。腎臓オルガノイドは我々の研究室で確立した手法を用いて分化誘導し、静置培養あるいは流動培養を行った。コントロールの腎臓オルガノイド及び嚢胞形成した腎臓オルガノイドは免疫染色、3次元画像解析、トランスクリプトーム解析により評価した。新規治療薬候補である化合物をPKHD1遺伝子編集hPSC由来腎臓オルガノイドに添加し治療効果を判定した。
流動培養システムにより培養をしたところ、臨床所見に合致した表現型であるCDH1陽性の遠位側ネフロンでの嚢胞形成を確認した。トランスクリプトーム解析により、これまで静置培養では同定されなかった229のシグナルパスウェイを同定した。これらのうちメカノセンシングに関与する分子であるRAC1とFOSが新規治療標的となり得ることがヒトARPKD組織サンプルの免疫染色で判明した。さらに、これらを標的とし、他疾患にアメリカ食品医薬品局で認可されている薬剤及び臨床研究に使用された薬剤が嚢胞縮小効果を持つことをOrganoid-on-a-chipの系で確認した。
RAC1及びFOSを介したメカノセンシングシグナルがARPKDの嚢胞形成に関与していることが明らかになった。腎臓Organoid-on-a-chipモデルは生体内の微小環境を再現し、疾患の病態機序の解明と新規治療標的の発見を可能にする新規プラットフォームとなり得る。

受賞者のコメント
この度は、UJA論文賞を受賞でき大変光栄です。審査員の先生方に、快く留学に送り出して下さった伊藤裕教授に、メンターの森實先生とJennifer Lewisに、留学中に知り合った沢山の仲間達に、日本から支えてくれた友人達に、そして、応援してくれた家族に、心から感謝しています。

審査員のコメント
太田壮美 先生:
常染色体劣性多発性嚢胞腎のin vitroモデルを作成し、FDA認証済みの治療薬の作用機序・治療効果を検証している論文である。筆者が記している通りヒト幹細胞培養技術により3D組織構造を持つヒトオルガノイドの再生技術は近年急速に進んでいるが、molecularレベルでは実際のヒト実質臓器のそれとはまだ機能的に「再現」しているとは言えず生理学的な検証を行うに十分な類似性を持つには至っていない。そこで筆者らはオルガノイドモデルと臓器オンチップ技術を組み合わせオルガノイドオンチッププラットフォームを樹立した。本研究ではそれが多発性嚢胞腎のin vitroにおける生理学的に適切なモデルであると客観的に証明されており非常に意義深いと思われる。既知のF D A認証済みの治療薬の効果検証においては、小児期にも使用し得るかもしれないR-naproxenに嚢胞形成の抑制作用があることを示唆した検証結果は非常に今後の臨床応用を期待させるものである。新規性、将来性の高い優れた研究であると思われる。

北原大翔 先生:
腎臓Organoid-on-a-chipモデルという新たな技術を活用して腎疾患の病態機序の解明と新規治療標的発見の可能性を高めた平塚らの研究は非常に価値のあるものだと思います。

塚越隼爾 先生:
腎臓流動培養システムを用いてARPKDの新規治療標的を同定する、という目標を達成されている上に、他分野に応用できる可能性の高さという点でも学術的価値の高い内容だと思います。

エピソード
留学の成功を、業績、つまり論文のアクセプトとするのであれば、効率良く、時間をかけ、常に学び、協調性を保ちながら、やり通す力 (Grit)、そして、運が必要です。業績を出した研究者の友人達は例外なく、これらの能力に長けていました。しかし、私にとって留学生活の醍醐味は業績をあげることのみではありませんでした。ラボ内外の世界中から集まった仲間達との関わりの中で、私は多様性を肌で感じ、自身の価値観を見直し、次の人生のステップに進む手がかりを得ることができました。論文を海外で仕上げる魅力はそこにあったのかも知れません。

1)研究者を目指したきっかけ
私は、毎日同じ思考回路で考えることは退屈なので嫌いです。未だ誰も知らないことを解明することは自分の世界が広がるので、新鮮でエキサイティングだと考え、研究者を目指しました。

2)現在の専門分野に進んだ理由
以前から再生医療に強い興味を抱いており、その研究ができる専門科を選ぶことにしました。すると、選択肢として心筋を再生する循環器内科、あるいは、腎臓を再生する腎臓内科が残りました。私が入局した2012年当時、心筋再生は既に報告されていたため、まだ誰も成し遂げていない領域の多い腎臓内科を選びました。

3)この研究の将来性
再生医学の可能性は、移植できる臓器を作ること、疾患モデルからの創薬研究、個々の細胞の機能解析等、多岐に渡ります。本研究では、より生体内に近い環境でミニ腎臓を培養することで、これまで動物モデルでは十分に模倣できなかった病態を再現し、新規治療標的の発見と、ヒトへの臨床試験にダイレクトに繋がり得る薬剤を同定することができました。動物モデルでできること、オルガノイドモデルでできることをバランス良く使い分けることで、将来的に創薬研究の手段の選択肢がより広がると考えられます。
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