Jo Kubota2023年4月9日読了時間: 5分[論文賞]杉原 康平/ミシガン大学 Kohei Sugihara, Ph.D.[分野:ミシガン]Mucolytic bacteria license pathobionts to acquire host-derived nutrients during dietary nutrient restriction (炎症環境下における食事―腸内細菌の相互作用の解明)Cell Reports, Julyh 2022概要 炎症性腸疾患(IBD)は原因不明の難治性疾患であり、近年発展途上国を中心に患者数が増加している。IBDの病態には腸内細菌が深く関与しており、特定の病原性細菌が増加していることが報告されている。我々の研究室では、病原性細菌である接着性侵入性大腸菌 (AIEC)が自身の代謝をセリン代謝に変化させることで腸炎環境下における増殖優位性を獲得することを発見し、食事由来のセリンを制限することで炎症期におけるAIEC増加を抑制できることを報告した。しかし、食事と腸内細菌の相互作用は複雑であり、SPF環境下のマウスに食事性セリンを制限し腸炎を誘導すると、AIEC様の大腸菌が増加し炎症が悪化することが判明した。本研究は、なぜSPF環境下では食事性セリンの制限によってAIECが増加し腸炎が悪化するのか、そのメカニズムの解明を試みた。 無菌環境下あるいは抗生物質投与マウスでは、食事性セリン制限による炎症の悪化が見られないことから特定の細菌が炎症の悪化に関与することが考えられた。そこで腸内細菌の変化を解析したところ、食事性セリン制限時にAIEC様の大腸菌とムチン分解細菌であるAkkermansia muciniphilaが増加していた。このAIECとA. muciniphilaの相互作用を評価した結果、A. muciniphilaは腸上皮を覆っているムチンバリアを分解し、AIECが腸上皮に接着するのを促進した。また、ノトバイオートマウスを用いた実験では、食事性セリン制限による炎症の悪化は腸内細菌依存的であり、AIECとA. muciniphilaの共存在下でのみ炎症の悪化が確認された。AIECは上皮へ接着後、宿主から栄養源としてセリンを利用して増加しており、食事性セリン制限はAIECのセリン代謝依存的に腸炎を悪化させていることが示された。 以上の結果より、ムチン分解細菌が存在する場合、AIECは食事性セリン制限下であっても宿主細胞からセリンを利用することで消化管内で増殖し腸炎を悪化させることが示された。炎症環境下における食事―腸内細菌の相互作用は非常に複雑であり、消化管内に存在する細菌構成によって食事介入の効果が異なることが考えられた。本研究成果は、個人の腸内細菌に応じた食事介入がIBD患者に必要であることを示唆しており、IBD分野における”Precision Nutrition”を確立するための科学的基盤になることが期待される。受賞者のコメント この度は、論文賞という栄誉ある賞を授与していただきありがとうございます。留学直後は慣れない土地での暮らしに苦労しましたが、鎌田先生や同僚の方、共同研究者の方に支えていただき研究成果を出すことができました。論文を評価してくださった審査員やUJAの運営委員の先生方に御礼申し上げます。審査員のコメント小野陽 先生: この研究では通常のマウスとSPFマウスで食事性セリンの制限を行った時の接着性侵入性大腸菌 (AIEC)による腸炎悪化の傾向が逆になるという現象をさらに深く掘り下げることによりムチン分解細菌の役割を明らかにしました。おそらくは予想と異なる結果を得た段階で、きっちりとその理由を追求することで、さらなる新知見を得るという好例です。IBD患者のための食事介入のやり方についても示唆に富む論文だと思われます。 松本真典 先生: これまで炎症性腸疾患の病態に食事の重要性が示唆されていましたが、そのメカニズムの多くは不明なままでした。しかし、応募者らは、食事由来セリンが大腸菌やムチン分解細菌の減少を引き起こして腸炎を抑制することをマウスを用いて明らかにしました。今後、食事由来セリンがムチン分解細菌を抑制するメカニズムや炎症性腸疾患の患者でもセリンを含んだ食事を提供することで腸炎が抑制されるのかなどのさらなる研究の発展が期待されます。エピソード 日本では栄養学を専攻していましたが、食事が病気に及ぼす影響をより詳細に研究するために食事と腸内細菌の相互作用の研究を始めました。パンデミックで数ヶ月実験ができない時もあり、このプロジェクトを始めて論文になるまで5年かかってしまいました。しかし、指導者である鎌田先生をはじめ、同僚の方や共同研究者の方に支えられ無事に研究成果を論文にすることができました。また、研究だけでなく同じミシガン大学に留学されていた様々な分野の研究者の方達と交流できたのはとても大切な思い出です。言語や文化の違う土地で研究をすることは大変なことも多いですが、それ以上の価値のあるものを得られる可能性があると思います。1)研究者を目指したきっかけ 食事が病気に関わることはよく知られていますが、なぜ食事が病気に影響するのか詳しいことはあまりわかっていません。わかっていないことを自分で明らかにするのはとても面白く、研究者の道に進むことにしました。2)現在の専門分野に進んだ理由 病気で入院した際に、管理栄養士の人に栄養指導を受けたのがきっかけです。食事についてどんな些細なことでもいつも笑顔で回答してくれる姿に憧れ、栄養学の分野に進むことにしました。食事は生きていく上で必要不可欠で、栄養学の勉強は自分の生活にも応用ができるのでとても面白いです。3)この研究の将来性 この研究では、食事と腸内細菌の相互作用が腸炎に及ぼす影響について調べています。食事が腸炎に及ぼす影響はとても複雑で、同じ食事でも腸内細菌の種類によって病気への影響が異なることを明らかにしました。将来的には患者さんの腸内細菌を調べて、個々の患者さんにあった食事療法を提案できるようになるかもしれません。
Kohei Sugihara, Ph.D.[分野:ミシガン]Mucolytic bacteria license pathobionts to acquire host-derived nutrients during dietary nutrient restriction (炎症環境下における食事―腸内細菌の相互作用の解明)Cell Reports, Julyh 2022概要 炎症性腸疾患(IBD)は原因不明の難治性疾患であり、近年発展途上国を中心に患者数が増加している。IBDの病態には腸内細菌が深く関与しており、特定の病原性細菌が増加していることが報告されている。我々の研究室では、病原性細菌である接着性侵入性大腸菌 (AIEC)が自身の代謝をセリン代謝に変化させることで腸炎環境下における増殖優位性を獲得することを発見し、食事由来のセリンを制限することで炎症期におけるAIEC増加を抑制できることを報告した。しかし、食事と腸内細菌の相互作用は複雑であり、SPF環境下のマウスに食事性セリンを制限し腸炎を誘導すると、AIEC様の大腸菌が増加し炎症が悪化することが判明した。本研究は、なぜSPF環境下では食事性セリンの制限によってAIECが増加し腸炎が悪化するのか、そのメカニズムの解明を試みた。 無菌環境下あるいは抗生物質投与マウスでは、食事性セリン制限による炎症の悪化が見られないことから特定の細菌が炎症の悪化に関与することが考えられた。そこで腸内細菌の変化を解析したところ、食事性セリン制限時にAIEC様の大腸菌とムチン分解細菌であるAkkermansia muciniphilaが増加していた。このAIECとA. muciniphilaの相互作用を評価した結果、A. muciniphilaは腸上皮を覆っているムチンバリアを分解し、AIECが腸上皮に接着するのを促進した。また、ノトバイオートマウスを用いた実験では、食事性セリン制限による炎症の悪化は腸内細菌依存的であり、AIECとA. muciniphilaの共存在下でのみ炎症の悪化が確認された。AIECは上皮へ接着後、宿主から栄養源としてセリンを利用して増加しており、食事性セリン制限はAIECのセリン代謝依存的に腸炎を悪化させていることが示された。 以上の結果より、ムチン分解細菌が存在する場合、AIECは食事性セリン制限下であっても宿主細胞からセリンを利用することで消化管内で増殖し腸炎を悪化させることが示された。炎症環境下における食事―腸内細菌の相互作用は非常に複雑であり、消化管内に存在する細菌構成によって食事介入の効果が異なることが考えられた。本研究成果は、個人の腸内細菌に応じた食事介入がIBD患者に必要であることを示唆しており、IBD分野における”Precision Nutrition”を確立するための科学的基盤になることが期待される。受賞者のコメント この度は、論文賞という栄誉ある賞を授与していただきありがとうございます。留学直後は慣れない土地での暮らしに苦労しましたが、鎌田先生や同僚の方、共同研究者の方に支えていただき研究成果を出すことができました。論文を評価してくださった審査員やUJAの運営委員の先生方に御礼申し上げます。審査員のコメント小野陽 先生: この研究では通常のマウスとSPFマウスで食事性セリンの制限を行った時の接着性侵入性大腸菌 (AIEC)による腸炎悪化の傾向が逆になるという現象をさらに深く掘り下げることによりムチン分解細菌の役割を明らかにしました。おそらくは予想と異なる結果を得た段階で、きっちりとその理由を追求することで、さらなる新知見を得るという好例です。IBD患者のための食事介入のやり方についても示唆に富む論文だと思われます。 松本真典 先生: これまで炎症性腸疾患の病態に食事の重要性が示唆されていましたが、そのメカニズムの多くは不明なままでした。しかし、応募者らは、食事由来セリンが大腸菌やムチン分解細菌の減少を引き起こして腸炎を抑制することをマウスを用いて明らかにしました。今後、食事由来セリンがムチン分解細菌を抑制するメカニズムや炎症性腸疾患の患者でもセリンを含んだ食事を提供することで腸炎が抑制されるのかなどのさらなる研究の発展が期待されます。エピソード 日本では栄養学を専攻していましたが、食事が病気に及ぼす影響をより詳細に研究するために食事と腸内細菌の相互作用の研究を始めました。パンデミックで数ヶ月実験ができない時もあり、このプロジェクトを始めて論文になるまで5年かかってしまいました。しかし、指導者である鎌田先生をはじめ、同僚の方や共同研究者の方に支えられ無事に研究成果を論文にすることができました。また、研究だけでなく同じミシガン大学に留学されていた様々な分野の研究者の方達と交流できたのはとても大切な思い出です。言語や文化の違う土地で研究をすることは大変なことも多いですが、それ以上の価値のあるものを得られる可能性があると思います。1)研究者を目指したきっかけ 食事が病気に関わることはよく知られていますが、なぜ食事が病気に影響するのか詳しいことはあまりわかっていません。わかっていないことを自分で明らかにするのはとても面白く、研究者の道に進むことにしました。2)現在の専門分野に進んだ理由 病気で入院した際に、管理栄養士の人に栄養指導を受けたのがきっかけです。食事についてどんな些細なことでもいつも笑顔で回答してくれる姿に憧れ、栄養学の分野に進むことにしました。食事は生きていく上で必要不可欠で、栄養学の勉強は自分の生活にも応用ができるのでとても面白いです。3)この研究の将来性 この研究では、食事と腸内細菌の相互作用が腸炎に及ぼす影響について調べています。食事が腸炎に及ぼす影響はとても複雑で、同じ食事でも腸内細菌の種類によって病気への影響が異なることを明らかにしました。将来的には患者さんの腸内細菌を調べて、個々の患者さんにあった食事療法を提案できるようになるかもしれません。
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