Yuki Matsushita D.D.S., Ph.D
骨再生機構における新たな再生メカニズムの発見
https://www.nature.com/articles/s41467-019-14029-w
Nature Communications
A Wnt-mediated transformation of the bone marrow stromal cell identity orchestrates skeletal regeneration
accepted on 12/12/2019
骨は多彩な機能を営む重要な器官である。その主な機能は骨格としての体の支持および運動機能の発揮であるが、成体における唯一の造血の場である骨髄を形成し、生命活動の維持に多大な貢献をしている。その中で、骨髄中には組織幹細胞の一種である骨髄間葉系幹細胞が存在すると言われており、骨の成長と維持、骨折の治癒などに貢献すると考えられてきた。間葉系幹細胞は、1)自己複製能と2)軟骨細胞、骨芽細胞、脂肪細胞への多分化能を併せ持つ細胞として定義される。骨折の治癒に焦点を当てると、骨折後、間葉系幹細胞が骨再生部位に凝集し、強力に自己複製を繰り返しながら、軟骨細胞、そして骨芽細胞へ分化することで骨折の治癒に寄与すると考えられている。しかしながら、そもそも間葉系幹細胞が定常状態で骨髄のどこに存在するのか、また骨再生時にどのように間葉系幹細胞が凝集し、骨再生に寄与するかは全く明らかにされていなかった。近年、骨髄中に存在するCXCL12陽性骨髄間質細胞(CXCL12-abundant reticularcells: CAR細胞)の一部が間葉系幹細胞である可能性がin vitroの実験系ではあるものの報告された。そこでわれわれはin vivoにおけるCAR細胞のダイナミクスを解析するため、Cxcl12-creERマウスを新規に作出し、CAR細胞およびその系譜細胞を蛍光分子tdTomatoで標識することで細胞系譜追跡を行った。予想に反して、骨の成長期および成長後の定常状態においては、CAR細胞は増殖も分化もせず骨髄にとどまっており、幹細胞というよりはむしろ終末分化した細胞であることが明らかとなった。一方、骨再生時にはCAR細胞は間葉系幹細胞様の特徴を持つ細胞に脱分化し、その上で骨芽細胞へ再分化することが分かった。同時に骨再生時にはCAR細胞だけでなく様々な細胞がそれぞれ骨芽細胞に分化していることが明らかとなった。これまで骨折の治癒などの骨再生過程では、分化のヒエラルキーの頂点に位置する、唯一絶対の存在である間葉系幹細胞が骨再生を引き起こすと考えられていたが、本研究によりCAR細胞や骨芽細胞前駆細胞など様々な細胞が可塑性によって間葉系幹細胞様の性質を得て、さらに骨芽細胞へ分化することによって骨再生を引き起こすという新たなメカニズムが明らかとなった。
審査員コメント
骨は単に体を支える道具として誤解されていることも多いが、実際には複数の細胞種が微細に働きあって作りあげられる、かつ誕生後も引き続き組織構築と組織代謝が継続する大変ダイナミックな組織である。ちょっと考えればわかることだが(考えない人が多いのは極めて残念であるが)、損傷後に完全に元の形、機能を回復する組織は骨だけである。似たような組織の歯がこれとは全く異なる他の極端に位置するのも興味深い。近年、骨組織に幹細胞が存在することが報告されトピックスとなっている。筆頭著者は組織中に隠れている幹細胞が骨折治癒の際に重要な働きをするという仮説に立ち、これがCAR細胞と呼ばれる間葉系細胞であることを示した。CAR細胞は発生初期に登場するが組織損傷が起こるまでは比較的静かである。損傷によって脱分化し、治癒に関わるというこれまで知られている幹細胞とは異なる動きをすることが示されたところが再生を理解するコンセプトとしても新しい知見である。骨は大きく外側の硬いチューブ状の皮質骨と内部のスポンジのような海綿骨に分類されるが薬剤の効果やノックアウトマウスの表現型はこの二つで大きく異なることがある。著者らの発見により、これら違いの理由が明らかになる可能性が期待される。また、この論文は最初の投稿から数年間に及ぶレビューアとの大バトルの末にアクセプトされたものである。著者の精神力とサイエンスに対する真摯な態度を大きく評価したい。(三品裕司先生)
CXCL12陽性骨髄間質細胞の骨再生時の働きを解析した論文です。本細胞の骨再生時の動態をfate-mapping技術や単一細胞RNAシーケンス解析などの手法を用いてエレガントかつ興味深い論文だと思います。(鎌田信彦先生)
受賞コメント
この度はUJA論文賞をいただき、大変光栄に思います。はじめに今回のUJA論文賞を取りまとめていただいた先生方、ならびに審査員の先生方に感謝を申し上げます。今回の論文の研究内容は、私が渡米直後から行っており、4年が経過し、待望のFirst authorの論文になりました。私はもともと歯科/口腔外科の臨床を行っており、歯周病や癌による顎骨切除などによって失った骨をどのように再生させるのか、ということが臨床家としても研究者としても自分がずっと興味を持って取り組んできたテーマでした。今回の研究内容によって、骨再生のメカニズムの一端を明らかにすることができたと思いますが、まだまだ分かっていないことは多く、引き続き骨の形成、再生における骨格幹細胞とその周辺について解明していきたいと思っています。最後に、ご指導いただいた小野法明先生をはじめ、サポートいただいた皆様にはこの場を借りて感謝申し上げます。
論文裏話・エピソード
最初に投稿してから論文のアクセプトまで1年半程度を要しました。その間、複数の雑誌でレビューに進んだ上でのリジェクトを繰り返したため、その都度追加実験を行い、結果的に厚みのある自信の持てる内容に仕上げることができたので査読者にはとても感謝しています。と今では冷静に振り返ることができますが、その当時は非常に苦しく、精神的にタフになれたと思います。留学して1本目の論文がなかなか出ない苦しさは多くの方が経験されるところだと思いますが、自分にとってこの経験は今後の糧となりそうです。
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