cheironinitiative2022年4月21日読了時間: 5分[論文賞]松本 真典/ミシガン大学Masanori Matsumoto, M.D., Ph.D.[分野2:免疫アレルギー]Interaction between Staphylococcus Agr virulence and neutrophils regulates pathogen expansion in the skin (黄色ブドウ球菌が引き起こす皮膚炎の発症メカニズムの解明)Cell Host & Microbe, 9 June 2021概要 皮膚は生体の最外層に位置する人体において最大の臓器であり,細菌の侵入や外部の刺激から体を守るための物理的バリアとして重要な役割を果たす。黄色ブドウ球菌は健常人の皮膚にはほとんど存在しないが、アトピー性皮膚炎や伝染性膿痂疹(とびひ)、皮膚膿瘍等の皮膚炎の病原菌として知られる。これまで皮膚黄色ブドウ球菌の役割は主に皮下感染マウスモデルを用いて行われていたために、皮膚表面に局在する黄色ブドウ球菌の役割はほとんど不明であった。そこで、本研究では我々が近年確立した黄色ブドウ球菌の表皮感染マウスモデルを皮下感染モデルと比較検討することにより、黄色ブドウ球菌が引き起こす皮膚炎の発症メカニズムの解明を試みた。 まず免疫細胞の一つとして知られる好中球を欠損するマウスの皮下へ黄色ブドウ球菌を感染させたところ、皮膚膿瘍の形成を引き起こす黄色ブドウ球菌を好中球が貪食して殺菌することを見出した。一方、黄色ブドウ球菌を表皮感染させた際には、好中球が感染部位へ浸潤して表皮の肥厚を伴う皮膚炎を惹起した。次に、黄色ブドウ球菌が皮膚炎を引き起こす毒素の同定を試みた。黄色ブドウ球菌はクオラムセンシングと呼ばれる細菌の密度を感知して毒素などの病原性因子を発現するシステムを有している。そこで、黄色ブドウ球菌のクオラムセンシングを制御するAgrと呼ばれる遺伝子を欠損する黄色ブドウ球菌をマウスの皮下および皮膚表面へ感染させたところ、皮膚炎は全く観察されなかった。また、Agr遺伝子により発現が制御される毒素の一つであるPSMaを欠損する黄色ブドウ球菌を感染させた際にも、Agrを欠損する黄色ブドウ球菌と同様に炎症が惹起されなかった。 以上の結果から、皮膚表面の黄色ブドウ球菌はAgr依存的にPSMaを産生することで好中球の浸潤を介した皮膚炎を惹起したが、皮下の黄色ブドウ球菌は好中球に貪食された後にAgrの活性化に伴ってPSMaを産生し、好中球による菌の排除から回避することで皮膚膿瘍を形成することが明らかとなった。このように黄色ブドウ球菌の皮膚感染部位の違いにより好中球の役割や惹起される皮膚炎は全く異なることから、本研究は黄色ブドウ球菌により惹起される皮膚炎に対する病態理解および新規治療法の開発に繋がることが期待される。受賞者のコメント この度はUJA論文賞を授与していただき、誠にありがとうございます。この賞を受賞できたのは、共同研究者や家族などの多くの人からの助けがあったからこそだと思っています。今後は、この研究をさらに発展させて、新しい知見を報告できるように努力していきたいと思います。審査員のコメント後藤義幸 先生: 代表的な皮膚感染症であるStaphylococcus aureusの、皮膚への侵入や増殖に関わる細菌因子ならびに宿主免疫システムの詳細、特に好中球の重要性を明らかにした点で、細菌学的にも免疫学的にも価値の高い論文です。また、本論文は常在菌でもあるS. aureusの健常人における共生機構ならびに免疫不全患者における感染機構の一端を示しています。将来的には、本論文で着目しているAgrやSaeR/S、PSMaをターゲットとした新規治療法の開発が期待されます。倉島洋介 先生: アトピー性皮膚炎や伝染性膿痂疹、皮膚膿瘍等の原因菌である皮膚黄色ブドウ球菌について、新たに表皮感染マウスモデルを用いた研究であり、抗体投与、Floxマウス、改変菌の解析など綿密に組み立てられたデータに基づく研究成果である。応募者がCorresponding Authorである点も評価できる。クオラムセンシングを制御するAgrを同定しており、黄色ブドウ球菌により惹起される皮膚炎に対する病態理解および新規治療法の開発に繋がり評価できる。皮膚表面と皮下において黄色ブドウ球菌に対する感染防御プロセスが異なるという新しい視点は研究領域のさらなる深化に貢献する可能性を有する。足立剛也 先生: 近年の解析技術の革新により、interfaceの解像度は高まり、layer毎の多様性が明らかとなっている。本研究は、皮膚に焦点を当て、特に表皮における細菌感染の病態を解明し、新規治療法の開発につながるものである。その研究戦略は、皮膚のみならず、広く体表における解析に適応できるものであることから、分野の壁を超えるインパクトは非常に大きいと考えられ、論文賞に合致するものと評価される。エピソード 日本にいた時は免疫に関する研究を行っていましたが、留学後は新たな知識・技能を得るために細菌を扱う研究テーマに取り組みました。不慣れなこともあり、このプロジェクトを開始してから論文がアクセプトされるまでに5年も費やしてしまいました。今思えば、もっと効率よく実験を進めることができたのではと思いますが、同僚達と議論して右往左往しながら研究を進めることができた経験は良い思い出です。異なる言語や文化、環境に身を置くことは、研究のみならず、その後の人生においても貴重な経験になると思いますので、ご興味のある方は是非とも留学をしていただければと思います。 1)研究者を目指したきっかけ 高校生の時に、日本人研究者がノーベル賞を受賞した内容に関する本を読んで、研究に興味を持つようになりました。その後、世の中で分かっていないことを自分が最初に発見できれば面白いのではないかと思い、研究者になることを目指しました。2)現在の専門分野に進んだ理由 免疫システムは細菌やウイルスから体を守るために重要な役割を果たしています。免疫学を理解することで、感染症に対する新たな治療薬を開発できるのではと思い、免疫学者になることを決めました。3)この研究の将来性 この研究では、黄色ブドウ球菌が皮膚表面に局在するか、あるいは皮下に侵入するかによって、免疫細胞の役割や引き起こされる皮膚炎が全く異なることが明らかとなりました。これらの結果は、将来、皮膚の細菌感染症に対する病態の理解や新規治療法の開発に繋がるのではないかと考えています。
Masanori Matsumoto, M.D., Ph.D.[分野2:免疫アレルギー]Interaction between Staphylococcus Agr virulence and neutrophils regulates pathogen expansion in the skin (黄色ブドウ球菌が引き起こす皮膚炎の発症メカニズムの解明)Cell Host & Microbe, 9 June 2021概要 皮膚は生体の最外層に位置する人体において最大の臓器であり,細菌の侵入や外部の刺激から体を守るための物理的バリアとして重要な役割を果たす。黄色ブドウ球菌は健常人の皮膚にはほとんど存在しないが、アトピー性皮膚炎や伝染性膿痂疹(とびひ)、皮膚膿瘍等の皮膚炎の病原菌として知られる。これまで皮膚黄色ブドウ球菌の役割は主に皮下感染マウスモデルを用いて行われていたために、皮膚表面に局在する黄色ブドウ球菌の役割はほとんど不明であった。そこで、本研究では我々が近年確立した黄色ブドウ球菌の表皮感染マウスモデルを皮下感染モデルと比較検討することにより、黄色ブドウ球菌が引き起こす皮膚炎の発症メカニズムの解明を試みた。 まず免疫細胞の一つとして知られる好中球を欠損するマウスの皮下へ黄色ブドウ球菌を感染させたところ、皮膚膿瘍の形成を引き起こす黄色ブドウ球菌を好中球が貪食して殺菌することを見出した。一方、黄色ブドウ球菌を表皮感染させた際には、好中球が感染部位へ浸潤して表皮の肥厚を伴う皮膚炎を惹起した。次に、黄色ブドウ球菌が皮膚炎を引き起こす毒素の同定を試みた。黄色ブドウ球菌はクオラムセンシングと呼ばれる細菌の密度を感知して毒素などの病原性因子を発現するシステムを有している。そこで、黄色ブドウ球菌のクオラムセンシングを制御するAgrと呼ばれる遺伝子を欠損する黄色ブドウ球菌をマウスの皮下および皮膚表面へ感染させたところ、皮膚炎は全く観察されなかった。また、Agr遺伝子により発現が制御される毒素の一つであるPSMaを欠損する黄色ブドウ球菌を感染させた際にも、Agrを欠損する黄色ブドウ球菌と同様に炎症が惹起されなかった。 以上の結果から、皮膚表面の黄色ブドウ球菌はAgr依存的にPSMaを産生することで好中球の浸潤を介した皮膚炎を惹起したが、皮下の黄色ブドウ球菌は好中球に貪食された後にAgrの活性化に伴ってPSMaを産生し、好中球による菌の排除から回避することで皮膚膿瘍を形成することが明らかとなった。このように黄色ブドウ球菌の皮膚感染部位の違いにより好中球の役割や惹起される皮膚炎は全く異なることから、本研究は黄色ブドウ球菌により惹起される皮膚炎に対する病態理解および新規治療法の開発に繋がることが期待される。受賞者のコメント この度はUJA論文賞を授与していただき、誠にありがとうございます。この賞を受賞できたのは、共同研究者や家族などの多くの人からの助けがあったからこそだと思っています。今後は、この研究をさらに発展させて、新しい知見を報告できるように努力していきたいと思います。審査員のコメント後藤義幸 先生: 代表的な皮膚感染症であるStaphylococcus aureusの、皮膚への侵入や増殖に関わる細菌因子ならびに宿主免疫システムの詳細、特に好中球の重要性を明らかにした点で、細菌学的にも免疫学的にも価値の高い論文です。また、本論文は常在菌でもあるS. aureusの健常人における共生機構ならびに免疫不全患者における感染機構の一端を示しています。将来的には、本論文で着目しているAgrやSaeR/S、PSMaをターゲットとした新規治療法の開発が期待されます。倉島洋介 先生: アトピー性皮膚炎や伝染性膿痂疹、皮膚膿瘍等の原因菌である皮膚黄色ブドウ球菌について、新たに表皮感染マウスモデルを用いた研究であり、抗体投与、Floxマウス、改変菌の解析など綿密に組み立てられたデータに基づく研究成果である。応募者がCorresponding Authorである点も評価できる。クオラムセンシングを制御するAgrを同定しており、黄色ブドウ球菌により惹起される皮膚炎に対する病態理解および新規治療法の開発に繋がり評価できる。皮膚表面と皮下において黄色ブドウ球菌に対する感染防御プロセスが異なるという新しい視点は研究領域のさらなる深化に貢献する可能性を有する。足立剛也 先生: 近年の解析技術の革新により、interfaceの解像度は高まり、layer毎の多様性が明らかとなっている。本研究は、皮膚に焦点を当て、特に表皮における細菌感染の病態を解明し、新規治療法の開発につながるものである。その研究戦略は、皮膚のみならず、広く体表における解析に適応できるものであることから、分野の壁を超えるインパクトは非常に大きいと考えられ、論文賞に合致するものと評価される。エピソード 日本にいた時は免疫に関する研究を行っていましたが、留学後は新たな知識・技能を得るために細菌を扱う研究テーマに取り組みました。不慣れなこともあり、このプロジェクトを開始してから論文がアクセプトされるまでに5年も費やしてしまいました。今思えば、もっと効率よく実験を進めることができたのではと思いますが、同僚達と議論して右往左往しながら研究を進めることができた経験は良い思い出です。異なる言語や文化、環境に身を置くことは、研究のみならず、その後の人生においても貴重な経験になると思いますので、ご興味のある方は是非とも留学をしていただければと思います。 1)研究者を目指したきっかけ 高校生の時に、日本人研究者がノーベル賞を受賞した内容に関する本を読んで、研究に興味を持つようになりました。その後、世の中で分かっていないことを自分が最初に発見できれば面白いのではないかと思い、研究者になることを目指しました。2)現在の専門分野に進んだ理由 免疫システムは細菌やウイルスから体を守るために重要な役割を果たしています。免疫学を理解することで、感染症に対する新たな治療薬を開発できるのではと思い、免疫学者になることを決めました。3)この研究の将来性 この研究では、黄色ブドウ球菌が皮膚表面に局在するか、あるいは皮下に侵入するかによって、免疫細胞の役割や引き起こされる皮膚炎が全く異なることが明らかとなりました。これらの結果は、将来、皮膚の細菌感染症に対する病態の理解や新規治療法の開発に繋がるのではないかと考えています。
Comments