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執筆者の写真Aki IIO-OGAWA

[論文賞]桑原 康秀/シンシナティ小児病院医療センター

Yasuhide Kuwabara, M.D., Ph.D.
[分野:オハイオ]
ヒトFLIIの遺伝子バリアントは心不全の発症に寄与する
Proc Natl Acad Sci U S A., 23-May-2023

概要
心不全は心臓が各臓器に必要な血液を拍出できない状態であり、高血圧、心筋梗塞、心筋症といった一般的な心血管疾患を基に発症する。しかし同じ一般的な心血管疾患を持っていたとしても、心不全を起こす人、起こさない人がいることを考えると、その理由として遺伝的背景の違いがあることが予想される。
我々はゲノムワイド関連解析 (GWAS)研究者との共同研究と公開データベースを用いた検討により、ヒトのFlightless-I homolog (FLII)遺伝子領域に存在する、1つの遺伝子バリアントを同定した。約2%の頻度で存在するこのヒト変異は、心不全リスクの増加と関連していた。このバリアントはFLIIのミスセンス変異であり、タンパク質ではArg1243His変異を誘導するが、正常FLIIタンパク質の心臓における機能は不明であり、更にこのヒト変異が真に生体において心不全の原因となるのか、またその分子機序は不明である。
心臓におけるFLIIの機能を解明するため、心臓特異的にFLIIを有しないFLII遺伝子欠損マウスと心臓特異的にFLIIを過剰発現させたマウスを作製し解析を行なった。それらの解析により、FLIIは心臓収縮能の維持に寄与し、心臓特異的FLII遺伝子欠損マウスは心不全を発症することが判明した。更に正常FLIIの心筋細胞における分子機能として、FLIIはTropomodulin 1(TMOD1)の作用を抑制することで、心臓のサルコメアにおいて、アクチンフィラメントの長さを制御していることを見出した。更に我々はArg1243His変異を有するノックインマウスも作成し、心臓の表現型を解析した。その解析から、実際にArg1243Hisの変異を有するヒト化マウスは心不全になりやすいことを示した。その分子機序として、変異型FLIIはTMOD1との相互作用が消失していることにより、心不全が起こりやすくなっていることを示した。
今回の研究から、FLIIは心臓において、TMOD1と相互作用することにより、サルコメアのアクチンフィラメントを制御していること、また比較的高率に存在するFLIIのArg1243Hisヒト変異は、その相互作用に異常をきたし、心不全のなりやすさに寄与していることが明らかとなった。このような遺伝子変異の同定とその分子機序の解明が、心不全における個々人に対応したプレシジョン医療に繫がる可能性があると考えられる。

受賞者のコメント
海外で奮闘している日本人研究者の中から選定いただいたことは大変光栄ですし、今後の励みになります。選定頂きました審査員の先生方と事業部の方々に厚く御礼申し上げます。また留学を快く承諾いただいた京都大学循環器内科の木村剛前教授と尾野亘現教授にも御礼申し上げます。

審査員のコメント
Makiko Iwafuchi 先生:
心不全原因遺伝子の一つ、FLII遺伝子バリアンとの同定、その病理発生メカニズムの解明を成し遂げた重要な研究である。

荒木 幸一 先生:
FLII遺伝子が、心臓収縮能の維持に重要で、その欠損および一アミノ酸の変異(人でのGWAS解析から心不全リスクと関連があると考えられる1243番目アミノ酸のArgからHisへの置換)が心不全を発症するとこを発見した論文です。さらに、本論文ではFLIIがTropomodulin 1に作用することにより心収縮を制御する分子メカニズムも明らかにしています。

水野 知行 先生:
本研究では、心不全の発症リスクと関連するFLII遺伝子多型をGWASのデータベースを用いて同定し、この多型が心臓機能や心不全の発症に与える影響とその機序を遺伝子改変マウスを用いて包括的に解析しています。心不全は現在も多くの死因に関連しており、本研究の社会的な貢献度は非常に大きいと言えます。この研究成果は、心不全の高リスク患者の特定や治療の個別化に向けた今後の発展が期待されます。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
学部生や大学院生として研究を行っていた時に、研究は今まで解らなかったことを解明したり、新たな治療法等を開発したりすることが可能であることを体験し、非常にワクワクしたことがきっかけです。
2)現在の専門分野に進んだ理由
心臓は、生命が誕生してから死ぬまでダイナミックに動き続ける臓器ということに強い興味を持ったため。
3)この研究の将来性
現在ヒト遺伝子検査が容易に施行可能になってきています。個々人の遺伝的な違いが病気の発症や進展に関与するかを調べること、またその機序を明らかにすることで1人1人に最適な治療を行うことが可能になると考えています。
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