top of page
執筆者の写真Jo Kubota

[論文賞]武藤 朋也/シンシナティ小児病院

Tomoya Muto, M.D., Ph.D.

[分野:がん]
(自然免疫シグナルによる新規のMYC活性調節機序を介した白血病制御機構の発見)
Cell Stem Cell, Feb 2022

概要
クローン性造血とは、加齢による遺伝子変異を伴った造血細胞のクローン性増殖により特徴づけられた現象である。クローン性造血は急性骨髄性白血病を含む造血器腫瘍の発症のリスク因子であることが判明していることから前白血病細胞とも表現されることがあり、前白血病状態から白血病への進展には付加的な異常が必要であると考えられている。そこで、今回我々はin vivo RNAiスクリーニングによるアプローチを用いて、前白血病細胞から白血病への進展において協調的に機能するシグナルの同定を試みた。スクリーニングの結果、自然免疫シグナル経路で重要な役割を担うユビキチンリガーゼTRAF6を同定すると共に、マウス前白血病細胞におけるTRAF6欠損が癌遺伝子MYC依存性に骨髄性白血病を引き起こすことを見出した。重要なことに、TRAF6は一定割合でヒト骨髄性白血病患者細胞においても発現が低下していることから、TRAF6シグナルの抑制がヒト白血病発症にも寄与していると思われた。さらに特筆すべき分子学的機序の発見として、MYCのK148を新規のTRAF6のK63ユビキチン化標的部位として同定すると共に、同部位におけるアセチル化がMYCの転写因子活性維持に重要であることを示した。これらの発見を元に、MYCのK148のユビキチン化は同修部位のアセチル化と拮抗することで、MYCタンパク安定性非依存的にMYC転写因子活性を抑制することを証明した。
今回の研究結果から、白血病細胞におけるTRAF6機能亢進を誘導するような新規治療戦略がクローン性造血からの造血器腫瘍発症予防へ有用である可能性が示唆された。また、白血病細胞ならびに白血病患者骨髄微小環境下における細胞内在性および外来性の自然免疫シグナル構成要素の詳細な解析を今後行うことで、クローン性造血を有する個体であっても、なぜ造血器腫瘍を発症する個体とそうでない個体があるのか?という実臨床に沿った疑問を紐解く足がかりになる可能性がある。

受賞者のコメント
留学時代の仕事が形として残ったことを嬉しく思います。

審査員のコメント
園下将大 先生:
申請者は本研究で、造血器腫瘍の発症機序の解明に取り組み、RNAiスクリーニングによってTRAF6が重要な役割を果たすことを見出した。申請者はさらに、TRAF6をマウス前白血病細胞で欠失させるとMYC依存性の骨髄性白血病が発生することなどを見出した。これらの成果は白血病の発生機序の理解に著明な貢献をなすもので、TRAF6の活性化を軸とする発症予防戦略の策定につながる可能性がある。アメリカでの今後の一層の飛躍が期待される。

平田英周 先生:
白血病の発症・進展にTRAF6が関与することを明らかにした論文です。TRAF6によるMYC転写活性の制御を介した白血病進展抑制は、学術的に新規性の高い重要な知見です。TLRシグナルによる白血病発症抑制の臨床応用を含め、今後の発展が大いに期待される研究成果です。

田守洋一郎 先生:
マウスを用いたin vivo shRNAスクリーニングから、白血病進展において重要な働きを持つ因子としてTRAF6を同定した研究。TRAF6欠損が白血病進展に関わる分子メカニズムとして、TRAF6によるユビキチン化を介してがん原遺伝子MYCの転写因子活性が制御されることを緻密な実験によって示している。MYCの機能を考えると、この発見が白血病だけでなく他の腫瘍の基礎理解にも波及する可能性があるだろう。

山田かおり 先生:
in vitroでのメカニズムの解明から動物実験での確かめ、白血病患者のデータとの統合性まできちんと網羅され、圧倒的なデータ量で仮説の確からしさを示している、素晴らしい論文だ。Tet2の欠損を伴う前白血病状態から白血病へと進行する分子をin vivo RNAiスクリーニングで同定するという着眼点がまず秀逸である。TRAF6に着目し、Tet2とTraf6の欠損が白血病を悪化させることをネズミのモデルで確かめ、TRAF6の発現が白血病患者で下がっていること、またTRAF6のプロモーターのメチル化がそれに関与していることも確かめている。Tet2はDNAのメチル化を担うので、論理的に話がつながるように実験がデザインされているのが素晴らしい。さらにRNAseqによりMYCに着目してTRAF6がMYCをユビキチン化させて機能を阻害することを見出している。ユビキチン化する部位を同定し、急性骨髄性白血病細胞ではアセチル化とユビキチン化でMYCの活性を調節していること、また変異体を作成することで、アセチル化できないMYCならば白血病を悪化させないことを動物実験で確かめている。直接、創薬まではつながっていないが、白血病の進行のメカニズムを解明した、素晴らしい研究である。かなりの仕事量で何年かけたのだろうか、著者23人の共同研究で筆頭を務めたのは素晴らしい。

エピソード
本研究は当初、共同研究者の研究施設で開始されました。in vivo RNAiスクリーニングで興味深い結果を得ていましたが、不運なことに記録的な勢力を持ったハリケーンにより動物実験室が甚大な被害を受けてしまい、動物実験の継続が困難になってしまったそうです。そのような中、RNAiスクリーニングの結果から白血病制御に重要と思われたTRAF6という分子に関して、私が所属していたラボのボスが積極的に解析を行っていたため、共同研究の提案がなされました。ちょうど私の留学開始時期の話であったため、私が担当することとなり、共同研究者の実験結果を遺伝子改変マウスを用いて検証するとともにそのメカニズムの解明に取り組みました。表現型自体は信頼性を持って再現できましたが、メカニズムに関しては突き詰めるのに非常に苦労し、有用な実験結果が得られない日々が続きました。最終的には、私の所属研究室が既に他の共同研究者と実施していたTRAF6のユビキチンリガーゼとしての新規の候補基質のリストを本研究でも参考にしました。結果、確立しているがん遺伝子であるMYCに注目し、MYC制御を介したTRAF6の抗腫瘍作用の存在を明らかにしました。こう思い返してみると、このプロジェクトは共同研究の存在により二つの大きな壁(ハリケーンによる損害と分子メカニズムの追及)を乗り越えられ、論文発表まで辿り着くことができたと言えると思います。共同研究の重要さはよく言われることではありますが、そのことを実体験として強く実感できたプロジェクトでした。

1)研究者を目指したきっかけ
元々生命現象に興味があり、その延長で自分の興味と社会への還元を両立できるという意味で医学研究を目指しました。

2)現在の専門分野に進んだ理由
白血病などの血液悪性腫瘍は他の固形がんに比して若年者にも発症しやすいという特徴があります。自分よりも若い方が病により命を落としていることに理不尽さを感じ、専門として血液学を選びました。

3)この研究の将来性
正直な感想を述べると、今回の研究が血液悪性腫瘍の治療に直ちに結びつくとは思っていません。複雑な腫瘍の病態を理解するには、少しずつ階段を上がっていくしかないと思っています。本研究結果をさらに追及(それは自分であれば嬉しいが、他の研究者がであっても嬉しいです)することで、より患者様に負担がなく効果的な治療法が開発されることを期待しています。
閲覧数:410回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Kommentare


bottom of page