Tomoya Muto M.D., Ph.D.
炎症性微小環境から迫った骨髄異形成症候群幹細胞増殖における新規メカニズムの発見
Adaptive response to inflammation contributes to sustained myelopoiesis and confers a competitive advantage in myelodysplastic syndrome HSCs
Nat Immunol
2020年5月21日
骨髄異形成症候群(MDS)は、血球減少と急性骨髄性白血病への移行を特徴とした疾患である。MDS幹前駆細胞の機能活性は低下していると考えられており、このMDS細胞の機能的特徴の機序において、炎症の影響がかねてから提唱されてきた。MDS細胞では細胞内在性に自然免疫シグナルの中心的役割を果たしているTRAF6が高発現していることや、MDS細胞が存在する骨髄内は炎症性微小環境下にあることが明らかになっていたためである。一方で、炎症は造血幹前駆細胞機能低下させると考えられていたため、MDS細胞の骨髄内での正常細胞に対する増殖優位性を理解しようとすると、炎症からの視点では矛盾が生じてしまい、その機序を解明するのは困難であった。
そこで申請者は、TRAF6を血液細胞特異的に高発現しているトランスジェニックマウスを用い、LPSによる慢性炎症を誘導することで解析を行った。その結果、細胞外因性の炎症と細胞内因性の自然免疫シグナル活性化は協調してMDS幹前駆細胞の正常造血に対する増殖優位性の獲得に寄与していることを証明した。また、そのメカニズムにおいて、MDS細胞はA20を介したnon- canonical NF-κB経路の活性化というMDS細胞特有の炎症性微小環境に対する反応性を獲得していることが明らかになった。これに対し、正常造血幹前駆細胞は、canonical NF-κB経路活性化により機能低下が引き起こされていると考えられ、このような炎症に対する反応性の違いが、MDS細胞の骨髄内増殖優位性の獲得に重要な役割をはたしていると考えられるとともに、A20やnon canonical NF-κB経路が新たな治療標的となりえることが示唆された。さらに、MDS関連遺伝子であるTet2の欠損マウスにおいても同様の実験結果が得られ、今回の知見が普遍的にMDSの病態に関与している可能性が示された。
近年は、バクテリアルトランスロケーションに惹起された炎症が骨髄系腫瘍の病態形成に関与していると報告され、注目されている。したがって、今後は、MDS患者における腸内細菌叢と腸粘膜バリアの異常、ならびにそれらと炎症性微小環境の関係性に対する研究が進められていくと想定される。これらのような研究を通じ、MDSクローンの増殖能抑制や正常造血機能の回復などにつながるような新規治療が開発されることが期待される。
審査員のコメント:
これらの発見は骨髄異形成症候群の病理メカニズム解明への大きな一歩となるだけではなく、A20経路を狙った骨髄異形成症候群の治療法確立の可能性も示唆する非常に大きな成果である。(本間先生)
基礎的な研究であるが、その成果は今後の新規治療開発に極めて重要な情報と考えられる。この分野における多くの研究者に多大な影響を及ぼすものと推測される。(橋詰先生)
本研究では、骨髄異形成症候群の原因であるmutant造血幹細胞の増殖が炎症により誘発されることを示しています。また、炎症がどのように骨髄異形成症候群のmutant造血幹細胞に影響を与えるかについても分子レベルで明らかにしています。本研究から得られた知見を用いた新規治療の開発が期待されます。(荒木先生)
受賞コメント:
留学の思い出がまた一つ増えて嬉しく思います。
エピソード:
実験を進める最中、施設内でマウス肝炎ウイルスの感染が拡がってしまい、マウスを大量にsacrificeしなくてはならなくなりました。頑張って仕込んだ実験もおじゃんになり絶望的な状態でした。起きてしまったものは仕方ないと気持ちを無理矢理切り替え、他のプロジェクトにその分集中するなど、なんとか時間を有効に使おうと思いました。感染したマウスのlineはRederivationを行わなくてはならなかったため、もとの状態に戻るまで1年半程度時間がかかりました。少しずつ実験を再開し、なんとか帰国3か月前にNat Immunolに論文投稿できましたが、「5年留学して、論文なしで帰国か、、、」とやや沈んでいました。すると投稿わずか3週で返信が来て、Reviewerの要求も非常にmildでした。その3週後には再投稿し、最終的には初回投稿から2カ月程度で論文受理の知らせを受け取ることができました。Journalのrankを考えるとラッキーだったと思います。ただ振り返ってみると、マウス肝炎ウイルスが出た時に、途中で実験を投げ出さなかったことが最後には身を結んだわけです。自分にできることを粛々と進める大切さを学んだ留学の5年間でした。
Comments