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執筆者の写真cheironinitiative

[論文賞]永島 一樹/スタンフォード大学

更新日:5月9日

Kazuki Nagashima, M.D., Ph.D.
[分野:免疫アレルギー]
(人工腸内細菌叢とT細胞の相互作用)
Nature, 16-August-2023

概要
ヒトの糞便を無菌マウスに移入する実験から、腸内細菌叢が様々な疾患に関与していることが示唆されてきた。しかし、ヒトの糞便は極めて多様な腸内細菌から構成されており、原因となる菌を同定することが難しい。一方で、単一の菌を無菌マウスに移入することで、菌の機能を生体レベルで検証する試みがなされてきたが、菌の機能が、他の腸内細菌のいる生理的な条件での菌の機能を正確に反映していないことが指摘されている。これらの二つのアプローチの欠点を補い、疾患に関わる菌を、複雑な腸内細菌叢の中から同定する方法が望まれた。
我々の以前の研究で、腸内細菌叢から100以上の菌種を集めて腸内細菌叢の人工的なモデルであるhComを確立していた(Cheng et al., Cell, 2022)。今回の研究では、我々はhComが免疫系に与える影響を調べた。hComを生着させたマウスのT細胞は、自然なマイクロバイオームを持つマウスのT細胞と機能が類似していることがわかった。このことは、hComが、腸内細菌叢による免疫制御を調べるためのモデルとして有用であることを示している。
次に、hComのそれぞれの菌種がT細胞に与える影響を個別に調べた 。hComを生着させたマウスからT細胞を単離し、T細胞を、hComの細菌の1菌種ずつと個別に培養した。この実験の目的は、T細胞サブセットとそれを刺激する細菌株とのペアを明らかにすることである。実験結果は驚くべきもので、1つのT細胞が複数の細菌株を認識する可能性があり、T細胞レセプターと細菌株の間に「1対多」の関係があることを示唆していた。今までの報告では、T細胞は単一の菌種を認識すると考えられていたので、既存の報告とは大きな相違があった。
我々は、複数の菌株に応答性を持つT細胞が認識している細菌抗原を検索した。我々は細菌抗原を同定し、それは、ファーミキューテス属の菌株が栄養を取り込むために使っている分子(substrate binding protein, SBP)であることがわかった。SBPは腸内細菌間で幅広く保存されており、hComに含まれる菌種だけでなくヒト便サンプルからも検出された。
腸内細菌叢は膨大な数の菌株から構成されているが、限られたT細胞が多様な腸内細菌を認識する機序は不明だった。我々のデータは、広く保存された細菌抗原を認識するT細胞クローンが増殖することで、幅広い菌株を最低限の数のT細胞だけで防御していることが示唆している。我々の研究により、人工腸内細菌叢を用いる新たな治療法の可能性が開かれた。

受賞者のコメント
UJAが監修している「研究留学のすゝめ! (羊土社)」を留学前に読み、アメリカでの生活に想いを馳せていました。そのUJAよりこのようような賞を頂けましたことを大変光栄に思います。留学先のメンターMichael Fischbachに心から感謝申し上げます。現在、アメリカで独立ポジションを探しており、留学先として私のラボに興味がある方は是非ご連絡ください(kazuki.nagashima@stanford.edu)。

審査員のコメント
倉島 洋介 先生:
腸内細菌の多様性に対峙する腸管免疫系の多様性に着目したインパクトのある研究成果である。それぞれの代表的な腸内細菌株がどのような免疫応答を惹起するかについて細かく解析がされ、腸内細菌抗原を広く認識するT細胞クローンが生体に存在しているという新たな概念提唱がなされている。今後、どのような人口腸内細菌叢による疾患治療応用がなされるのか興味深く、更なる研究展開が期待される。

後藤 義幸 先生:
腸内細菌は宿主の免疫、特にT細胞の分化・制御に深く関わっており、腸管感染症や多発性硬化症や関節リウマチなど、宿主の病態形成と恒常性維持に重要です。本研究では、ヒト腸内細菌定着ノトバイオートマウスを導入し、scRNAseqやTCRseqなどの先端技術を用いてT細胞やT細胞受容体の特徴を大規模に調べています。さらにin vitro, in vivoの実験系で、これらのT細胞が腸内細菌由来の特定の分子に応答することを同定しました。本研究は、腸内細菌によって誘導されるT細胞の遺伝学的・免疫学的特徴を明らかにし、様々な分野に波及効果のある重要な論文です。

小野寺 淳 先生:
著者らの研究室で開発されたhComをうまく利用して、腸内細菌に対するT細胞の反応性を網羅的に調べた研究の着想は非常にクレバーです。TCRと細菌株の間に「1対多」の関係がある可能性を見出したことは、免疫学の常識を覆す驚きの事実です。また、最終的に抗原ペプチドとTCRのCDR3のアミノ酸配列を同定したのは特筆に値します。Straightforwardな研究の流れでunbaisedに解析を進める中、様々な新たな発見をした本研究を高く評価します。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
医学部で病院実習をしていた時に、臨床医に求められる能力が、(1)正確なパターン認識能力、(2)患者さんとのコミュニケーション能力、(3)長時間の労働でも集中力・精度を失わない体力であることを学びました。私にはこれらが生まれつき備わっておらず、一方、研究で求められる素養である(A)インパクトがありかつ実現可能性もある課題を自分で探す力、(B)楽観的思考や根気強さ、(C)好奇心、を持っていることには自信があったので研究者を目指しました。

2)現在の専門分野に進んだ理由
高校では、運動方程式の微分・積分を使って全ての運動を記述できると言うニュートン力学の美しさに魅了される一方で、生物学は混沌としているように感じて興味を持てませんでした。大学生の時に、生物学の名著であるMolecular Biology of the Cellを読んで、一見無秩序に思える生物もgenome >> mRNA >> proteinというセントラルドグマに基づいていることを学び、同じ根本原理に基づいている細胞がこんなにも多様な機能を持ち多細胞生物という個体レベルで協調していることに衝撃を受けました。いまだに生物学の未解決問題であふれている現代に生まれたことを幸運に思います。Large language modelなどのAIや、CRISPRをはじめとした遺伝子改変の新しい技術を用いてこれらの問題に取り組めることに興奮しています。

3)この研究の将来性
色々な考え方があるでしょうが、役に立ちそうであろうがなかろうが、根本的で重要な問題に取り組むことが結局は人の役に立つ近道であるという考え方が好きです。生物学や医療が、実験手法の進歩に伴って進んできたことを考えれば、新しい実験手法を開発する研究が人の役にたつ可能性が高いのかもしれません。
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