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[論文賞]清家 圭介/ミシガン大学

Keisuke Seike, M.D., Ph.D.

[分野8:ミシガン]
(腸上皮ミトコンドリア電子伝達系複合体ⅡによるT細胞依存性腸炎の制御機構)
Nature Immunology, October 2021

概要
同種造血幹細胞移植後の移植片対宿主病(Graft versus Host Disease: GVHD)の腸管炎症、自己免疫性腸炎、免疫チェックポイント阻害剤による腸炎は主にT細胞が起因となる。これまでT細胞などの免疫細胞に着目した研究は多くされている一方で、標的となる腸上皮細胞に着目した研究は少ない。T細胞依存性腸炎に対して、ステロイドホルモン製剤や抗サイトカイン製剤の有効性は認められるが、感染等の合併症が問題となり、より効果的な治療が求められる。近年、免疫細胞のミトコンドリアに関する研究が多く報告されている。ミトコンドリアには細胞代謝、エネルギー産生において重要な役割を果たす電子伝達系が存在し、免疫細胞において代謝系とその細胞の機能は密接な関連あり、T細胞依存性腸炎における重症度にも影響する。ではT細胞のターゲットとなる腸上皮細胞ではどうか。腸上皮の代謝系の変化や変化に伴う疾患への影響は未解明である。
そこで我々はGVHDマウスモデルを用いて、腸上皮細胞における代謝系の変化を解析したところ、GVHDマウスでは腸上皮細胞ミトコンドリア電子伝達系複合体IIが障害されていることが明らかとなった。複合体IIは、クエン酸回路にも大きく寄与しており、その結果細胞内のコハク酸の増加を認めた。そしてこの複合体IIの障害はsuccinate dehydrogenase complex flavoprotein subunit A (SDHA)の減少が原因であることが判明した。加えて、腸上皮細胞SDHAの減少は、特定のT細胞依存性腸炎に特異的であることが明らかとなった。腸上皮特異的SDHA欠損マウスでは、重度の腸GVHDを認め、腸上皮の複合体II がT細胞依存性腸炎の制御因子であることが明らかとなった。 そして、腸上皮細胞SDHAの減少は、mRNAではなく蛋白質レベルで起こり、T細胞が腸上皮に接触する場合のみ認める現象であった。
我々はT細胞によるSDHA減少が、腸上皮に固有のメカニズムであることを見出した。免疫細胞のターゲットとなる細胞にフォーカスを当てた本論文よって、SDHAが腸上皮におけ代謝チェックポイントであることが明らかとなり、SDHAによるT細胞依存性腸炎の病態機序が、今後の新規治療標的候補となる可能性がある。

受賞者のコメント
この度はこのような素晴らしい論文賞を頂き、誠に光栄です。藤原英晃先生が長期に渡り取り組んできた重要な研究を私が引き継ぎ、そして多くのリバイズ実験を繰り返しながら、論文のアクセプトに至りました。今回の受賞を励みにこれからも精進していきます。最後にこの場を借りて、指導してくださったDr.Reddy Pavan、前田嘉信先生、藤原先生を始め留学をサポートしてくださった方々に心から感謝申し上げます。

審査員のコメント
三品 裕司 先生:
移植片対宿主病は移植片に含まれる免疫細胞、特にT細胞が宿主を異物と認識して攻撃するために引き起こされる病気で、まさに庇を貸して母屋を取られる、患者にとってもヘルスケアプロバイダーにとっても最後の希望として施術された骨髄移植、その期待を大きく裏切られる状況となるわけです。この論文は発想を変えてT細胞の攻撃先である腸上皮細胞を研究対象とし、また最近さまざまな分野で注目されている代謝活性と細胞動態との関連に注目したことで、新規情報を得ることに成功しました。解糖系からクエン酸回路を回ってミトコンドリアの電子伝達系に至る経路は生化学の基本中の基本として生物医歯薬系の人はほとんど全て一度は記憶した(させられた)はずですが、最近はエネルギーの供給ばかりでなく、エピジェネティックなコントローラーとして細胞の分化や組織構築にも重要な働きをしています。本論文では代謝解析の王道であるシーホース社の装置を使い、電子伝達系複合体2に活性欠損があることをつきとめ、そのなかでもコハク酸脱水素酵素のサブユニットのタンパク量が減少していること、それはどうやら翻訳過程での異常であること、そしてこの現象はT細胞からの液性因子で起きるのではなく、ターゲットとの直接作用が必要であること、などが明らかになりました。さらに、ヒト臨床サンプルでも同様のことが確認され、臨床応用へのはずみがついています。タンパク合成が抑えられる、直接接触することが必要、などの機構から治療法開発へのヒントが得られることと期待されます。このような先端の研究になると様々な分野の技術、知識を合わせていくことが必要になり、著者の総数、また多くの場合筆頭著者の数も増える傾向となりますが、その中でも申請者自身の知的貢献はどこなのか、自分がいたからこそ、このプロジェクトがどのように成功に至ったのか、そういう視点を申請に盛り込むとさらにボルテージが高まると思います。

鎌田信彦 先生:
T細胞により誘導される腸炎における腸上皮の代謝変化を検討した興味深い報告です。代謝変化が起こるメカニズムを詳細に解析されています。前任者の仕事を引き継いで仕上げた形ですが、留学後最初の論文であること、学位取得後2年以内に発表した論文であることも評価できます。

小野陽 先生:
T細胞によって引き起こされる腸炎において、注目を集めるT細胞ではなく、標的の腸管上皮細胞の変化に着目した独創的な研究です。代謝系の変化の解析をきっかけに、酸化的リン酸化経路の障害、特にSDHAの減少が、T細胞依存性腸炎を促進すること、また、SDHA減少はT細胞との接触がある時に見られること、などメカニズムまで明らかにしました。今後このメカニズムのさらなる解析や新しい治療法の標的になるかどうかの検討など、さまざまな研究が後に続くことが予想されます。

エピソード
2020年元旦からミシガンに来て、留学生活を開始したすぐの3月にCOVID19のためすべての実験がストップし、その時の愕然とした気持ちは今でも忘れられません。ちょうどリバイズの実験途中であり、自分でもどうすればよいかわからない状態で、メンタル的にもきつい時期でした。実験に必要なものも買えない状態でしたが、PIのDr.Pavanが少しでも進めようと励ましてくれて、ラボのストックから細々と実験を進めていました。今振り返るとあの時手を止めなかったことが、アクセプトに繋がったと思います。

1)研究者を目指したきっかけ
小学生の頃から疾患の治療をしたいと思い医師を目指し、同時に病気の治療につながる研究をしたいと漠然と考えていました。私が日本で所属している岡山大学第二内科は、留学経験がある医師が多く、その先生方から留学について多くの話を聞けたことが、よいきっかけとなりました。もちろん楽しい話だけではないですが、チャレンジングな環境に身を置き、成長したいと考え留学を道を選びました。
2)現在の専門分野に進んだ理由
医師免許取得後、血液内科を専門とし、多くの造血幹細胞移植を経験しました。その際血液がんでも完治の可能性が十分にあると感じたと同時に、治療による副作用で苦しむ患者も多く経験しました。副作用を抑えつつ、より効果的な治療を開発を目標とし、造血幹細胞移植の研究を始めました。
3)この研究の将来性
血液がんにおいて完治を目指せる造血幹細胞移植は副作用も多く、大変な治療です。私たちの研究は、副作用の軽減や治療効果の改善を目標としています。さらにこの研究は免疫をターゲットにした研究であるため、自己免疫性疾患や他のガンなど多くの疾患の治療に役立つ可能性があります。
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