Jo Kubota2023年4月9日読了時間: 6分[論文賞]渡瀬 成治/ホワイトヘッド医学生物学研究所/マサチューセッツ工科大学Joji (George) Watase, Ph.D.[分野:ミシガン]Nonrandom sister chromatid segregation mediates rDNA copy number maintenance in Drosophila (生殖系列の不死性を保証するメカニズムの発見)Science Advances, July 2022概要 ヒトを含む多細胞生物は、大きく分けて体細胞と生殖細胞の二種類の細胞から構成されている。体細胞は我々の寿命と共にその役割を終えるのに対して、卵子や精子を作る生殖細胞は、次の世代に生命のバトンをつなぐ役割を持っている。言い換えると、生殖細胞系列は、15.6億年にも及ぶ多細胞生物の歴史の中を生き抜いてきた、まさに“不死”の細胞系列と言える。しかし、“生殖細胞系列の不死性”を保証するメカニズムに関してはまだ完全に理解されていない。本論文は、“生殖細胞系列の不死性”を保証するメカニズムの一端を明らかにし、その理解へ向けた新たなパラダイムを提示した。 酵母からヒトに至るまで、真核生物の染色体上には巨大な反復配列領域、リボソームDNA (rDNA) が存在する。rDNAは、細胞内のタンパク質合成工場であるリボソームの形成に必須のリボソームRNAをコードしている為、非常に重要な役割を担っている。それにも関わらず、rDNAは、反復配列構造であるが故にコピー数の減少が起きやすい不安定な染色体領域である。以前我々は、雄のショウジョウバエの生殖細胞において、老化と共にrDNAコピー数の減少が起きることを報告した (Lu et al., eLife, 2018)。減少したrDNAコピー数は精子を通じて次の世代に受け継がれる。しかし、若い雄のショウジョウバエは、生殖細胞において、rDNAコピー数の回復を行うことできることが分かった (Lu et al., eLife, 2018)。これらの結果は、老化によるrDNAコピー数の減少は遺伝する老化因子である一方で、生殖系列はrDNAコピー数の回復を行うことで老化から免れている、言い換えると“不死性”を獲得している可能性を示している。 本論文では、生殖細胞の中でも特に生殖幹細胞でrDNAコピー数の回復が起きていること、また、rDNAコピー数回復のメカニズムを明らかにした (Watase et al., Sci Adv, 2022)。さらに、rDNAコピー数の回復に鍵となる機能未知の遺伝子を同定し、“インドラ”と名付けた。“インドラ”を除いた生殖細胞系列は、rDNAコピー数の回復が出来ず、徐々にコピー数が減少することで数世代のうちに絶滅に至ることが分かった。以上の結果から、本論文は、生殖細胞におけるrDNAコピー数の安定維持が“生殖細胞系列の不死性”を保証しているという、これまでにない新しいパラダイムを示した。rDNAの反復配列構造は、真核生物の酵母からヒトまで広く保存されている。したがって、全ての真核生物は、rDNAコピー数減少のリスクを等しく抱えている。rDNAコピー数の世代を越えた安定維持の為に、ヒトを含めた他の多細胞生物の生殖細胞も、ショウジョウバエと同様のメカニズムを利用している可能性が予想される。rDNAコピー数の安定維持が“生殖細胞系列の不死性”獲得のための共通したメカニズムであるかどうか今後の研究が待たれる。受賞者のコメント この度は私の発表論文を論文賞本賞に選んでいただきましてありがとうございます。この論文は研究開始から論文受理まで9年というとても長い時間を要しました。その間にこれまでに味わったことない科学的な発見による興奮と論文が受理されるまでの辛い道のりがありました。それらを経て、このような光栄な賞を頂けたことは全ての辛かった経験をpay offするのに十分すぎると思います。この受賞の喜びを胸にこれからも物事の本質を深く理解することを目指して論文発表していきたいと思います。本当にこの度は私の発表論文を論文賞本賞に選んで頂きましてありがとうございました。審査員のコメント佐田亜衣子 先生: ショウジョウバエ生殖幹細胞モデルを用い、リボソームDNAのコピー数維持にはたらく因子の同定とその生物学的意義に迫る研究で、質が高く新規性のある研究成果である。論文内容の要約では、生殖細胞の不死性という観点から、より普遍的に研究成果の面白さを伝える姿勢が見られた。所属研究室の強みと細胞生物学における申請者のバックグランドを活かした成果であり論文賞にふさわしい。 小野陽 先生: この論文では、nonrandom sister chromatid segregation (NRSS)にはrDNAコピー数の維持とそれにかかわるタンパク質インドラが重要な役割を果たすことを明らかにすることでNRSSのメカニズム解明の土台を作りました。さらに生殖幹細胞でrDNAコピー数の減少が抑えられることを示し、生殖細胞系列の不死性にNRSSが関わっているという、生物学の中で基盤となる現象に迫る仮説を提唱するに至りました。今回の知見は今後基礎生物学だけでなく応用・医療にも大きな影響を及ぼすと思われます。エピソード 本論文は仮説によって導かれた論文ではなく、得られたデータを論理的に一つ一つ積み重ねていった結果、結論が導かれた論文です。そのため、当初の研究の出発点である、「姉妹染色分体の非ランダムな分配」の生物学的意義が、まさか「生殖系列の不死性」に必要なメカニズムであるなんて、プロジェクトを始めた9年前には全く予想していませんでした。一つ一つデータを積み重ねるごとにデータが自分達を予想もしていなかった世界へと連れていってくれ、気がついたら全く新しい研究分野となっていました。たくさんの驚きと興奮、そして感動をたくさん味わうことができた一生忘れることができない仕事だと誇りに思っています。その分、産みの苦しみは想像を絶するほどのものでした。1)研究者を目指したきっかけ 大学4回生の卒業研究時に、蛍光顕微鏡で観察した分裂中の細胞が言葉で言い表せられないほど美しかったことが研究者を目指したきっかけです。2)現在の専門分野に進んだ理由 分裂中の細胞を観察した時にそのあまりの美しさに魅了されただけでなく、複製された染色体が1本の取りこぼしもなく均等に2個の娘細胞へ運ばれていく様子を見て、「教科書に描かれている通りだ!」と感動しました。同時に、この現象が日々当たり前のようにエラーなく自分の体の中でも起きているからこそ自分は健康に生きているのだと頭で理解した時に、研究者としてより深く染色体について詳しく知りたいと思いました。以上の経験から、現在の研究分野へと進みました。3)この研究の将来性 私たちの体を構成する多く細胞は分裂する回数が決められており、ある一定の分裂回数に達すると老化します。一方で、一部のがん細胞は「若返る」力を獲得して「不死化」することによって無限に増え続けることができるようになっていると考えられています。そのようながん細胞の存在が、既存のがん治療を持ってしてもなかなか癌を根治させることが難しい原因の一つになっていると考えられます。本研究で、「不死」の細胞系列である生殖細胞(卵や精子を作ることに特化した細胞)の系列をモデルに、生殖系列がなぜ老化しないのか(若返ることができるのか)のメカニズムの一端を示したことで、一部のがん細胞が「不死性」を獲得するメカニズムの理解へ重要なヒントを得ることができたと思います。本研究を今後発展させることによって、がん細胞が「不死性」を獲得することを防いだり、「不死性」を獲得したがん細胞を特異的に除くといった新たながん治療の確立へ貢献できれば良いなと期待しています。
Joji (George) Watase, Ph.D.[分野:ミシガン]Nonrandom sister chromatid segregation mediates rDNA copy number maintenance in Drosophila (生殖系列の不死性を保証するメカニズムの発見)Science Advances, July 2022概要 ヒトを含む多細胞生物は、大きく分けて体細胞と生殖細胞の二種類の細胞から構成されている。体細胞は我々の寿命と共にその役割を終えるのに対して、卵子や精子を作る生殖細胞は、次の世代に生命のバトンをつなぐ役割を持っている。言い換えると、生殖細胞系列は、15.6億年にも及ぶ多細胞生物の歴史の中を生き抜いてきた、まさに“不死”の細胞系列と言える。しかし、“生殖細胞系列の不死性”を保証するメカニズムに関してはまだ完全に理解されていない。本論文は、“生殖細胞系列の不死性”を保証するメカニズムの一端を明らかにし、その理解へ向けた新たなパラダイムを提示した。 酵母からヒトに至るまで、真核生物の染色体上には巨大な反復配列領域、リボソームDNA (rDNA) が存在する。rDNAは、細胞内のタンパク質合成工場であるリボソームの形成に必須のリボソームRNAをコードしている為、非常に重要な役割を担っている。それにも関わらず、rDNAは、反復配列構造であるが故にコピー数の減少が起きやすい不安定な染色体領域である。以前我々は、雄のショウジョウバエの生殖細胞において、老化と共にrDNAコピー数の減少が起きることを報告した (Lu et al., eLife, 2018)。減少したrDNAコピー数は精子を通じて次の世代に受け継がれる。しかし、若い雄のショウジョウバエは、生殖細胞において、rDNAコピー数の回復を行うことできることが分かった (Lu et al., eLife, 2018)。これらの結果は、老化によるrDNAコピー数の減少は遺伝する老化因子である一方で、生殖系列はrDNAコピー数の回復を行うことで老化から免れている、言い換えると“不死性”を獲得している可能性を示している。 本論文では、生殖細胞の中でも特に生殖幹細胞でrDNAコピー数の回復が起きていること、また、rDNAコピー数回復のメカニズムを明らかにした (Watase et al., Sci Adv, 2022)。さらに、rDNAコピー数の回復に鍵となる機能未知の遺伝子を同定し、“インドラ”と名付けた。“インドラ”を除いた生殖細胞系列は、rDNAコピー数の回復が出来ず、徐々にコピー数が減少することで数世代のうちに絶滅に至ることが分かった。以上の結果から、本論文は、生殖細胞におけるrDNAコピー数の安定維持が“生殖細胞系列の不死性”を保証しているという、これまでにない新しいパラダイムを示した。rDNAの反復配列構造は、真核生物の酵母からヒトまで広く保存されている。したがって、全ての真核生物は、rDNAコピー数減少のリスクを等しく抱えている。rDNAコピー数の世代を越えた安定維持の為に、ヒトを含めた他の多細胞生物の生殖細胞も、ショウジョウバエと同様のメカニズムを利用している可能性が予想される。rDNAコピー数の安定維持が“生殖細胞系列の不死性”獲得のための共通したメカニズムであるかどうか今後の研究が待たれる。受賞者のコメント この度は私の発表論文を論文賞本賞に選んでいただきましてありがとうございます。この論文は研究開始から論文受理まで9年というとても長い時間を要しました。その間にこれまでに味わったことない科学的な発見による興奮と論文が受理されるまでの辛い道のりがありました。それらを経て、このような光栄な賞を頂けたことは全ての辛かった経験をpay offするのに十分すぎると思います。この受賞の喜びを胸にこれからも物事の本質を深く理解することを目指して論文発表していきたいと思います。本当にこの度は私の発表論文を論文賞本賞に選んで頂きましてありがとうございました。審査員のコメント佐田亜衣子 先生: ショウジョウバエ生殖幹細胞モデルを用い、リボソームDNAのコピー数維持にはたらく因子の同定とその生物学的意義に迫る研究で、質が高く新規性のある研究成果である。論文内容の要約では、生殖細胞の不死性という観点から、より普遍的に研究成果の面白さを伝える姿勢が見られた。所属研究室の強みと細胞生物学における申請者のバックグランドを活かした成果であり論文賞にふさわしい。 小野陽 先生: この論文では、nonrandom sister chromatid segregation (NRSS)にはrDNAコピー数の維持とそれにかかわるタンパク質インドラが重要な役割を果たすことを明らかにすることでNRSSのメカニズム解明の土台を作りました。さらに生殖幹細胞でrDNAコピー数の減少が抑えられることを示し、生殖細胞系列の不死性にNRSSが関わっているという、生物学の中で基盤となる現象に迫る仮説を提唱するに至りました。今回の知見は今後基礎生物学だけでなく応用・医療にも大きな影響を及ぼすと思われます。エピソード 本論文は仮説によって導かれた論文ではなく、得られたデータを論理的に一つ一つ積み重ねていった結果、結論が導かれた論文です。そのため、当初の研究の出発点である、「姉妹染色分体の非ランダムな分配」の生物学的意義が、まさか「生殖系列の不死性」に必要なメカニズムであるなんて、プロジェクトを始めた9年前には全く予想していませんでした。一つ一つデータを積み重ねるごとにデータが自分達を予想もしていなかった世界へと連れていってくれ、気がついたら全く新しい研究分野となっていました。たくさんの驚きと興奮、そして感動をたくさん味わうことができた一生忘れることができない仕事だと誇りに思っています。その分、産みの苦しみは想像を絶するほどのものでした。1)研究者を目指したきっかけ 大学4回生の卒業研究時に、蛍光顕微鏡で観察した分裂中の細胞が言葉で言い表せられないほど美しかったことが研究者を目指したきっかけです。2)現在の専門分野に進んだ理由 分裂中の細胞を観察した時にそのあまりの美しさに魅了されただけでなく、複製された染色体が1本の取りこぼしもなく均等に2個の娘細胞へ運ばれていく様子を見て、「教科書に描かれている通りだ!」と感動しました。同時に、この現象が日々当たり前のようにエラーなく自分の体の中でも起きているからこそ自分は健康に生きているのだと頭で理解した時に、研究者としてより深く染色体について詳しく知りたいと思いました。以上の経験から、現在の研究分野へと進みました。3)この研究の将来性 私たちの体を構成する多く細胞は分裂する回数が決められており、ある一定の分裂回数に達すると老化します。一方で、一部のがん細胞は「若返る」力を獲得して「不死化」することによって無限に増え続けることができるようになっていると考えられています。そのようながん細胞の存在が、既存のがん治療を持ってしてもなかなか癌を根治させることが難しい原因の一つになっていると考えられます。本研究で、「不死」の細胞系列である生殖細胞(卵や精子を作ることに特化した細胞)の系列をモデルに、生殖系列がなぜ老化しないのか(若返ることができるのか)のメカニズムの一端を示したことで、一部のがん細胞が「不死性」を獲得するメカニズムの理解へ重要なヒントを得ることができたと思います。本研究を今後発展させることによって、がん細胞が「不死性」を獲得することを防いだり、「不死性」を獲得したがん細胞を特異的に除くといった新たながん治療の確立へ貢献できれば良いなと期待しています。
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