cheironinitiative2022年4月21日読了時間: 5分[論文賞]澤田 雄宇/産業医科大学Yu Sawada, M.D., Ph.D.[分野2:免疫アレルギー]Cutaneous innate immune tolerance is mediated by epigenetic control of MAP2K3 by HDAC8/9 (エピジェネティクスによる皮膚トレランス制御機構の解明)Science Immunology, 2021概要 皮膚は最外層に位置する臓器であり、様々な環境変化や環境因子の暴露による影響を受けやすい臓器である。外的環境因子に対する過剰な反応は過度の炎症を引き起こし組織の損傷を増長する結果となる。したがって、皮膚はそれら外的環境に適応できるように人類の進化の過程においてその機能をより発展させる必要があった臓器であると考えられる。外的環境因子に対する反応を上手くコントロールする術として、皮膚を含めた人体臓器はトレランスという機能をうまく活用している。その一例として、皮膚には常在菌としてブドウ球菌をはじめとした細菌が多数存在するが、それらに対して免疫応答は必ずしも発動されない。それはなぜなのか現時点でも不明であるが、その謎を解き明かす鍵として、今回我々は研究を行った。 我々が着目したのは常在菌として特にニキビ菌が産生する短鎖脂肪酸である。細菌由来の短鎖脂肪酸はエピジェネティクスという遺伝子発現機構を調節するメカニズムにおけるヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)を阻害する作用がある。なかでもブチル酸は皮膚においてHDAC8とHDAC9に対する阻害作用を介して皮膚ケラチノサイトが過剰な炎症をおこし、その結果、紫外線や乾癬、ブドウ球菌感染に対する皮膚炎ならびに皮膚免疫応答が増強される事が分かった。そのメカニズムとして、HDAC8とHDAC9はp38MAPKの上流に位置するMAP2K3の活性化に関わっている事、またHDAC8とHDAC9はFACT complexとタンパク複合体を構成していることから転写活性化に関与していることが明らかとなり、HDAC8とHDAC9が阻害されることは皮膚のトレランスを破綻させ過剰な炎症を生じることが明らかとなった。 ピジェネティクス研究は皮膚科領域においてまだまだ不明な点が多いため、本研究を介して皮膚トレランス制御機構を明らかにしたことを足掛かりとして、他のエピジェネティクスを介した制御機構を解明することで、エピジェネティクスによる皮膚トレランス制御機構の全体像を明らかにしたいと考えている。受賞者のコメント この度は受賞の機会を頂きましてありがとうございました。この受賞を励みに更に研究に邁進したいです。そして、これまでの過程で頂いた家族や仲間たちからのたくさんのサポートに感謝しています。審査員のコメント小野寺淳: 常在菌が産生する短鎖脂肪酸ブチル酸に着目し、HDAC阻害を介して皮膚の炎症を惹起するというストーリーは明確でした。また、とても丁寧に実験をされているとの感想を持ちました。例えば、NGSに頼らずに、ChIP with qPCRでHDACの結合を丁寧に調べていたのは好印象でした。ブチル酸がpan-inhibitorなのか、それともHDAC8/9にある程度特異的なのかという点には疑問が残りましたが、全体的に完成度の高い論文だと思います。倉島洋介: 皮膚常在菌による免疫応答に対する回避機構の解明に向けた取り組みとしインパクトのある研究成果として評価できる。また、腸内細菌研究に比べ皮膚常在菌が産生する代謝物やその働きについての知見は少なく、本研究から短鎖脂肪酸やブチル酸、トレランスブレイクへとつながるデータは非常に興味深い。また、様々な媒体でも高い評価を得ており、この経路を標的とした創薬研究にも期待できる成果である足立剛也: エピジェネティクス研究は、特定の臓器やがん領域で推進されてきた一方で、アレルギー領域での関与についての解析はまだまだ十分でない。本研究では、皮膚に焦点を当て、常在菌に対する免疫寛容のメカニズムをエピジェネティクスの文脈で明らかにした革新的な成果である。様々な環境変化や環境因子の長期暴露に対して、人体が適応していく過程で重要な皮膚の耐性制御機構は、皮膚にとどまらず、広く体表に適応可能なものであり、分野を超えて与えるインパクトを有することから、論文賞に合致するものと評価される。エピソード 日本にいた頃は”苦労”はあまりポジティブな言葉としてイメージできませんでした。留学中は日本では考えられないような事がたくさんあります。苦労の多さも数知れず、でした。ただ、そんな経験を数多くしてますと、苦労から様々な良い経験をしているということに気付きました。私はランニングが趣味ですが、アスファルトの路面を走っているとまず転びません。ただ、山道を走っているとどうでしょうか。かなり苦労すると思います。苦労をしているということは、今何かにチャレンジしているということ、そして成長している段階であるという事を理解して楽しめたら、苦労に直面していても楽観的に物事を受け止められるのかなと思います。是非皆さんにも留学をして日本では出来ない様々な経験を積んでほしいと思います。1)研究者を目指したきっかけ 目の前で起きている現象の謎を解き明かす楽しさを知ってしまったことがきっかけです。2)現在の専門分野に進んだ理由 皮膚の免疫学の研究成果を生かして全身の疾患を治したいと考えたからです。3)この研究の将来性 皮膚は最も外に位置する臓器で色々な物質に暴露されています。ただ、必ずしもそれらに対して過剰な炎症反応は生じません。この研究では、皮膚がその過剰な炎症反応をどのように抑えているのか明らかにし、今後はそれが色々な皮膚疾患でどのような働きをしているのか解明できれば、新しい治療法へと発展できます。
Yu Sawada, M.D., Ph.D.[分野2:免疫アレルギー]Cutaneous innate immune tolerance is mediated by epigenetic control of MAP2K3 by HDAC8/9 (エピジェネティクスによる皮膚トレランス制御機構の解明)Science Immunology, 2021概要 皮膚は最外層に位置する臓器であり、様々な環境変化や環境因子の暴露による影響を受けやすい臓器である。外的環境因子に対する過剰な反応は過度の炎症を引き起こし組織の損傷を増長する結果となる。したがって、皮膚はそれら外的環境に適応できるように人類の進化の過程においてその機能をより発展させる必要があった臓器であると考えられる。外的環境因子に対する反応を上手くコントロールする術として、皮膚を含めた人体臓器はトレランスという機能をうまく活用している。その一例として、皮膚には常在菌としてブドウ球菌をはじめとした細菌が多数存在するが、それらに対して免疫応答は必ずしも発動されない。それはなぜなのか現時点でも不明であるが、その謎を解き明かす鍵として、今回我々は研究を行った。 我々が着目したのは常在菌として特にニキビ菌が産生する短鎖脂肪酸である。細菌由来の短鎖脂肪酸はエピジェネティクスという遺伝子発現機構を調節するメカニズムにおけるヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)を阻害する作用がある。なかでもブチル酸は皮膚においてHDAC8とHDAC9に対する阻害作用を介して皮膚ケラチノサイトが過剰な炎症をおこし、その結果、紫外線や乾癬、ブドウ球菌感染に対する皮膚炎ならびに皮膚免疫応答が増強される事が分かった。そのメカニズムとして、HDAC8とHDAC9はp38MAPKの上流に位置するMAP2K3の活性化に関わっている事、またHDAC8とHDAC9はFACT complexとタンパク複合体を構成していることから転写活性化に関与していることが明らかとなり、HDAC8とHDAC9が阻害されることは皮膚のトレランスを破綻させ過剰な炎症を生じることが明らかとなった。 ピジェネティクス研究は皮膚科領域においてまだまだ不明な点が多いため、本研究を介して皮膚トレランス制御機構を明らかにしたことを足掛かりとして、他のエピジェネティクスを介した制御機構を解明することで、エピジェネティクスによる皮膚トレランス制御機構の全体像を明らかにしたいと考えている。受賞者のコメント この度は受賞の機会を頂きましてありがとうございました。この受賞を励みに更に研究に邁進したいです。そして、これまでの過程で頂いた家族や仲間たちからのたくさんのサポートに感謝しています。審査員のコメント小野寺淳: 常在菌が産生する短鎖脂肪酸ブチル酸に着目し、HDAC阻害を介して皮膚の炎症を惹起するというストーリーは明確でした。また、とても丁寧に実験をされているとの感想を持ちました。例えば、NGSに頼らずに、ChIP with qPCRでHDACの結合を丁寧に調べていたのは好印象でした。ブチル酸がpan-inhibitorなのか、それともHDAC8/9にある程度特異的なのかという点には疑問が残りましたが、全体的に完成度の高い論文だと思います。倉島洋介: 皮膚常在菌による免疫応答に対する回避機構の解明に向けた取り組みとしインパクトのある研究成果として評価できる。また、腸内細菌研究に比べ皮膚常在菌が産生する代謝物やその働きについての知見は少なく、本研究から短鎖脂肪酸やブチル酸、トレランスブレイクへとつながるデータは非常に興味深い。また、様々な媒体でも高い評価を得ており、この経路を標的とした創薬研究にも期待できる成果である足立剛也: エピジェネティクス研究は、特定の臓器やがん領域で推進されてきた一方で、アレルギー領域での関与についての解析はまだまだ十分でない。本研究では、皮膚に焦点を当て、常在菌に対する免疫寛容のメカニズムをエピジェネティクスの文脈で明らかにした革新的な成果である。様々な環境変化や環境因子の長期暴露に対して、人体が適応していく過程で重要な皮膚の耐性制御機構は、皮膚にとどまらず、広く体表に適応可能なものであり、分野を超えて与えるインパクトを有することから、論文賞に合致するものと評価される。エピソード 日本にいた頃は”苦労”はあまりポジティブな言葉としてイメージできませんでした。留学中は日本では考えられないような事がたくさんあります。苦労の多さも数知れず、でした。ただ、そんな経験を数多くしてますと、苦労から様々な良い経験をしているということに気付きました。私はランニングが趣味ですが、アスファルトの路面を走っているとまず転びません。ただ、山道を走っているとどうでしょうか。かなり苦労すると思います。苦労をしているということは、今何かにチャレンジしているということ、そして成長している段階であるという事を理解して楽しめたら、苦労に直面していても楽観的に物事を受け止められるのかなと思います。是非皆さんにも留学をして日本では出来ない様々な経験を積んでほしいと思います。1)研究者を目指したきっかけ 目の前で起きている現象の謎を解き明かす楽しさを知ってしまったことがきっかけです。2)現在の専門分野に進んだ理由 皮膚の免疫学の研究成果を生かして全身の疾患を治したいと考えたからです。3)この研究の将来性 皮膚は最も外に位置する臓器で色々な物質に暴露されています。ただ、必ずしもそれらに対して過剰な炎症反応は生じません。この研究では、皮膚がその過剰な炎症反応をどのように抑えているのか明らかにし、今後はそれが色々な皮膚疾患でどのような働きをしているのか解明できれば、新しい治療法へと発展できます。
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