Hiroaki Katagi M.D., M.B.A. in Finance
びまん性橋膠腫におけるヒストン H3 脱メチル化酵素阻害剤による放射線増感効果
Clinical cancer research
Radiosensitization by Histone H3 Demethylase Inhibition in Diffuse Intrinsic Pontine Glioma
June 21, 2019
びまん性橋膠腫(Diffuse intrinsic pontine glioma:以下,DIPG)は,小児において最も頻度の高い脳幹部悪性腫瘍で,ほとんどの患者が2年以内に死亡する非常に予後不良な疾患である.DIPGはアクセスが困難な脳幹部、橋に発症するため外科的治療がほぼ不可能であり,また成人脳膠芽腫に有効とされる化学療法剤も,DIPGではその効果が現在認められていない.唯一有効な治療手段としては放射線治療が挙げられるが,その治療効果は生存率の向上にまでは至っておらず,放射線増感剤等の画期的な治療方法の開発が急務となっている.
申請者は以前に報告されたGSK-J4という薬剤がDIPGにおいて抗腫瘍効果を示すだけでなく(Hashizume et al. Nature Medicine. 2014; 20: 1394-6),DNA二本鎖切断(double-strand break:以下,DSB)を含むDNA損傷修復に関与する遺伝子発現を顕著に減少させるメカニズムに着目し,GSK-J4と放射線の併用による放射線増感効果をDIPG細胞株およびマウスモデルにて検討した.その結果,驚いた事にGSK-J4は2つの主要なDSB修復経路である相同組換え(homologous recombination:以下,HR)と非相同末端結合(non-homologous end joining:NHEJ)のうち,前者のHR経路を介するDNA損傷修復の抑制効果を発揮した.また,GSK-J4と放射線の併用は放射線療法単独と比較してDNA損傷を遷延させること,細胞増殖をより抑制すること,さらにマウスモデルにおいて腫瘍増殖を抑制し,生存率を有意に延長させることを見出した.
これらの結果から臨床においてGSK-J4を放射線増感剤として併用することにより,びまん性橋膠腫に対する抗腫瘍効果を高めるとともに,長期的には副作用を有する放射線の照射線量を減少させる可能性が示唆された.
将来の展望
GSK-J4はDIPGにおいてHR経路を介するDNA損傷修復の抑制効果を発揮する。一方で、継続的なGSK-J4の投与により代償的なDSB修復経路が活性化し,腫瘍は薬剤耐性を獲得してしまう.この仮説に基づいて,代償的に活性化したDSB修復経路を抑制する可能性のある薬剤を発見し,GSK-J4と併用することにより,さらに抗腫瘍効果と放射線増感効果を増強し,薬剤耐性を克服するための研究を進める.
備考
申請者は2017年9月よりノースウェスタン大学脳神経外科に研究留学を開始した.今回応募する論文は,筆頭著者として留学開始から2年以内にclinical cancer researchに掲載された(Katagi et al. Clin. Cancer Res. 2019; 25, 5572-83) .論文の対象疾患は小児びまん性橋膠腫であり、本研究はその病理メカニズムの解明を目指した.申請者は、びまん性橋膠腫により19歳時の若さで友人を亡くした経験がある.この出来事は、当該疾患メカニズム解明を専門としている研究室を留学先として選ぶ際の強い動機となった.
審査員コメント:
この論文はびまん性橋膠腫(DIPG)に対する放射線の効果が薬物(GSK-J4)によって増進されること報告するものである。DIPGは小児脳腫瘍の一種で効果的な治療法が確立されていない悪性腫瘍であり、ヒストンH3.3のメチル化を妨げる変異と強く関連している。GSK-J4はヒストン脱メチル化酵素(JMJD3)の阻害剤であり、DIPGに対する抗がん効果が既に報告されている。申請者らはGSK-J4がDNA修復に関わる遺伝子の発現を抑制し、がん細胞をDNA損傷から立ち直りにくくすることで放射線のDIPGに対する抗がん効果が増強されることを実験的に示した。DIPGのモデルとしては培養細胞と動物の両方が用いられ、放射線とGSK-J4の効果は多様な手法(RNA-seq, ATAC-seq, qPCR, DNA repair assay, IHC, cell cycle assay, bioluminescence imaging, survival assay等)を用いて徹底的に調べられおり、結論には強い説得力がある。(本間和明)
受賞コメント
この度はこのような素晴らしい賞をいただき、誠にありがとうございます。本論文の対象疾患は小児びまん性橋膠腫という非常に予後不良な疾患であり、良い治療方針の開発へ向けて、やりがいを持って研究に取り組むことができました。もともと私は日本で病理診断医として働いていたので、臨床検体には経験があるものの基礎的な実験に殆ど馴染みがありませんでした。今回の研究の過程で高度な手法や考察方法を学ぶことができました。また、多くの研究者と協力して研究を行うためのコミュニケーション能力を培うこともできました。本論文レビューでは査読者から複数の動物モデルを使って効果を検証するように求められましたが、びまん性橋膠腫のモデル動物を作成するためには、特殊な技術を用いて脳幹部に腫瘍を植え付ける必要があり、短期間での樹立は困難を極めました。そこで共同研究者の協力のもと、予備実験と考察を充実させることでエディターの支持を得ることができました。本受賞を励みにして、今後も小児びまん性橋膠腫の研究に取り組みたいと思います。
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