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執筆者の写真cheironinitiative

[論文賞]畑 匡侑/京都大学

Masayuki Hata, M.D., Ph.D.
[分野:免疫アレルギー]
(過去の肥満は痩せても記憶されている)
Science, 06-January-2023

概要
加齢黄斑変性 (AMD)は、最も頻度の高い神経炎症性疾患の一つであり、世界の失明原因の上位を占める。AMDの発症メカニズムは不明な点が多いが、自然免疫を中心とした慢性炎症の関与が最も重要な要素の一つであることが知られている。AMD発症の危険因子としては、免疫関連遺伝子の変異による遺伝的要因に加えて、喫煙や肥満などの炎症を惹起するような環境的要因の蓄積によって引き起こされると考えられており、中でも、肥満は喫煙に次ぐAMD発症の重要な環境因子であり、高度な肥満患者ではAMDを発症しやすいことが知られる。一方で、肥満に対する生活習慣介入研究で、体重減量は高脂血症や糖尿病改善効果を認めることが示されているが、肥満が改善することで、AMDの発症・進展リスクが軽減するかに関してはよくわかっていなかった。そこで、われわれは、高脂肪食により肥満となったマウスに対して、食餌を通常食へと切り替えることで体重を正常化させた肥満既往マウスを作成し、加齢黄斑変性発症に与える影響を検討した。肥満既往マウスは、体重が正常化し耐糖能異常など全身の代謝状態が改善したにも関わらず、加齢黄斑変性はやせた後も増悪したままであった。そのメカニズムとして、高脂肪食中の脂肪酸の暴露により、転写因子AP-1を介して、自然免疫にクロマチンリモデリングや代謝リモデリングが生じて免疫記憶が形成され、長期にわたり遺伝子発現パターンが変化することが分かった。本研究により、網膜疾患や神経炎症性疾患の発症に、自然免疫系に刻まれた“過去の記憶”が影響を与えうることが明らかとなった。今後は、免疫記憶に対する治療介入がこれら難治性疾患の新たな治療戦略となりうると考えられる。

受賞者のコメント
この度は、UJA論文賞という栄誉ある賞を授与していただき、誠にありがとうございます。留学中の苦労が報われたようでとても嬉しく思います。長きにわたる研究留学を支えてくださったモントリオール大学のMike Sapieha教授とその研究チーム、同じく海外で奮闘する日本人留学生の同士たち、そして何より、私の家族心より感謝しています。そしてこのたびの論文を評価してくださった審査員やUJA運営委員の先生方に御礼申し上げます。現在は京都大学に復学しておりますが、引き続き研究に邁進し、面白い発見を目指します!

審査員のコメント
後藤 義幸 先生:
本論文では、過去の肥満の経験が網膜障害の増悪に寄与する機構を解析しています。様々な免疫系のマウスモデルを駆使するとともに、ATACseqやChip-qPCRなどの遺伝子解析技術を用いて、肥満時に観察されるステアリン酸がマクロファージの炎症関連遺伝子のエピジェネティックな変化を誘導することで、炎症状態を記憶することを見出しています。肥満による自然免疫細胞の炎症状態の記憶形成機構を分子レベルで明らかにしたのみならず、それらが視神経・網膜障害の増悪に寄与することも示しており、医学的、生物学的に重要かつユニークな研究に位置付けられます。

神尾 敬子 先生:
肥満によって発症した加齢黄斑変性症は自然免疫を介したエピゲノムリプログラミングにより、肥満解消後も黄斑変性症が改善せずに新生血管形成が認められることをマウスモデルを用いて詳細に解析・報告しています。新規治療戦略への発展の期待と、肥満によるエピゲノムリプログラミングは他疾患にも関係している可能性があり、その汎用性の可能性を評価しました。

小野寺 淳 先生:
日本においても罹患者数が増加し、失明の原因として重要なAMDの分子基盤の一端を明らかにした臨床医学上も非常に重要な研究です。他の老化関連疾患と同様にマクロファージの関与が示されており、老化関連疾患の共通した病因解明と治療法の開発に繋がる期待の持てる研究だと感じました。近年注目されているinnate immune cellsによる免疫記憶にも言及してepigeneticな制御機構についても詳細な解析がなされています。1番の疑問点は脂肪組織のマクロファージがなぜ網膜に遊走するのかという点だと思います。今後そういった機構にアドレスできれば更なる大きな進展がもたらされることでしょう。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
私は、もとは眼科医です。医師として働いているうちに、未だに病気が起こるメカニズムがわかっていない疾患や、有効な治療法がない難病も多いことに気づかされました。こういった問題を少しでも解決できないか、と大学院へ進学し、そこでトランスレーショナルリサーチに携わりました。自分が動物実験から得たデータが薬剤開発につながり、さらにはその化合物を、自ら患者に投与(臨床試験)する、という経験を得ました。基礎研究の成果が実際の患者さんへの治療へと繋がる現場を目のあたりし、基礎研究の大きな可能性と、何より研究自体の楽しさを味わうことができ、、基礎研究者として生きるきっかけとなったように思います。

2)現在の専門分野に進んだ理由
父親が医師であったことから医学部へとすすみ、病院実習・臨床初期研修での尊敬する恩師との出会いから眼科医となることを決めました。眼科の魅力は、小さな臓器に血管・神経・上皮・筋肉組織が含まれ、多様な病態が引き起こされること、内科的治療・外科的治療の両方があること、臨床と基礎研究を両立しやすいこと(私も網膜外来、白内障・硝子体手術をしつつ、基礎研究を行っています)だと思います。

3)この研究の将来性
この研究では、過去の肥満が、その後に痩せたとしても、自然免疫記憶として体に記憶されており、将来的に網膜疾患に影響を与えることを示しました。また、過去の感染症でも、同様に自然免疫記憶が形成されその後の網膜疾患に影響を与えることを発見しました(Hata et al. JCI 2023)。現在は、これらの自然免疫記憶をコントロールすることで、病気の発症や進行を抑えることができるのではないかと考え、治療法の確立を目指して頑張っています。

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