Jo Kubota2023年4月9日読了時間: 4分[論文賞]神津 英至/札幌医科大学 Hidemichi Kouzu, M.D. Ph.D.[分野:イリノイ]ZFP36L2 suppresses mTORc1 through a P53-dependent pathway to prevent peripartum cardiomyopathy in mice (周産期心筋症の新たな発症機序の解明)J Clin Invest, May 2022概要 妊娠は代謝需要や血行動態の変化を介して、心臓に様々な生理的変化をもたらす。周産期心筋症(PPCM)は、妊娠後期から産後6ヶ月までに急激な心機能低下にて発症する心筋症であり、未治療の場合は時に致死的である。最近の研究では、妊娠中の心臓における血管新生の障害がPPCMの一因であることが提唱されているが、特異的な治療法は未だ確立していない。PPCMの動物モデルが極めて限られていることが、本疾患の病態解明を妨げている。 mRNA結合蛋白ZFP36L2は、3’非翻訳領域に結合することで標的mRNAを分解し、これまで血液細胞において細胞の増殖や分化を制御することが報告されている。我々は、心筋細胞特異的ZFP36L2ノックアウト(L2KO)雌マウスが、仔マウスを出産後に心機能が低下し、30週齢までに94%が心不全にて死亡するという、PPCMに極めて類似する表現型を呈することを見出した。心筋細胞において、ZFP36L2はP53のユビキチン化酵素であるMDM2の mRNAを分解することでP53蛋白の安定化に寄与し、その下流でSESN2やREDD1の発現を介してmTORC1活性を負に制御していた。野生型マウスでは妊娠期に心筋mTORC1活性の亢進がみられ出産後には正常化したが、L2KOマウスでは周産期を通じてmTORC1活性の過剰な亢進がみられた。L2KOマウスにおける出産後の心機能低下は、妊娠後期にmTORC1阻害薬であるラパマイシンの投与によって抑制された。周産期心筋症の患者の心筋サンプルでは、ZFP36L2の発現低下およびmTORC1の活性亢進が示唆された。 本研究は、mRNA結合蛋白によるmTORC1の新たな制御機構および、その障害がPPCMの発症に寄与することを明らかにした。PPCMの新たな動物モデルは、本疾患の特異的治療法の開発に寄与することが期待される。受賞者のコメント この度の受賞、大変光栄です。多くの共同研究者の多大な支援によって達成しえたプロジェクトです。そのチームの一員として貢献できたことを誇りに、今後の研究活動の励みといたします。審査員のコメント小島敬史 先生: 周産期心筋症は妊娠中に発症する原因不明の心筋症であり、日本では難病指定を受けている疾患です。筆者らはZFP36L2ノックアウトマウスの雌が妊娠中に新機能低下をきたし、それ以外の表現型を示さないことに着目し、そのメカニズムをRNA-seqからウェスタンブロットまで丁寧に実証し、最終的に投薬による治療の可能性まで提示しました。ヒトでの遺伝子検査や応用研究も幅広く考えられる非常に重要な論文であり、社会的インパクトも大きいと考えます。 牛島健太郎 先生: 本研究では、実験動物による検証が限られている周産期心筋症(PPCM)に対して、モデル動物の構築に始まり病態メカニズムの解明まで取り組んでいる。加えて、PPCM患者の組織サンプルを用いて、本研究成果の責任分子であるZFP36L2の発現低下を明らかにしており、研究成果が非常に充実している。これらの成果は、PPCMの新規治療法の開発に繋がる、意義深いものである。エピソード 私が留学中はラボのテクニシャンが少なかった時期でもあり、マウスの繁殖管理も自分の仕事でした。退屈で時間も費やすdutyでしたが、次第に自分のプロジェクトマウスが数回の妊娠を経た後にほとんど自然死してしまうことに気づきました。不思議に思って経産マウスに心エコーを行い、心機能が極めて低下しているのを見た時には鳥肌が立ちました。一般的に、繁殖維持のために経産マウスは早期に若いマウスと入れ替えることが多いため、状況によってはその表現型に気づけなかったかもしれません。逆境がもたらす幸運もあると信じています。1)研究者を目指したきっかけ 医師になって数年間、多くの重症な心不全患者さんを診療しました。しかし、当時は有効な治療法も限られており、残念な転機をたどる患者さんも少なくありませんでした。研究者として、心不全の新しい治療法の開発に貢献したいと思ったことがきっかけです。2)現在の専門分野に進んだ理由 医学部の学生時代、臨床講座の講義・実習で循環器のダイナミズムに惹かれ、循環器内科医を志しました。3)この研究の将来性 妊娠をきっかけに心臓の機能が悪くなる周産期心筋症という病気は、時に生命に関わるほど重症化する上に、現在有効な治療法がありません。今回報告した周産期心筋症の新たな動物モデルは、この病気の新しい治療法の開発に貢献する可能性があると考えています。
Hidemichi Kouzu, M.D. Ph.D.[分野:イリノイ]ZFP36L2 suppresses mTORc1 through a P53-dependent pathway to prevent peripartum cardiomyopathy in mice (周産期心筋症の新たな発症機序の解明)J Clin Invest, May 2022概要 妊娠は代謝需要や血行動態の変化を介して、心臓に様々な生理的変化をもたらす。周産期心筋症(PPCM)は、妊娠後期から産後6ヶ月までに急激な心機能低下にて発症する心筋症であり、未治療の場合は時に致死的である。最近の研究では、妊娠中の心臓における血管新生の障害がPPCMの一因であることが提唱されているが、特異的な治療法は未だ確立していない。PPCMの動物モデルが極めて限られていることが、本疾患の病態解明を妨げている。 mRNA結合蛋白ZFP36L2は、3’非翻訳領域に結合することで標的mRNAを分解し、これまで血液細胞において細胞の増殖や分化を制御することが報告されている。我々は、心筋細胞特異的ZFP36L2ノックアウト(L2KO)雌マウスが、仔マウスを出産後に心機能が低下し、30週齢までに94%が心不全にて死亡するという、PPCMに極めて類似する表現型を呈することを見出した。心筋細胞において、ZFP36L2はP53のユビキチン化酵素であるMDM2の mRNAを分解することでP53蛋白の安定化に寄与し、その下流でSESN2やREDD1の発現を介してmTORC1活性を負に制御していた。野生型マウスでは妊娠期に心筋mTORC1活性の亢進がみられ出産後には正常化したが、L2KOマウスでは周産期を通じてmTORC1活性の過剰な亢進がみられた。L2KOマウスにおける出産後の心機能低下は、妊娠後期にmTORC1阻害薬であるラパマイシンの投与によって抑制された。周産期心筋症の患者の心筋サンプルでは、ZFP36L2の発現低下およびmTORC1の活性亢進が示唆された。 本研究は、mRNA結合蛋白によるmTORC1の新たな制御機構および、その障害がPPCMの発症に寄与することを明らかにした。PPCMの新たな動物モデルは、本疾患の特異的治療法の開発に寄与することが期待される。受賞者のコメント この度の受賞、大変光栄です。多くの共同研究者の多大な支援によって達成しえたプロジェクトです。そのチームの一員として貢献できたことを誇りに、今後の研究活動の励みといたします。審査員のコメント小島敬史 先生: 周産期心筋症は妊娠中に発症する原因不明の心筋症であり、日本では難病指定を受けている疾患です。筆者らはZFP36L2ノックアウトマウスの雌が妊娠中に新機能低下をきたし、それ以外の表現型を示さないことに着目し、そのメカニズムをRNA-seqからウェスタンブロットまで丁寧に実証し、最終的に投薬による治療の可能性まで提示しました。ヒトでの遺伝子検査や応用研究も幅広く考えられる非常に重要な論文であり、社会的インパクトも大きいと考えます。 牛島健太郎 先生: 本研究では、実験動物による検証が限られている周産期心筋症(PPCM)に対して、モデル動物の構築に始まり病態メカニズムの解明まで取り組んでいる。加えて、PPCM患者の組織サンプルを用いて、本研究成果の責任分子であるZFP36L2の発現低下を明らかにしており、研究成果が非常に充実している。これらの成果は、PPCMの新規治療法の開発に繋がる、意義深いものである。エピソード 私が留学中はラボのテクニシャンが少なかった時期でもあり、マウスの繁殖管理も自分の仕事でした。退屈で時間も費やすdutyでしたが、次第に自分のプロジェクトマウスが数回の妊娠を経た後にほとんど自然死してしまうことに気づきました。不思議に思って経産マウスに心エコーを行い、心機能が極めて低下しているのを見た時には鳥肌が立ちました。一般的に、繁殖維持のために経産マウスは早期に若いマウスと入れ替えることが多いため、状況によってはその表現型に気づけなかったかもしれません。逆境がもたらす幸運もあると信じています。1)研究者を目指したきっかけ 医師になって数年間、多くの重症な心不全患者さんを診療しました。しかし、当時は有効な治療法も限られており、残念な転機をたどる患者さんも少なくありませんでした。研究者として、心不全の新しい治療法の開発に貢献したいと思ったことがきっかけです。2)現在の専門分野に進んだ理由 医学部の学生時代、臨床講座の講義・実習で循環器のダイナミズムに惹かれ、循環器内科医を志しました。3)この研究の将来性 妊娠をきっかけに心臓の機能が悪くなる周産期心筋症という病気は、時に生命に関わるほど重症化する上に、現在有効な治療法がありません。今回報告した周産期心筋症の新たな動物モデルは、この病気の新しい治療法の開発に貢献する可能性があると考えています。
Comentários