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[論文賞] 苅郷友美 /California Institute of Technology

Tomomi Karigo Ph.D.

攻撃と交尾-相反する情動状態を制御する神経回路の解明

Distinct hypothalamic control of same- and opposite-sex mounting behaviour in mice

Nature

2020年


喜び、怒り、恐怖、悲しみ-我々が日々経験する多様な情動は脳内でどのように制御されているのだろうか?情動をもたらす仕組みをヒトで研究をする際は、被験者に主観的な感情を言葉で表現してもらうことが可能だが、動物は感情を言語化して我々に伝えることはできない。そこで実験動物を用いて情動研究を行う際、我々は動物が示す行動や生理反応から動物がどう感じているのかを推測することとなる。それでは動物が示す行動の意図が容易に理解できない場合、我々は動物の情動を理解することができるのだろうか?

意図を理解するのが難しい動物行動の例に、雄のマウント行動が挙げられる。雌-雄間のマウントは交尾行動とみなされるが、雄は雄に対しても類似のマウントを示す。同性間の交尾様行動は、サル・イヌ・キンカチョウ、果て甲虫まで広く観察されるが、その行動の意図はよく理解されてない。雄-雄間のマウント行動はどのような情動により制御されているのか、マウント行動の背景にある情動が脳内で制御される仕組みを、マウスを用いて明らかにした。

対雌・対雄のマウント動作自体は似通っているが、マウント行動中の音声コミュニケーションを記録すると、雄は雌-雄間のマウント行動時にのみ超音波発声を示し、対雄マウント時には発声をしないことが明らかになった。マウント後の行動を詳しく解析すると、対雌マウントは後に交接に至るのに対し、対雄マウントは後に攻撃行動に転じることが多かった。これらの結果は、対雄マウントは交尾行動ではなく、攻撃的行動の一種であると示唆しており、雄のマウント行動は発声を伴う性的マウントと伴わない攻撃的マウントに分けられることが明らかになった。

これら2種類のマウント行動を司る神経回路を明らかにすべく、視床下部脳領域の内側視索前野(MPOA)と腹内側核腹外側部(VMHvl)に着目した。光遺伝学を用いてMPOAの神経集団を特異的に刺激すると雄に対して性的マウントと超音波発声が引き起こされ、VMHvlの神経集団を特異的に刺激すると雌に対して攻撃的マウントと襲撃行動が引き起こされた。MPOAとVMHvlどちらの刺激も、性的状態あるいは攻撃的状態を示す一連の行動を引き起こすことから、これらの脳領域は特定の行動を制御しているのではなく、性的動機付けと攻撃的動機付けという内的状態を制御していると考察できる。さらにMPOAとVMHvlの神経集団は互いに投射しあっており、MPOAからVMHvlへの投射は攻撃的行動を抑制、VMHvlからMPOAへの投射は性的行動を抑制したことから、これらの脳領域は互いに相反する内的状態を抑制しあっていることが明らかになった。

本研究は、攻撃と交尾という根源的な情動行動をもたらす内的状態が脳内で表象・制御される機構の一端を明らかにした。将来的には、うつ病やストレス障害といった精神疾患が情動障害をもたらすメカニズムの解明に寄与すると期待できる。


審査員のコメント:

動物の情動の研究のテーマとしてトラックのできるマウンティングという行動を取り上げ、さらに最先端の技術である光遺伝学を用いて神経集団のメカニズムを研究するというストーリーと、研究動機と使用する技術にセンスを感じる。(木原先生)


本研究は、マウスオスのマウント行動を司る基盤を、光遺伝学アプローチなど高度な技術を駆使して解析することにより、性的状態と攻撃的状態という異なる行動を制御する脳内での特異的な神経回路を明らかにした驚くべき成果である。(中村先生)


The ability control some of these behaviors is also scientifically interesting and a bit scary to think of future implications. Reminds me of some sci-fi movies and shows. The paper is also recommended for special consideration given broad appeal, first overseas first author paper.(高山先生) 受賞コメント: この度はUJA論文賞を頂き大変光栄です。この研究は留学開始からアクセプトまで5年半という長い時間を費やした仕事であり、本論文にこのような評価を頂き大変嬉しく思っております。

情動は我々の日々を彩る無くてはならない現象ですが、その制御機構の全貌は未だ明らかではありません。本論文では、情動が脳内で制御される仕組みの一端を明らかにしました。さらに、私の小さなころからの夢「動物が何を考えているのかを知りたい」に少し近づくことができました。本研究が、さらなる情動を制御する脳内機構の解明や、将来的に情動制御障害を伴う精神疾患等の理解に繋がることを願っています。

留学をする際、大学院時代に用いていた魚からマウスへと実験動物を変え、神経科学分野内での分野も少し変え、マウスの扱い方や基本的な手法を学ぶところからスタートすることとなりました。留学開始当初は学ぶべきことの多さに圧倒されていましたが、研究の過程で多くの人に出会い、彼らを通して幅広いトピックについて学ぶことができ、非常に充実した日々でした。本研究は彼らとの出会いや共同研究なくしては実現不可能であり、素晴らしい仕事仲間・環境に恵まれていると実感しています。論文賞の運営に携わる皆様、サポートしてくださったDr. Anderson、共著者の皆様ならびにAnderson Labメンバーに心から感謝申し上げます。 エピソード: 本論文のキーになったのは、視覚的には同じに見えるマウスの行動が、行動中の音声コミュニケーションの有無で2つの異なる情動を反映する行動へと分離することができるという発見でした。

マウスが超音波領域の発声を用いてコミュニケーションをとることは以前から知られていますが、我々人間には聞こえない、且つ超音波を記録できる専用のマイクが必要なため、マウスを用いて社会性行動を研究する際に音声コミュニケーションは軽視されがちでした。私の留学先研究室も長年社会性行動の研究をしてきたにもかかわらず、ビデオを用いた動物の行動解析が主で、音声コミュニケーションの記録は行ってきませんでした。

留学して2年ほど経ち、私が取り組んでいた実験がうまくいかず煮詰まっていた頃、他のポスドクと共に思い付きで超音波発声の記録をしてみることにしました。特に何か仮説があったわけではなく、何かこれまでやってこなかったことを試してみよう程度であまり期待していなかったのですが、超音波マイクをコンピューターに繋ぐとモニターにぶわっと超音波発声の波形が表示された瞬間のことはよく覚えています。これまで何十時間もマウスの社会性行動を観察してきた中で、私には聞こえていなかっただけで実はマウスは豊かな音声コミュニケーションを取っており、私は非常に重要な情報を見落としていたのだと気づかされた瞬間でした。超音波発声記録を始めたことがきっかけで、本論文のタネとなる現象が見えてきて、私の研究テーマは思いがけない方向へと舵を切りました。

簡単に目に見える(耳に聞こえる)情報に頼るだけでなく、今一度見落としているものがないのか良く振り返るべし、という良い教訓です。

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