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執筆者の写真Jo Kubota

[論文賞]菊池 魁人/カリフォルニア大学サンディエゴ校

Kaito Kikuchi, Ph.D.

[分野:Disruptive innovation Basic Bioscience Award]
(休眠中の意思決定を可能にする電気的な信号処理)
Science, October 2022

概要
環境中の様々なストレスに対応するために、生命システムは多様な対応策を進化の過程で獲得してきた。なかでも一部のバクテリアや真菌類が形成する芽胞と呼ばれる特殊な細胞は、分子透過性の低い保護膜でゲノムを何重にも包み込み、高熱・乾燥・抗生物質などの様々なストレスに耐性を持った安定的な休眠状態を維持することで極限状態を切り抜ける。特に枯草菌 Bacillus subtilisの芽胞は代謝機能を完全に停止した状態で数百年以上休眠した後に発芽できることが知られている。こうしたほぼ仮死状態にある芽胞が、どのように環境の好転を察知し、適切なタイミングで生命機能を再起動する意思決定を行うことができるのか、長らく謎のままであった。そこで我々はエネルギーコストの低いイオン流動に着目し、芽胞内部に溜め込んだイオンを放出することで環境シグナルに電気化学的に応答していることを発見した。
我々はまず芽胞の環境シグナル応答を観察するために、マイクロ流体デバイスと顕微鏡システムを組み合わせ、任意のタイミングで発芽を促すシグナル分子の流量調節を可能にしたうえで、入力信号に対する応答を1細胞粒度で観察できるように準備した。さらに神経細胞の発火を芽胞の出芽に見立て、数理神経科学で使われるHodgkin-Huxleyモデルを拡張した数理モデルを作成してイオン流動と発芽応答の関係性をシミュレートした。
つぎに、ほぼすべての生命システムでもっとも細胞内含有量の高い陽イオンであるカリウムイオン(K+)に注目し、K+特異的なチャネルやポンプをノックアウトした変異株を作成し、それらの発芽応答を比較した。その結果、数理モデルの予想通り、休眠状態の芽胞は信号入力に応じて内部のK+を放出して電位を変化させることで信号の強度を計算して発芽のタイミングを調整していることが示唆された。この結果は細胞外K+濃度や芽胞の電位を直接可視化する蛍光色素を使ったイメージング解析によっても支持された。
以上の結果から、枯草菌の芽胞はイオン流動を利用することで高度な休眠状態を維持しつつ環境の変化に適切に応答できる「省エネ」な仕組みをもつことが明らかになった。神経細胞や電子回路のコンデンサに通じる高度なメカニズムが芽胞で使われていることを解明した本研究の知見が、今後芽胞分野に限らず、ひろく休眠研究や合成生物学的応用に貢献することが期待される。

受賞者のコメント
この度はUJA論文賞をいただき、大変光栄に思います。PhDプログラム入学を機に渡米してから七年目にアクセプトされた論文でしたが、紆余曲折の末にこうした形で評価していただいて、研究チーム全員の努力が報われたような気持ちです。

審査員のコメント
丹野修宏 先生:
枯草菌が環境の変化に対してどのように休眠解除を行なっているかを明らかにしたこと、またそのメカニズムが神経細胞と同様の電気信号処理であること示唆した非常に価値の高い論文だと考えます。芽胞を形成する菌には有用菌、病原菌ともに存在しますが、今後の研究により多様な芽胞形成菌の発芽挙動が明らかになれば、食料などの資源開発や感染症などの臨床分野など、多くの分野への影響があり、論文賞に合致するものと考えました。

早野元詞 先生:
休眠という特殊な条件における生命の外部との信号のやり取り、環境のセンシングという壮大な課題に対して、マイクロ流体デバイスと顕微鏡システム、数理モデルを用いてパルス信号、閾値モデルを示した重要な研究成果であり興味深い。ATPではなく代謝機能を必要とせずに感受性高くシグナルをセンシングするために、胞子形成時にイオン勾配を作り、活用しているというシステムは非常に興味深い。パルス刺激である必要性と、パルス刺激のセンシングに関する分子機序について詳細に理解できなかったので議論してみたいと思う素晴らしい内容。

赤木紀之 先生:
本研究は、枯草菌の芽胞が、数百年以上休眠した後に発芽できる仕組みを解析した極めて興味深い論文です。イオン流動と電気化学的応答に着目し、数理モデルを利用し発芽条件をシミュレートし、見事に発芽のタイミングを調整している可能性を見出しています。休眠研究や合成生物学的応用への期待が高まる大変インパクトのある研究だと感じました。

エピソード
本論文は枯草菌の芽胞について「仮死状態で何もできないはずなのに、きちんとタイミングを見計らって起きられるのはなぜか」という素朴な疑問から出発した典型的な基礎研究です。イメージングを主な研究手法とするラボに所属していたので、とにかくまず芽胞を顕微鏡で見てみるところから始まりましたが、なかなか再現性のあるハッキリした表現型が得られず、はじめの数年間は実験計画のスクラップ・アンド・ビルドに費やされていきました。ブレークスルーの契機はその頃ラボを訪れていた共同研究者の数理生物学者に、「発芽を促す信号入力をパルス状にしてみたらどうか」とアドバイスをもらったことでした。それまで手動で行っていた実験からマイクロ流体デバイスを利用したprogrammableな手法に切り替え、試行ごとのノイズを抑えたうえで、発芽応答をより詳細な時間解像度で観察できるようになり、論文の骨子となるデータを半年で揃えることができました。論文への道筋が見えると指導教官もリソースを割り当てる気になってくれて、実験を手伝ってくれるポスドク、数理モデルを構築してくれる院生同期、そして前述の数理生物学者のチーム体制となって格段に研究のスピードと楽しさが向上したのを覚えています。コロナ禍に突入する直前にデータがある程度揃えられていて、ロックダウン最初期の混乱の中で論文執筆に注力できたことは幸運でした。しかしその後投稿したNature, Cell, Scienceでは毎回レビューに回るものの毎回同じ険悪なレビュワーに割り当てられる凶運に見舞われ、数ヶ月経ってのリジェクトを重ねたのは苦労しました。最後のScienceでは再投稿を許可されるSoft Rejectだったので、さらに支持データを増やしたうえでレビュワーへのrebuttalを整えて再投稿し、追加された4人目のレビュワーのお眼鏡にもかなってようやくアクセプトされた難産でした。「諦めないのが肝心だ」と今になって美談風にいうのは簡単ですが、もちろん同じ努力の結果リジェクトで終わる可能性も十分あったので、自分の人生の使いみちを考えてアカデミアに残らず民間企業に就職する決意をするきっかけにもなりました。

1)研究者を目指したきっかけ
子供の頃から物事の理由や意味に強い関心があり、その究明を仕事にする研究者という職業を目指したのは自然な成り行きでした。特段勉強が得意というわけではなかったです。

2)現在の専門分野に進んだ理由
微生物学を専攻したのは学部で通ったICUでの恩師である布柴達男教授との出会い、あとは漫画『もやしもん』が好きだったという理由です。大学院でシステム生物学あるいは定量生物学という分野に進んだのは、遺伝子やタンパクの分子機序よりも、生命システムの現象観察から入るアプローチに惹かれたからです。

3)この研究の将来性
基礎研究者としては、生命が停止した状態から再起動するメカニズムが明らかになっていくことで、そもそも生命とはなんなのかという根源的な問題の解決に近づくのではないかと期待しています。また芽胞という最強の環境シェルターを自在に操作できるようになれば、次世代の情報集積メモリーや薬剤デリバリーなどの技術開発にも役に立つはずです。
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